#1 思ったより話が重い件
あの日。
俺の心から愛する娘が、あの娘が誘拐されたあの日。
胸の虚無感。
この言葉だけが俺の中に残った。
6歳。たった6歳。
6年間。俺と妻の間に命が誕生してから6年間。
妻と娘に、ただ愛を捧げた。
愛を、幸福を謳った。
ただ幸福に満ちた6年間。
あの6年間はたった1日で奪われ、無残に消えた。
妻は誘拐のショックで
病床に伏せ、年内にこの世を去った
俺はたった1年で
幸せを、愛を奪われた。
「っっつあああ!」
一人、一戸建ての自室にて唸り声をあげた。
笑えないな。
四十過ぎたおっさんが、自分の人生に嘆いて泣きそうになってるなんて。
妻にも、あの娘にも顔向けできない。
死にたい。
その思いに何度刈られたかわからない。
だが、俺は生きなければならない。
妻のためにも、あの娘のためにも。
あの誘拐犯を見つけ出して復讐するまで、俺は死ねない。
絶対に。
絶対的決意を胸に、俺は殺風景な自室で1人瞳を閉じ、明日へ向かった。
ピンポーン
時刻にして、深夜3時半頃
あまりに静かな自宅に、か細いチャイムが鳴り響いた。
「.....来客?こんな時間に...」
特に注文の類も無し。
俺に用があってくるご近所さんなんていないし
こんな時間にチャイムを鳴らすような緊急の来客があるような仕事はしていない。
嫌な予感しかしてこない。
俺はのっそのっそとベットから身を起こし
袖に護身用に安全用カバーの着いたナイフを隠し持ち、警戒しながら扉をゆっくりと開けた。
其処には
怪しい宗教団体もなく
怖いお兄さんもなく
職場の同僚もなく
服いっぱいに血を浴びた少女が倒れていた。
...これは想定外。
「....けて...。」
か細い。今にも消えそうな声で少女は見上げ、呟いた。
「助...けて...」
少女が顔を上げ、こちらを向いた時
俺の頭にまるで殴られたかのような衝撃が走った。
そこにいた少女は紛れもなく
誘拐された娘だった。
「っっ!!」
考えるよりも先に
俺は急いで少女を抱きかかえ、家の中へと走り込んだ
わかっていた筈なのに。
娘ではない。見間違いだ。
そうわかっていた筈なのに。
面倒ごとには二度と携わらない。
そう、妻と娘を失ったあの日、決意したはずなのに。
少女をベットの上に寝かせ、急いで水と救急セットを持ってきた。
すると少女は小さな声で話した。
「....ありがとう。おじさん。」
「どういたしまして」
救急セットから消毒液とガーゼを取り出そうとした時に聞こえたその声は
娘とは違う声だった。
(そりゃ、そうだよ。何にちょっとでも希望を持ってんだよ。俺。)
顔を上げ、少女の方を向いた時
俺のことを見つめていた少女は間違いなく、俺の娘の顔をしていた。
(待て。落ち着け。俺。この子は娘じゃない。)
自分で自分にそう語りかけるも、身体は硬直し、心音は無性に高まってゆく。
ゴクン
しばらくの静寂の中、初めて音が鳴り響いた。
「僕、わかってるよ。おじさんの言いたいこと。」
少女は水を一口飲むと俺に向かって話した。
「僕がおじさんにはおじさんの知っている人に見えるんだよね?」
ニコリ。と、優しく微笑む少女に不思議と俺は何の違和感も持たず、答えた。
「あぁ。見えるんだ。もう25年も前に誘拐された娘に。」
「やっぱり。」
少女は少し俯き、ゆっくりと語り出した。
「呪いなんだ。僕にかけられた。」
「呪い?」
「うん。周りの大人には、僕の姿がその人が最も好き、恋愛感情じゃなく愛情を注いだ人に見えるんだ。
いわゆる、半『ドッペルゲンガー』にされたんだよ。」
少女のコップを握る手が少しずつ強まっていった。
「なるほど。信じ難いけど、実際俺が娘に見えてるのがそれを裏付けてる。」
「お陰で散々だよ。この呪いに魅入られた人に狙われるわ、死にかけるわでさ。みんなぼくの本当の顔を見れないし。」
少女の少し苦笑いを浮かべる頬には水滴が伝っていた。
「君は
「おじさん!鍵は!?」
俺が少女に話しかけたその瞬間、少女の警告が部屋に響いた。
(痛っっっっっってえぇぇぇっ!!)
それと同時だった
俺の頭の右後ろに大きな衝撃が走った
拳ではない、鉄パイプやバットの様な鈍器が
俺の頭蓋骨に強く、強くメキメキとめり込んでゆく。
さっきと違い、本当に後頭部を殴られた様だ
(あ....俺...死ぬのかな.....)
