第百十五話 具体的な行動も大事だけど、とりあえず先に神頼みしとけば良いと想う
これぞうにとって色々ありすぎた一年が終わり、新年が明けた。めでたい新年の天気は快晴であった。
これぞうは餅を食い、おせちを食い、他にも手に届く範囲にあるあれこれを食っては楽しく美味しく正月を過ごした。これぞうは良く食うが、その割には太らない。世のダイエット戦士達に羨ましがられる体質の持ち主である。
「これぞ~う、これぞ~う」
庭から声がする。その声は、自宅二階のこれぞうの部屋窓に向かって飛んでくる。
「何だ、誰だ?」
これぞうは不思議に想って窓を開けた。そこにいたのは彼の従姉妹の龍王院桂子であった。
「何だ、桂子ちゃんか。また家の前にダックスフンドみたいな恐ろしく胴長な車を停めて、近所の皆がびっくりして見てるじゃないか」
彼がダックスフンドに例えた長い車とはリムジンのことである。
「これぞ~う降りてきなさい。初詣行くよー」
「桂子ちゃんったら、もう今年で二十歳になるレディなのに、そうして大きな声で叫ぶもんじゃないよ」と窓から言うこれぞうの声だって十分にうるさい。
「早く降りてきなよ」
「何でさ、僕は今日図書館で借りた本を読むので忙しいのさ。というか君が上がってくればいいじゃないか」
「あら、これぞうったら、連れない感じで接しておきながらお姉ちゃんとお部屋で二人きりになりたいってわけね。ふふっ、望む所、すぐに上がってやろうじゃない」と言うと桂子は12秒後にはこれぞうの部屋に現れた。
「明けましておめでとう桂子ちゃん」
「ふふ、私はいつだっておめでたいわ。でも改めて言っておくわ。おめでとう」
「桂子ちゃんはいつだって元気だね」
「これぞうは元気じゃないの?」
「いいや、義務教育が始まったくらいから僕が元気でなかったことなんて無いさ」
「それよりもこれぞう、この格好を見て言うことはないの?」
「え、ああ、綺麗な着物だね。とても似合うよ。でも、そうして裾を上げるのは良くないよ」
「だって、これで階段を上がるのは邪魔なんですもの」
桂子はこれぞうが座っている椅子の背に手を置いてこれぞうの机の上を覗き見た。
「これぞう、あなたったらまたこんな化石みたいな本ばかり読んで。これぞうの趣味だから文句は言わないけど、たまにはアクティブにお外に繰り出すことも勧めるわ」
「え、化石って……たしかに100年くらい前に書かれた話だけど……」
これぞうが読む本には古いものが多く、だいたいは既に亡くなっている人物が世に残したものを読んでいる。
「初詣ったって、人が多いし、疲れるしで、僕は気が進まないよ」
「これぞうってばダメね。据え膳を食わないのと、この龍王院桂子の誘いを蹴るのは男の恥よ」
「はは、据え膳の話はおじいさんも言ってたよ。もしその時が来たら残すなってね」
「ふふ~ん、それをみさきから提供される日を待っているの?」
「何をバカな。僕たちの間で交わされるのはプラトニックなラブ。そういう話はまた別のことさ」
「これぞうったら、顔を赤くして~純粋なのね~」と言いながら桂子はこれぞうの頬を人差し指でつつく。
「僕はね、神の存在を疑うことはしないよ。でもね、正月に手を合わせてちょっとの小銭を払ったくらいで願いを叶えようってのは虫が良すぎると想っているんだ。神は信じるさ、でも神におんぶに抱っこで願いを何とかしようとは思わない。僕の願いは手ずから叶えてみせるさ、だから僕は初詣には行かない主義なのさ」
「あら、これぞうったら勇ましい。その調子でみさきを攻略できると良いわね。でもね、もしもみさきに木っ端微塵にフラレて、寿命の限り食らいついてもダメだって分かった時には、この桂子お姉ちゃんがこれぞうをもらって上げるわ」
「ははっ、それは嬉しいけど……また縁起の悪い未来予想図を描かないでよ」
「私と一緒になるのが縁起が悪いとは、罪な男ね」
「いや、そうは言わないけどさぁ……」
「で、行くよね?初詣」
「さっき話題に出たみさき先生は、正月は実家に帰ってこの街にはいない。先生に会えもしないのに神社に行って物語を進行して何が面白いって言うのさ」
「そうよ。先にネタをバラすと、今回はあなたのヒロイン不在で話が進むわ。でもね、それは置いといて、私がこれぞうと初詣を楽しみたいの。だからあなたはさっさと準備すると良いわ」
「まったく桂子ちゃんてば、僕の事情は無視なんだから」
「ええ、これぞうは優しいから、いつだって私がこれぞうの事情を無視して行動することを無視せずに返してくれるでしょう。今回もきっとそうしてくれると信じているわ」
「うっ、桂子ちゃんのその気ままに我道を行くスタイル、ただのわがままを通り越した何かスゴイ行動力だよね」
「ありがとう。私もそう想うわ」
こんな感じでこれぞうはいつだって桂子に振り回される。姉のあかり同様にぐいぐい来る女子の桂子を口先で負かすことは出来ないのであった。
「全く大きな声でいつまであんた達は出口無き不毛な掛け合いをしてるのよ」これぞうの部屋の入り口に立つあかりが言った。
「あら、あかりじゃない。ご機嫌よう」
「いつだってご機嫌よ私は」
「姉さんも綺麗な着物でご登場だ。よく似合ってるよ」
「ありがとう。あんたの目を通さずとも、さっき鏡で見たからそれは十分に分かってるわ」
あかりもすっかり着物姿になっていた。これぞうの部屋には着物をまとう二人の美女がいて、その姿はとても眩しいものであった。
「さぁこれぞう準備しなさい。行くわよ」とあかりもこれぞうを初詣に連れ出す気でいた。
「え、姉さんもやっぱり行くの?」
「ええ、行くわ。あんたはいつも小難しい理屈を捏ねてないで、その時期のイベントを楽しみなさい。というか、お姉ちゃんを楽しませるために行動しなさい。そのためには、まずあんたは私と一緒に来ることよ」
「はい、準備します。と言っても、この本に栞を挟んで、この通りパタリと閉じたら、これで僕の準備はおわりなんだけどね」
「よしよしこれぞうは出かける準備が早くて良いね」と言いながら桂子はこれぞうの頭を撫でる。
こうしてこれぞうはちょっとの抵抗を示したものの、その効果無くあかりと桂子に言われるがまま初詣に行くことになった。実はこれ、毎年のことで、これぞうは何だかんだ言って初詣に行かなったことがない。