【第54話】夏休み
「夏だ!!」
「海だ!!」
「「夏休み(原稿)だぁぁ!!」」
・・・また原稿遅れ気味なの?
今、わたしはリンとして遥さんの家に遊びに来ている。
リンの理由はなんといっても夏場はスカートのほうが涼しいから。ウィッグが少し暑いけど、帽子代わりと思えば何でもない。
エアコンのきいた遥さんの部屋で遥さんがパソコン前で原稿を描いているから定位置の椅子ではなくベッドに腰掛ける。
「で、原稿進んでない?」
「うん・・・」
ソシャゲでイベントがあったのが悪い。と遥さんは顔を抑える。
確かに夏休みに入る前にあったソシャゲのイベントは時間を使える学生ターゲットのイベントだった。それにハマって原稿が遅れ気味らしい。
まだまだ夏の祭典まで余裕があると言っても、印刷所が絶対に混み合うから早め入稿はしたいと言っていた遥さんのスケジュールでは後一週間で入稿予定だったはず。
「ネームは?」
「終わってる」
そういって渡されたのは手書きのネーム。確かに最後まで描けてる。
――ブブッ
わたしのスマホじゃない。
ということは遥さんのということで。
「あっスタミナ回復した」
タップタップ。と遥さんがソシャゲを起動してゲームを始める。
「それが原稿が進んでない原因では?」
「うぐっ」
*
「リンお姉ちゃん。ここ教えて」
「ん?」
梨花ちゃんが夏休みの宿題をしていて分からないところがあったのか、わたしに聞いてきた。教えるのは良いけど、遥お姉ちゃんには聞かないの?
「お姉ちゃんは原稿で忙しいって」
・・・あの人ゲームしてましたよ。
「お姉ちゃん!?」
「あははー」
折角梨花ちゃんも気を使ってくれてるんだから原稿描いてください。
「お姉ちゃんはいいや。リンお姉ちゃん教えてー」
「おけ」
小学校の内容なら教えることが出来るからね。で、どこが分からないの?
*
『ただいまー』
飯島家の玄関が開き誰かが帰ってきた。女性の声だ。
えっと遥さんの姉妹は梨花ちゃんしかいないって言ってたから・・・
「あっ、お母さん帰ってきた」
梨花ちゃんがおかえりーと言いながら遥さんの部屋から出て行った。
帰ってきたのは遥さんのお母さんか。今までそういえば全然時間が合わなくて会ったことないなぁ。
『遥ー梨花ー誰か来てるのー?』
『お姉ちゃんの友達ー?』
梨花ちゃんとお母さんが話しているのが聞こえる。
えっとわたしはどんな立場でいればいいでしょうか?梨花ちゃんは友達と伝えてくれたけど、疑問符付いてましたよね。
「お母さんはどこまで知ってる?」
「えーと、私に彼氏がいるところまでかな」
「女装魔だってことは?」
「言ってない。というか自分で女装魔とか言っちゃうんだ」
まぁ女装ばっかりしてるというのは自覚してますし、今日だって暑いからスカートでとかいう思考でリンとして遊びに来ているわけですし。
「私の男装のことはもちろん知ってるし、リンの存在は知ってるよ」
梨花が写真見せてたから。とどこまで教えているのか教えてもらって・・・
「やっぱいいや。正直に言おう」
別にわたしが男で彼氏ってことを隠す必要は特になかった。別に自分を女と公言しているわけでもないし。
まぁ聞かれるまでは言いませんけどね。
*
「ジュースいかが?」
戻ってきた梨花ちゃんに続けて宿題を教えていると、扉がノックされてお母さんらしき人が入ってきた。手にはジュースの入ったコップがある。
細身の人で顔つきも遥さんとよく似ている。間違いなく親子といえるような人だ。
「ありがとうございます」
あと、お邪魔しています。持ってきて貰ったので頂きます。
軽く机の上に広がっていた梨花ちゃんの宿題を片付けて置き場を確保してそこにおいてもらう。
「あなたリンちゃんね」
梨花から写真を見せてもらってたの。とさらっと座りながら話しかけてきた。
「はい。鈴木凛です」
「どうも。遥の母です」
・・・ちょっと待って、わたしこの人見覚えある。遥斗に会う前に何度かこの人のサークルで同人誌を買ったことがある気がする。
確かあの時は既にリンは始めていたはず。
「あら?リンちゃんって2、3年前に会ったこと無いかしら?」
どうやら向こうも気が付いたようだ。
わたしの思い過ごしというわけでもなさそうだし頷いておく。
「えっ?知り合い?」
「昔私がイベント参加していたときの常連さん」
「へっ?」
まさかの知り合いだったことに遥さんが声をあげる。
「遥も何度もあったことあるわよ」
「えっ嘘・・・」
そういや一緒に帽子を目深にかぶっていた女の子が一緒に居たけど、あれ遥さんだったのか。
「大きく・・・大きくなって・・・ない?」
「ん。1センチしか伸びてない」
本当に身長は伸びてない。男の成長期だってのに全然伸びなかった。 女装しやすいから別にいいんですが。
「そう・・・でも、これくらいのほうが可愛いわ」
「ありがとうございます」
可愛いと言われて悪い気はしない。
「じゃぁおばちゃんはお暇しましょうかね」
よいしょっと言いながら立ち上がると扉から出ていく。
あっ、と扉を閉める直前に振り返って、
「あっ、そうそう子供は卒業してからにしてね」
「へっ!?」




