第百十四話 色恋のことに関しては、辞書を引いても知恵を絞っても分からないことが多々ある
次の日の朝のことである。天気は快晴。みさきの住む部屋の窓から気持ちよ良い朝陽が差込み、朝飯を食しているみさきを照らした。
「あ、美味しい……」
みさきが頬張っているのは先日もらった五所瓦家のおでん。
「確かによく味が染みて美味しい」
これぞうの母しずえ特性のおでんはみさきの舌を唸らせた。昨日もらったのはおでんだけではない。母特性の高菜のおにぎりも一緒だった。
昨今では他人の握った米など食せぬなどと抜かす者が少なくないらしいが、人が手を洗って、その上愛を込めて握ったものを食べられぬ道理などない。なのでみさきは安心してパクついていた。
おでんというのは家庭によって扱いが異なるものである。というのが、おでんこそ主食とし、おでんオンリーで食う家庭もあれば、あくまでおでんはおかず、米の横に添えて食うという家庭もあるということだ。
五所瓦家ではおでんをおかずに米をつついていた。それは水野家でも同じことであった。なのでみさきは抵抗無くおでんと米を交互に食っていた。
そして食べ終わる。洗い物を済ますと、みさきは食後のコーヒーで一息つく。
「ふぅ~。昨日は、色々あった……」
懐かしい友人であり、大学の後輩でもある輝美との再会。そしてこれぞうとの遭遇。そこからこれぞうの面倒を見て家まで送り届け、その後に受けた熱烈な愛の告白。あんなことを言われたら、例え相手が全く好きでない者であったとしてもすぐに忘れることは出来ない。
その日の朝、みさきはこれぞうの精一杯の告白の言葉を思い返していた。
「覚えていないって言ってたあの言葉はやはり……」
みさきは自分が教師でこれぞうが生徒だからということを理由にして、このことにはあまり深く触れない気でいた。しかしこの半年とちょっとの間、これぞうは変わらずに自分にアタックして来た。となれば、いい加減に無視するわけにもいかない。最近はみさきの方でもこれぞうのことを色々考えることがあった。
「高校生って……初恋ってあんなに必死になるものなの……?」
みさきには男子の恋愛事情は詳しく分からない。
「私が高校生だった時にはあそこまでは……いや、大学になってからだってあんなに一生懸命になることはなかった……」
これぞうは全身全霊でみさきを愛している。対してみさきはそこまでに人を好きになった経験がなかった。そこの温度差があるゆえにみさきはこれぞうの言動が気になる。子供の一時のきまぐれでああはならないのではないかと考えていた。
五所瓦これぞうという人間は、どうしてそこまで自分に惚れ込んでいるのか、みさきはそれを考えるが分からない。というかこれぞうという男は、色恋の話を別にしても得体が知れない。
「五所瓦君は、苦しんでいるの?私の態度が曖昧だから……いや、考えすぎじゃ……ないのかもしれない」
みさきはやはりこの問題についてはどう手をつければ良いのか分からなかった。でも誰かに相談しようとも思わなかった。ただはっきり分かるのは、五所瓦これぞうという男は性別を越えてこれまで出会ってきたどの人間ともタイプが違うということ。つまるところ、変人である。
「ふぅ……年末だし掃除でもしようか」
みさきはコーヒーを飲み終えると共に考え事も終えた。そして部屋の掃除を始めた。
「あ、これ……」
みさきは紙袋を手に取った。中はいつぞやこれぞうがみさきの部屋に持ち込んだゲーム機であった。前の家にいた時からの忘れ物をこっちの家に持ってきていた。
「ふふ、五所瓦君は下手くそだったな」
そう、これぞうはゲームが下手。
こういうことはよくあるが、掃除の最中に何か面白いものが出てくるとそっちに気を取られて掃除が疎かになる。みさきもその例に漏れなかった。掃除の途中、というか始めて5分も経っていなかったのだが、みさきは久しぶりにゲームがしたくなり、これぞうのゲーム機で遊びだしたのだ。
容姿端麗、頭脳明晰、冷静沈着、才気煥発、文武両道、質実剛健、多くの四字熟語で現すことが出来るみさき先生も完璧超人という訳ではない。ゲームがしたいがために兼ねてからの予定をポイすることだってきっとある。
こうして彼女の部屋は片付くことなく年を越すのであった。