意識を手放すことを余儀なくされた俺は残された微力で倒れる中、視界を少女の方向を向けた
閉ざされてゆく視界の中、少女は確かに俺の方を向き、叫びあげた。
{{{助けて!パパ!}}}}
少女の声で、娘の声で
俺は閉ざされかけていた瞳を無理やりこじ開け
左足を強く、強く前に一歩踏みしめた
右後ろに勢いよく視界を移し、
そこに金属棒を持っていた男の右腕と襟を掴み、男の腹を背に乗せた。
「オラっっっああぁぁぁぁっっ!!」
勢いよく背中から床に一本背負投を決められた男はグッタリとした様子で動かなくなった
「気絶した...みたいだな」
「おじさん!血が!」
少女の声が俺に届いた時、俺は急いで頭に手を当てたが流血はしていなかった
「大丈夫。頭からの出血は無いよ。それより君は大丈夫かい?」
少し笑顔を浮かべ、少女に問いかけると少女は青ざめた顔で答えた
「違うよ!腕だよ!」
「腕?」
俺は自分の右腕を見るとそこには
大量の切り傷と血液があった
「なんで!?」
あまりの驚きに声を張り上げた
(おかしい!あの男は刃物なんて持ってなかった筈だ!)
カシャン!
その時だった
右の袖からカバーの外れたナイフ|がずり落ちた。
あ...護身用に持ってたな...
「おじさん!?」
その場に勢いよく倒れた俺を
少女が心配そうに見守る光景が薄れる視界から薄っすらと見えた
俺はアドレナリンがドバドバ状態からの一気に解放、後頭部へのダメージと疲労、そして護身用の武器による出血によって意識を手放した
薄っすらと視界が開き、指と指が擦れる感覚が戻ってきた。
それと同時にとても大きな頭痛が俺を襲った
どうやら生きているらしい
次第に鮮明になってゆく視界を頭と腕にずらすと、包帯が厳重に巻かれていた
「起きた?おじさん」
声のする方向を向くと少女が心配そうに立っていた
「あぁ、この手当は君が?」
「そうだよ。昨日はありがとう」
少しはにかんで見せた彼女が無事の様で何よりだ
自分も怪我をした甲斐があったもんだ
「そうだ!あいつは!?」
「昨日、おじさんが倒れた後。僕が通報しておいたよ。公園で倒れてる人がいるって」
彼女は少し俯いて俺に話した
「そうか...」
正当防衛とは言え、少しやりすぎたかもしれないと反省していると
彼女はそれを悟った様に俺に話しかけた
「おじさんが気に病むことないよ。あのおじさんは酔っ払って木登りして落ちたんだから!」
彼女は苦笑いを浮かべながら俺に話した
「そうだな」
俺も少し笑いながら彼女に返事をすると、彼女も少し嬉しそうに笑った
「そうだ。おじさん、名前を教えてよ。きちんとお礼が言いたいしさ」
そうだ、俺はこの少女の名前も知らなかったな。
「俺は三島。でも、おじさんでいいよ」
少女は俺の方を向き、横に首を振った
「うんうん。昨晩はありがとう、三島おじさん。」
少女は嬉しそうに改めてお礼を連ねた
「君の名前も教えてくれよ。」
俺の問いに少女ははにかみ、口を開いた
「僕は奈月。与板 奈月だよ。」
「無事で何よりだよ、奈月ちゃん。」
「うん!」
彼女は少し照れたように顔を火照らせていた
「さて、奈月はこれからどうするんだ?」
あんな時間に突然うちに飛び込んできたんだ
この子には恐らく帰る家は、無い。
「うーん」
悩むふりをしながらチラチラとこちらを見てくる彼女の考えはとっくに読めている
もちろん、俺もこの子の選択次第だがうちにいるのが最も安全だと思う
養護施設や警察のところへ行ったところでこの『ドッペルゲンガーの呪い』のお陰で怪しまれること間違いなしだし
いつ昨晩の様なこの『呪い』に魅入った奴に襲われるかもわからない
(だが、ここで俺から「うちに住むか?」と聞くのは、誘拐の様で好めない。ここは彼女から切り出すのを待つ事にしよう)
俺の沈黙を悩んでいるのかと勘違いした様に彼女はベットで横たわる俺の膝に乗って頼みこんできた
「おじさん!お願い!僕を匿って!」
両手を額の前で合わせてお願いしてる姿がなんとなく面白かったので
もうちょっとからかう事にしよう
「う〜ん、どぉ〜しょっかなぁ?」
わざとらしく顎に左手を置き、悩むそぶりを見せる俺に
彼女は俺の膝の上から動かず服の胸部分に両手を乗せウルウルとした瞳を輝かせ、言い放った
「パパ...だめ?」
一緒に暮らす事にした。