第十一話 恋の花咲けば当然種が飛ぶ
そして次の日のことである。
「へぇ~先生は800メートル走の学生記録をお持ちなんですね~。すごいなー。800メートルを全速力で駆け抜けるなんて僕のような文学青年にはとても出来ないなぁ」
「五所瓦君、君はここに何をしに来ているの?」
今日もこれぞうはみさき先生に会いたいがために、放課後になると籍を置いてもないくせして陸上部を覗きに来ていた。今はまだ部が始まる前で、校庭の隅の部室に部員が集結しつつある。そこでこれぞうは早めに校庭に出て、同じく早めに着いたみさきと二人ベンチに座って話しこんでいた。
これぞうははニコニコしてはみさきの顔を覗き込んでいる。
「あのねぇ、陸上部員でないならここにはこないことよ」
「僕は先生の活動が見たいなぁ。一体どのようにして熱血指導するのか、実に興味がある」
(う~ん、困った。ものすごい懐かれているわ。この子が陸上に興味があるわけがない。部員でもないのにいられると部の士気に関わるし、普通に邪魔なのよね。どう追い返したものか……)
みさきはおじゃま虫を如何にして追い払うか、考えを巡らせていた。
(それに困ったといえばもうひとつ……)
「あっ!五所瓦君、今日も来てたの?」
「やぁやぁ松野さん、そりゃ来るさ」
これぞうが普通にサボッた教室の掃除をしっかりと終えて今松野が到着した。そして二人は談笑を始める。ここでみさきは目の前の二人が昨日の二人とはちょっと違っていると気づく。と言っても、これぞうはこれぞうでずっとおかしいのだが、今日に限っておかしいのは松野の方であった。
(昨日の違和感は気のせいと想ったけど、今日の松野さんの五所瓦君を見るあのキラキラした目、あれはただの友人に送る視線じゃないわ。松野さん、恋をしてる)
今日の松野は、シャツの上から透けて見えるような色の濃い下着はつけていない。これぞうに指摘されて控えめなものにしたのだ。
(困った。昨日の五所瓦君の熱弁は確かに松野さんを想ってのこと。松野さんとしては、あれが熱意ある男の気遣いとして胸に刺さったのね。松野さん、五所瓦君はちょっと違う気がするんだけどなぁ~)
みさきは心配な気持ちで二人を見ていた。
(松野さんは純粋で真面目な良い子よ、それに対して五所瓦君は……まぁ悪い子じゃないけど、とにかく普通の子じゃないわ。私達のような対人コミュニケーションの特訓を受けた教師でもあの子の相手は難しい)
みさきは完全にこれぞうを変人扱いしていた。
(これは松野さんには悪いけど、諦めさす方が良いのかもしれない……)
「みさき先生、どうしたんですか。そんなに難しい顔をして、せっかくの可愛い顔が……いや、こういう顔も良いなぁ」
(ほら、言ってる隙にもこうしておかしなことをぶっ込んできているわ)
「というか君はいつまでいるの!今日は大人しく帰りなさい」
今日は何とかこれぞうを追い返すことが出来た。しかし先のことを言っておくと、この暇人は明日も陸上部に遊びに来ることになる。
みさきはその日の部活の指導を終え、生徒と別れも済ませて職員室に帰ろうとした。するとそこへ「水野先生!」と声を発し松野がやって来た。みさきは来たと想った。
「先生、私、五所瓦君のことが気になるんです。相談にのって下さい」
「松野さん、やはりこうなったわね」
そうしてみさきは、人生初の生徒からの恋愛相談を受けることになった。
「うんうん。昨日のブラジャーの件で、五所瓦君が自分のことを強く気にかけているって想って、それであなたも意識するようになったのね」
「はい」
(これは妙なことになったわね)とみさきは想った。
「うん、でもね、その気持ちが好きってことだと決定するにはまだ時期尚早ではないかしら。あなた達は高校で初めて会って、まだ半月くらいしか経ってないじゃない」
「はい、でも私、こんなこと初めてなんです」
「彼は……確かに私の人生の中でも会ったことのないタイプの男の子だと思わう。あなたにとってもそうでしょ。新しいもの、珍しいものに対してよく分からない感情が芽生えるのはよくあることよ」
「でも、五所瓦君はものじゃないわ」
「うっ……そうねぇ、確かに……」
(どうしよう。これは良くないことなのかもしれないけど、私は松野さんを五所瓦君から遠ざけようとしている。松野さんと五所瓦君がうまく行く気がしないと想ったからだけど、教師の私がそこに口を挟んだり、首を突っ込んだりするのは許されることなのかしら)
みさきは松野にどう答えたものか悩んでいた。何せ恋愛相談自体に慣れてないし、しかも相手は純粋な乙女ときている。となれば適当なことを言って傷つけるわけにはいかない。
(五所瓦これぞう、新任早々にして私の頭を悩ませてくれるわね……)
これぞうは愛するみさき先生から厄介事を持ち込む面倒なヤツと思われていた。