第九十九話 愛の謀~カツ丼が二人を繋ぐ~
「で、課題の方は進んでる?」
「ええ、大方終わっています。僕は短期集中型ですからね」
「だと想ったので、今日は追加の課題を持ってきてるわ」
「何だって?そりゃ酷いや!」
これぞうの謹慎中の課題は上乗せされることになった。
「で、次はまた何です?」
「なに?態度悪いわね」とみさきはクスリとしながら言う。
「いやいや、先生の前では良い子ですよ。いつだってね」
「コレ。また作文ね」
「はぁ、またですか?手書きレポートの時代でもないでしょう。パソコンソフトで打ってはだめですか?」
「ダメです」
これぞうは普段からパソコンでちょっとした書き物を行って少しばかりの原稿料をもらっていた。彼が春から始めた在宅ワークのことだ。ちなみに文化祭の台本だってパソコン入力で仕上げた。
「お題はね、『今年を振り返って』よ」
「はぁ、それはまたざっくりしたものですね。もっとテーマを絞りこまないのですか?」
「これ以上は絞りません」
これは大蛇高校の1年生全員に課された課題であった。鳥頭のごとくおバカな若者だって少なくない昨今であるから、一年の反省と、単に記憶の力を鍛えるためにもこういう課題が設定された。有能なこれぞうには要らぬ世話であった。
「しかし、この一年、色々ありましたね。僕たちの出会いを発端にして、珍妙なことがまぁ次々と」
「本当ね、私の教師生活1日目には木の上から男の子が降ってくるなんてことがあったんですもの」
「はっは。そりゃ僕のことですね。あの桜の木が懐かしいものです。あの時にはピンクの花をたっぷりつけていたのに、今ではあの木は何にもつけてないじゃないですか。あれが昨日のことのように想えますが、もう12月ですからね~早いものです。しかし、あの日は……良かった」
これぞうはしみじみと美しき春の日を思い出していた。
「物語の始まりは空から可愛い女子が降ってくる、なんて導入の作品もあった気がしますが、先生の場合には逆でしたね。僕、男だし」
「あら、可愛いは君にも当てはまるの?」
「それは先生の判断に任せますよ。女性受けする顔かどうか、僕自身では判別しかねますからね」
これぞうとみさきは自分たちの衝撃的出会いを思い出し、両者共にこの一年は人生稀に見る刺激たっぷりな一年であったと感じた。
「ああ、では先生との馴れ初めについて書くか……」
「ダメ!」
みさきは即返した。
「え?何故に?」
「そういう個人的なことは……ほら、学校の課題だから、クラスのことね。文化祭とか体育祭のこととか、新しいクラスの人達との思い出とかを書くのよ」
「はぁ、みさき先生とのエピソードを抜きにしても、学校では色々あったものですね。今年は振り返ると色々てんこ盛りだな~」
これぞうはヘラヘラしている。
しかし次にはみさきと向き合ってやや真面目な感じで言う。
「先生、来年も二人にとって面白おかしい一年になるといいですね。いや、そうして行きましょう」
「へっ、ええ……」
さっきまでのほほんと語っていたこれぞうが急に真面目な感じを出すのでみさきはやや焦った。
そこで合図無しにあかりが部屋に入ってきた。
「これぞう、私とお母さんはお好み焼き食べにいくから」
「何だって!この僕を置いてかい!」
「だってあんた自宅謹慎中でしょ。別に家でもご飯は食べれるんだから外を出歩く理由にはならないわ」
「姉さん、そいつはいけずぅだよ」
これぞうは置いていかれるのでふてくされた。
「でも大丈夫よ。あんたには出前のカツ丼頼んでるから。それとみさき先生のもね」
「やった!カツ丼だ!先生とカツ丼だ!」
これぞうの喋りのボリュームは三倍になった。
そして、みさきはあかりの申し出に戸惑う。
「そんなダメよ。困るわ」と言っても「カツ丼」という愛しいワードを耳にしてから三秒程すれば腹ペコ女子のみさきの腹の虫がなった。
「はっは、再びご対面したぞ。先生の腹で飼ってる可愛いのが鳴いてる」
実はこれぞう、この音を聞くのは二度目。
「こら、だからそういうのはセクハラなの!」とみさきは顔を赤くして言う。
「というワケで家を留守にするので、その子がご飯を食べるまで面倒を頼みます先生。その手間賃としてカツ丼というわけで」
「姉さん、計ったな!しかしなんとも素敵な謀。ありがとう」
五所瓦あかり愛の策略が展開し、これぞうとみさきはカツ丼にありつくことになった。
「いやいや話が早いや。どちらにせよ、僕の方でも帰りにカツ丼でもどう?と誘うつもりだったのですよ。しかし考えてみれば僕は外に出ちゃだめだったんだ。そこへ来て向こうから持ってきてくれると言うのですからこれは占めたものですね」
「もう……食べたら帰るからね」
「はっは、食べずに帰られたら困りますよ~」
これぞうは大好きなみさき先生と晩飯をご一緒出来きるのが最高に幸せであった。