第百十八話 真に叶えたいのはご縁があったその先の事
これぞうは賽銭箱に十円玉を投げ込んだ。
「あらあらこれぞう、こういう時にはご縁がありますようにって五円玉を入れるものじゃなくて?」と桂子は問う。
「ははっ、ご縁ならもうあったじゃないか。そのジンクスにすがる必要はなしさ。後はそのご縁を完全なものとして結びつけるだけ。ご縁があったその先を願うって訳で、倍の額を支払ったのさ」
「ふふっ、面白いこれぞう理論ね。でも理に適ってるわ」
「そのご縁ってのは去年の春に出会った運命のヒロインのことよね?」とあかりが言った。
「そうそう、みさき先生のことさ」これぞうは笑顔で返した。
一行は神に対しての新年の挨拶と、無病息災を願った。
「ねえねえ、これぞうの今年の願いは完全にみさきのことだろうけど、今までは何を願っていたの?」
「ああ、去年も一昨年も桂子ちゃんに引っ張られてここまで来たけど、特に願い事はなかったんだよ。そこで僕が思いついたのは、今はない願いを持ったその時にはしっかり叶えてほしいというものだったんだ。まぁ僕は、一年に一回出来るお願いを次へ次へと繰り越すことをしに毎年ここへ来ていたんだね。これまで貯めて来た分のお願いポイントを一気に使ったんだとすれば、これはきっと叶うような気がする。と言っても、神様のアシストに頼らず、あくまで自分の力で事を成す精神で行くけどね」
「これぞうってば、神頼みに対してもまた独特な考え方をするのね」とあかりは言った。
「あれ?五所瓦君じゃない?」
神社の雑踏の中から彼を呼ぶ女性の声がした。
「は?いかにも、僕は五所瓦これぞうですが?」
「もう、五所瓦君たら何でそんなおかしな返しをするの?」
これぞうに声をかけたのは着物に身を包んだ可憐な乙女。これぞうの前に現れたのは、同級生女子の松野ななこであった。
「やあやあ、松野さん。君だったのか!これまた艶やかな衣装に身を包んでいるから、どこのお嬢さんかと想ったよ。ごめんね、気づくのが遅れたよ」
「あ!ななこじゃないの。こんな所で奇遇ね。どう善哉でも一杯、いや二杯でもいいわ」桂子は松野のことを大変気に入ってるのでテンション高く声をかけた。
「いえいえ、私、友達と来ているので」
「まぁまぁ、誰と来ていたって私の善哉を断る理由には足りないわ。その友達もまるごとご馳走してあげようじゃない。こっちにはVIP専用クレジットカードがあるんだから」
桂子の誘いは少々強引であった。
「こら、桂子。ななちゃんと遊びたいのは分かるけど、友達がいるって言うんだからそこは気を遣いなさいよ。あと、あそこでカードは使えないって言ってるでしょ」
「そう……それにしてもななこ、着物似合うわね。いいわぁ……これぞうの知り合いならみさきもいいけど……ななこもかなりいいわね……」桂子はうっとりしている。なにせこのお嬢様、美女が好物なのだから。その点で言うと松野は桂子のお眼鏡にかなっていた。
「はぁ、ありがとうございます。お姉さん達も素敵ですね」松野は笑顔で答えた。
「いや~それにしてもこの有象無象の雑踏の中から、見事を僕を見つけ出すことに成功するとはスゴイ偶然。もしや松野さんは今年のラッキーガールなのかもしれないよ」誰もそんなミッションに挑んだ訳ではないが、これぞうは成功の言葉を用いて松野を称賛した。
「はは、ほんとにね、すごい偶然」
「ああ、言い忘れていた。松野さん、明けましておめでとう。今年も君の上に太陽が登りますように」
「なにそれ?五所瓦君なりの挨拶?」
「そうそう、僕なりのね」
思えばこの松野ななこだって、去年のこれぞうにとってはみさきに次ぐ印象の強いご縁であった。何せ松野はこれぞうに愛の告白をした経験もあるのだから。
「今年もよろしくね。じゃあね、また学校で」そう言うと松野は、共に来ていた友人の元へと帰っていった。
「これぞう、ななこは今後もっと化けるわよ。逃した魚は大きかったと後悔したくなかったら、ななこに照準を合わすのもありかもね」と桂子は去りゆく松野の背を見ながら言った。
「確かにね。松野さんって笑顔が素敵でしょ。本当に良い女性だと想うよ。でも、出会ったのはみさき先生が先だ。ほんの少しの差だけど、僕が先に出会って好きになったのはあの人なんだ……」
これを聞いて、あかりと桂子は思わずこれぞうの顔を覗き込む。
「これぞう、あんたも言うようになったじゃない。こうして三人の良い女に囲まれたのに、それでも全く心揺らぐことなくあんたはみさき先生ラブなのね」
「さすがよこれぞう。私は涙を飲んでも可愛いこれぞうを応援するわ。これぞうはこの龍王院桂子が認めた男なのだから、きっとみさきを振り向かすことが出来るわ」
可愛いこれぞうの成長を知った二人の姉さんは、思わずこれぞうを抱きしめた。
「ちょ、ちょっと姉さん、桂子ちゃんも。こんなに人が多い中でやめてよね」とこれぞうは照れる。
「あんたこそ、こんだけ人がいる中で堂々とのろけてんじゃないわよ。こっちが恥ずかしいわ」
「やはりこれぞうは抱き心地が良い。みさきにあげるのは勿体ないわね」
「ああもう、ありがとうありがとう。二人共優しくて頼りになる僕の自慢の姉さんさ。ちょっと怖いけど……」
こんな感じでこの三人はいつだって仲良しである。
これぞうは文句を言いながらやって来た初詣で改めて心を固めたのであった。
それを三人から少し離れて見ていた甲本は「やれやれ、こんなとこまで来て何やってんだか。神の御前だっていうのにさ」と言いながらちゃっかり購入した善哉を味わっていた。
そしてその頃、運転手のシゲ爺は、美味しいと噂のフレンチトーストを味わいながら喫茶店で憩いの一時を送っていた。もちろんこれぞうの土産にする持ち帰りのフレンチトーストもちゃんと頼んでいた。