【第64話】スカウト2
「今日はよろしくお願いします」
守山さんと一緒にやってきたのは、アカネちゃんの所属する事務所の演劇部門。今回はうちの事務所からの派遣テストということになる。
わたしはアカネちゃん達と知り合いで事務所の人にも覚えられているから一緒に行ってきてということで一緒に来た。
普通社員が一緒に来るんじゃないんですかね。わたしアルバイトなんですけど。
そして軽く事務所内で挨拶した後に演劇部門が練習しているというスタジオに連れて来られた。
わたしは途中であったナギサさんに引っ張られて付いてきた。いやね。守山さんを連れて来てわたしの出番はもうなさそうだったので帰ろうとしてたんですけど。
「ナギサさんもここで演劇?」
「まぁー代役はたまにしてるかな」
アカネもたまにやってるよ。あの子演技は凄いから。とナギサさん。まぁ異性装して違和感が無い人を演技力無いとか言えないですよね。わたしはよくやりすぎと言われますけど。
「アカネちゃんは?」
「あーあの子は今日は個人レッスン。
ちょっと振り付け覚えるのに時間かかっちゃってるかな」
アイドルは歌詞の他にも振り付けを覚えたりする必要があって大変ですよね。あと体型維持とか。
たまに学校でアカネ君と一緒に昼ごはんを食べる機会があるけど、相当気を使っているようで野菜中心のヘルシーメニューだった。あと10秒チャージのみの日もあったかな。
わたしは別に服が着れないほど太くならなければいいので普通に食べますけど。
「で、あの子どうなの?」
「ん?守山さん?」
そそ。と言いながら監督の人と話している守山さんを見るナギサさん。
「学校の演劇部の一人」
正直それ以上はわたしは知らない。この前手伝った時に部長とあってないけど、演劇部って誰が部長なんだろう。
一応演技は問題ないと思う。でも学校レベルだからどこまでプロで通用するのかは分からない。
「あっ練習始めるみたい」
*
守山さんの初めての演劇練習を終えて、疲れきった守山さんを連れて大通りまで出てタクシーを捕まえる。
今回は経理からタクシーチケット貰ってるからタクシー使える。車内で書くのが面倒だから乗車場所と金額以外は先に書いてある。
事務所の住所を運転手に伝えてもう暗くなった街を進む。
まさか晩御飯までご馳走になるとは思わなかった。わたしは何もしてないから断ろうとしたけど、結構前にパロメロの声の代役してもらったお礼だからと言われたからご馳走になった。あの時、一応報酬は貰ってますけどね。貰えるものは貰う主義です。
「お疲れ様」
わたし達声優と違って全身で動く演劇は疲労感も全く違うからか、守山さんはタクシーに乗り込むと同時に眠った。まぁ一部声優はアテレコ後に疲れ切ってる人もいますけど・・・
事務所までちょっと距離もありますし寝かせておこう。ついたら起こします。
「お客さんは芸能事務所所属なんですか?」
「ん?」
信号待ちをしているときに運転手から声をかけられた。
まぁ行き先が普通に芸能事務所ですからね。アニメ部門ですけど。
このまま守山さんの家に送っても良いけど、自転車で来ているようなので一度事務所に戻る必要がある。
「まぁ、そう」
「そうか。俺も昔演劇しようと思っていくつもオーディション受けてたんだよ」
残念ながらどこにも受からなかったけどな。と青になった信号でタクシーが進み始める。
「そうなんですか。何処受けたんですか?」
わたしの事務所とアカネちゃんたちの事務所も受けてた。本当に片っ端からといった感じで受けてたみたいだ。
「あぁ、演劇部門ないところもある」
「えっ、まじか・・・」
昔のことだからネットで情報をといったことはあまりできなかったんだろうか。
うちの事務所もホームページを作ったのはネット黎明期だって言ってたし、この運転手の年齢からしてもう少し前だろう。
「だからかな。芸能の卵を見たくなってよくあの辺流してんだ」
あぁ、今日捕まえた当たり幾つか芸能事務所ありますからね。うちの芸能部門もあの一角ですし。
「この前も俳優乗せてテレビ局までいったこともあるんだ」
「あの人もタクシーなんですね」
「いつもはマネージャーの車らしいんだが、車がトラブったらしくてな。急遽タクシー移動になったらしい」
という話をしていると、うちの事務所が見えてきた。タクシーはビルの横にある駐車場の前で止まる。
「嬢ちゃんたちも頑張れよ」
守山さんを起こしてタクシーを降りる時に運転手から声をかけられた。
「「はい。ありがとうございました」」
じゃ。ファイトと扉が閉まった後に、窓越しにガッツポーズをされた。こっちもしておく。
中々面白い人生経験をしているタクシーの運転手だった。
「じゃ、守山さんは気をつけて帰って下さい」
「リンさん今日は付き合ってくれてありがとうございます」
別にいい。久しぶりにナギサさんと会えて話せたし。最近わたしが忙しくてライブに行けてなかったし。
自転車で帰っていく守山さんを見送ってから、わたしは事務所に入る。
アニメーション部のデスクまで行き、所謂誕席でうとうとしている父さんの肩を叩いた。
「お父さん。帰り乗せて」
寝てるんだから仕事終わってるでしょ?




