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第百九話 微睡み迫る

 生命ある者大体に共通する行為の一つが排泄行為である。これは観客を魅了する美しき映画スターやスーパーアイドルから底辺極まる下賤の輩まで、ステータスの振り幅に関わることなく人類皆に共通している。

 作中において、水野みさきという人物はアイドル、マドンナ、発光眩しき女神、これらどれで例えても問題ない完全なる清きヒロインとして位置づけられている。そんな彼女であってもご多分に漏れず、漏らす物はしっかり漏らさないとやっていけない。

 本作では見たくない現実から目を反らすようなことはしない。はっきり宣言しておこう。美しきヒロインみさきだって排泄行為を行なう。

 そんな訳で、これぞうが飲み屋のカツ丼に舌鼓を打つ間、みさきはお花を摘みに席を立っていた。

 これぞうは専門店でカツ丼を嗜むカツ丼通である。彼は、酒をメインで売って所詮おまけでカツ丼をやっているような店の味には期待していなかった。しかしこの万能の飲み屋「蛇頭ダズ」のカツ丼は彼の舌を唸らせた。そう、完全に美味かったのだ。

 これぞうは輝美を相手にご機嫌に食レポを行っていた。普段から決して口数の少なくない彼が、美味いものを口にしたらもっと口数が少なくなくなる。ややこしい言い方をした。美味い物を食ったらこれぞうはうるさくなる。

 これぞうがご機嫌にうるさくしている間にみさきは花摘みを終えた。

 しかし、みさきが帰ってくるとこれぞうは机に頬を付けてぐったりしていた。その頬は赤く染まっていた。


「五所瓦君、どうしたの?」

「はは、先生。だからこれぞうで良いと……いや、ダーリンでもハニーでも何でも良いのですよ。その呼び方が、僕達の関係を円滑にする邪魔をしているのですよ。どうして分からないのです?」

 これぞうはよく喋るが、いつものように舌が上手いこと回っていない。目の焦点もどこかおかしい。頭脳明晰、才気煥発な乙女水野みさきはこれを受けて瞬時に状況を理解した。

「酔っ払ってる?」

「そうです先輩、この子かなり酒に弱いらしくて……」

 輝美が申し訳なさそうにみさきに言った。

「輝美!高校生に酒を飲ませたの?」

「いえ、私が飲ませた訳ではないけど、この子が少量の酒を飲んだのは事実です」

 なんとこれぞう、数ある未成年のタブーの一つである飲酒を、こともあろうに教師の前で行ってしまった。

「ヒック、先生、僕は酔っちゃいませんよ。その……先生の美貌に酔ったとかいう有り体な口説き文句を口にするのがやっとで、お酒などはとても口に……」

「嘘をつかない!輝美が飲んだと言ったじゃないの!誰が上手いこと言えと言ってるの!」 

 脳がアルコールの魔力で浸された状態であっても、これぞうはいつも通りウィットに富んだ返しを回らない舌で行なう。

「みさき先輩、それが、酒は酒なんですけど、この子が口にしたのはコレで……」

 そう言って輝美がみさきに見せたのは小さなチョコだった。

「先輩、とにかくこれを一口どうぞ。それで全て分かるので」

 こんな状況でもみさきがチョコをはじめとしたスイーツ全般が好きなのは変わらない事実。みさきは後輩に出されたチョコを齧るのみであった。

「これ、日本酒ね!美味しい!」

「そうです。ウイスキーボンボン的なやつで、日本酒が入ってるチョコです。店のサービスでそれが出てくると、この子たっら目つきを変えてチョコにがっつくんですもの。止める間もありませんでした。と言っても、たったそれだけの量でヘロヘロになるのもどうかと思いますけど。食べたのは一個だけですよ」

 チョコと酒。この二つの相性が良いのは遥かいにしえから立証されていること。そんな訳で、昨今ではチョコの中に色んな酒を入れたものが売られている。これぞうは初めて酒の入ったチョコを食った。また酒だって初めて口にした。だから自分でも知らなかったが、彼は大変酒に弱いのであった。

「何を言うのです。いつも先生に渡している愛のこもったあの弁当、あれにだって酒を入れて作った料理がたくさんあるのですよ。肉じゃがとかがそうです。僕は未成年にして酒の扱いに慣れているのです。そんな僕が酒を飲んだって飲まれることなどあるわけホニャララ~」

 酒に飲まれたこれぞうのセリフの最後の方は何を言ってるのか聞き取れない。これぞうは火を通した料理酒になら慣れ親しんでいるが、生の酒相手ではそうはいかない。

「……先輩、この子に手作り弁当を作ってもらってるのですか?」

「……うん」みさきはやや頬を赤らめて答える。

「美味しいんですか?」

「うん。美味しい」

 これを聞いて輝美はニヤリと笑う。

「なに、あんなものでよければ先生が骨になる日まで毎日作ってあげますよ」とこれぞうは言う。

「ふふ、酔った状態で言うコレってプロポーズかしら」輝美は楽しんで聞いている。

「輝美、笑ってられる状態じゃないでしょ。どうするのよ、この子一人じゃ帰れないでしょ」

「先輩が介抱して、家に泊めてあげれば?」

「そんなこと出来る訳無いでしょ」


 聖夜にだらしなく、そして気持ちよく酔ったこれぞう。それを前にしてみさきは大変困っていた。

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