第百二十話 気になるお店の美味しいロールケーキ
年賀はがきを投函し終えたみさきは、父の注文したお菓子を取りに製菓店に向かった。
投函したはがきの中にはこれぞう宛のものもあった。後日これを受け取ったこれぞうは小躍りして喜び、その日一日は仏壇の祖父の位牌の横にみさきのはがきを飾ったという。
店は港の近くにあった。
新年の爽やかな日光が降り注ぐ中、今日は風も少しばかり吹いている。海から運ばれる潮風と甘いお菓子の匂い、店は相反する二つの要素がぶつかり合う一種奇妙な場所に位置していた。
「何だか変な感じ。塩の香りがして、甘い砂糖の香りもする。あと、ちょっと寒いわね」
1月の潮風はやはり冷たかった。
みさきが店に着くと、店入り口には「菓子切り」という札が下げられていた。
「菓子切り……ああ、貸し切りってことね」
さすが頭脳明晰なみさき。「菓子」を作る店だけに「菓子」と「貸し」をかけたおしゃれな札を下げているのだとすぐに分かった。
そんなおしゃれな札を出しているこの店の屋号は「堂島」であった。
菓子切りならぬ貸し切り状態の店からは賑やかな声がしている。それは野太い男共のものであった。
父は商品を予約注文していると言ってたので、みさきはとりあえず店員に声をかけようと想って店に入った。
店の奥には店内で購入したケーキを食べれるスペースがある。テーブルは全て埋まっていて、椅子にかけているのはいずれも無骨な男達だった。童顔から老け顔まで揃っているが、おそらく皆十代だとみさきは予想した。彼らは机に広げられたお菓子、肉、野菜などたくさんの食い物にかぶりついていた。貸し切りでパーティーをしているようだ。
普通の御婦人なら、こうしてゴツい男達がたくさんいるとちょっと驚いてしまうであろう。そしてそれらの目が一気に自分に向いたら、それが敵意無きものであっても一瞬怯えてしまうことであろう。男たちの目は入り口に立つみさきに集中されている。しかしみさきには柔道の大会に頻繁に出入りしていた過去があるので、デカい男にたくさん囲まれることには慣れているし、今では職掌柄十代男子に囲まれるのも日常のこととなっている。だからこんな状況でも落ち着いたものであった。
「おい、あれは誰だ?めっさマブイ姉さんじゃないか」男達の群れからそんな声が聞こえた。
男達は闖入者みさきに大変興味を示している。それも当然のことで、容姿端麗なみさきを、こんな飢えた野獣のような連中が目にしたとすれば、興味を示さないでいる方が無理というもの。
男達のいるテーブルの近くには、エプロンをつけた少女が立っていた。店の娘だとすぐに分かる。少女はみさきに気づくと声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。あの今日はお店はお休みで……」
「知ってるわ。注文していた品を取りに来たの」
「ああ、水野様ですね」
「そうです水野です」
「少々お待ち下さい。今準備します」そう言うと少女はカウンターの奥に向かって声をかけた。
「お兄ちゃん、水野さんが来たから、お願い」
「オッケー留美たん」カウンターの奥から声が返ってきた。
(え、留美たん……?)とみさきは想った。
留美たんは目の前にいる少女のことで、その兄が店の奥にいる。そして妹を名前+「たん」で呼んでいる。みさきはこのやり取りからシスコン兄貴の匂いを感じ取った。
「おまたせしました。いつもありがとうございます」と言いながら留美たんの兄が店の奥から出てきた。彼が手に持つ袋には、父が注文しておいたロールケーキが入っている。
少年はいつものおっさんが来たとばかり想っていたが、表に出てみると来ているのは若く美しい女性なので目を大きくさせて驚いた仕草を見せた。勘の良い少年は、すぐにそのおっさんの娘さんが来たのだと想った。
「おいボス、そちらの方はボスの知り合いで?」
「そうでさ、さっきから気になって、この七面鳥が喉を下るのを休みやがった。そちらはどちらさんで?」
彼らはいずれも自分よりも年下のはず、でも喋りが堅気のそれっぽくない。みさきはそう想った。
テーブルで飲み食いする連中は留美たんの兄を「ボス」と呼び、そのボスにみさきのことを尋ねている。
「おい、口を慎め。こちらのお客さんは、この店に最も金を落としてくれている方の娘さんだ。お前達のような言語を操るだけであとは野獣みたいな奴らが関わって良い方じゃない」少年はビシリと一言放って野獣共を黙らせると、品をみさきに手渡した。
「失礼しました。根は良い連中なんですが、葉まではそうはいかずで……お父様によろしくお伝え下さい」
「はっ、はぁ……」
「今年もよろしくおねがいします。またのお越しをお待ちしております」留美たんの兄はそう言うと深々と頭を下げてみさきを見送る。その横で留美たんもまた兄と同じ動作を取っていた。
みさきは店を出た。
「留美たん……」みさきは気になったそのワードを無意識に口にした。
みさきが店を出ると再び店の中は騒がしくなった。
店で飲み食いしているゴツい男連中、しかも七面鳥を食っている。そんな連中に「ボス」と慕われる店の少年、そしてそのボスが甘い顔をする妹の留美たん。
「謎だわ……」
みさきは、父が贔屓にするこの店を謎に想った。以前に来た時は、おじさんとおばさんの夫婦が店に立っていた。留美たんとその兄をみさきが目にしたのは始めてのことだった。もっと言うと、父がこの店に金を落としてる顧客ランキング一位ということもまた謎だった。どんだけスイーツ食ってんだよとみさきは想った。
その父が注文したロールケーキはこの日の夕方に水野家皆で食べた。ロールケーキを食べた父は「コイツは頬が落ちて骨が覗きそうだよ」というイマジネーション豊かで気持ち悪いコメントを口にしたという。