【第5話】初詣
あけましておめでとうございます。
---ガラガラ
目の前に垂れ下がる紐を引くと上に付けられた鈴が音を立てた。
わたしは礼を二回して、手を二回叩く。そしてもう一回礼をする。
毎年やっているけど、毎回これで良かったのか不安になる。
行動で分かるように今日は神社に初詣に来ている。
そして一人称がわたしということからも分かるだろう。今日はリンとして神社にやってきていた。
でも、一部の人達みたいに振袖でではない。キレイだなーとは思うけど、流石に着るつもりはない。
周りには人がいっぱい。人に酔いそう・・・あれ?でも祭典ほどじゃないか。
「こっちこっち」
そういってわたしに手を振っているのは遥斗だ。
朝におせちを食べてお雑煮食べて、本当は今日は家でぬくぬくするぞとコタツでタブレットをいじっていると呼ばれた。
家を出る時、姉にニヤニヤとやっぱり付き合ってんじゃんと笑われた。
えぇ。付き合い始めましたよ。
この前の電車の中で狸寝入りカマしていた遥さんに聞かれちゃいましたからね。
「でもなんでこっちで?」
こっちでというのはリンと遥斗という組み合わせがなぜという意味だ。
「だって、俺たち仲良くなったのってこっちでだろ?」
まぁそうだけど。
「だったら、初詣もこっちでかなーと思って」
「むしろ無礼にならない?」
女装・男装ですけど?とちょくちょく他の人に聞かれたくない言葉は目線で会話しつつ話を続ける。
「んーまぁ大丈夫じゃね?あっちよりは・・・」
と、遥斗が視線を向けるのは、お守りを買っている着物の女装の人だった。
まさかわたし達以外に異性装をしている人がいるとは思わなかったし、あそこまでバレバレのレベルで初詣に来ている猛者がいるなんて思いもしなかった。
心と体の性別が一致していない人かもしれないけど。
いっておくけど、わたし達はちゃんと自分の性別の意識は合ってるし、合わなくなったら辞める覚悟も出来ている。
「ま、おみくじ引こ」
「ん」
さて何が出るかな?
===>
「リンはどうだった?」
ちなみに俺大吉ーと言ってみる。
「中吉・・・パッとしない」
ま、まぁいいんじゃない?中身だよ。中身。
「恋愛、待ち人来る。
もう来てる」
あはは。ギリギリだったけどね。
あの電車でうたた寝してリンに寄りかかった時に一応起きた。
ただすごく眠くてそのままリンの肩を借りてもう一度寝てしまおうとしていると、鈴木君が地声でポツリと言ったのが聞こえて私も地声で返して首に抱きついた。
抱きついてやっと分かる微妙な骨格の違い。個人差ということで収まる範囲だけど、男だと知っている人が触るとあぁと分かってしまう違い。
でもこれだからいい。リンが男だと分かって、でも安心できる心地よさ。
「ん?どうした?」
そういっていつの間にか貰ってきていた甘酒を渡してくれる。
「あの電車の事を思い出してね」
ちょっ、とリンの顔が赤くなる。
自分じゃ釣り合わないからヲタ友の関係を崩さないために保留のまま行くつもりだったと聞いて余計な心配と頬にキスした。
ちょっと大胆に行き過ぎた気もするけど、まぁちょっと関係を進めておかないと鈴木君は勝手にフェードアウトして行きそうだったしね。
「あれ?遥?」
うえっ、千里の声だ。
そういや文化祭で遥斗のウィッグ使ったんだったなぁ・・・他に持ってないし。
ちょっと考えなしだったかなぁ。
遥斗姿で知り合いに会うことがほぼ無いこともあってこういったときの対処法を知らない。
「反応しない。別人のふりする」
ぼそりとリンがアドバイスしてくれた。
「はるかー?遥だよね?なんでそんな格好してるの?」
千里が回り込んできて顔を覗き込んでくる。
「どちら様ですか?」
いつもの男声より更に落として聞く。
文化祭じゃ声は鈴木くんみたいに変えてないから知られていないはず!!
「あれ?人違い?」
「人違いだと思いますよ?」
「ん。人違い。行こ」
リンが千里から離れるように腕を引っ張る。
目線は屋台の方にある串焼きを見ている。
・・・えーと、リンさん?それはどういった視線でしょうか?意識をそらすための演技なのか、ただの食欲の視線なのか教えてくれませんか?
「んー?」
千里が頭を捻っているが、俺たちはその場から離れた。
そのままリンは串焼きの屋台へ・・・あぁ、食欲の方だったか。
<===
危ない、危ない。柊さんと会うとは思ってなかった。
正直わたしはバレない自信はあるけど、遥斗はそのままの姿の文化祭で晒しているから危険だ。
あのときは思い切り執事服のコスプレで今は普通にメンズの普通の服だから印象も違う。
多分柊さんは振り切った。
わたしはつい目に入った串焼き屋台で買った串焼きを食べながら、横に座る遥斗を見る。
うーん。髪型変えればバレないかな?
「ウィッグ変える?」
「あー・・・金ない」
あれ?バイトしてなかったっけ?
「グッズにソシャゲに突っ込んでこっちに手が回らない」
呆れた。
遥斗とは同じソシャゲをしているし、進行具合も知っている。
ほとんどわたしと同じぐらいだったはずだ。
「無課金でもついていける」
「あれ?リンでも課金アイテムもってなかったっけ?」
「無理の無い課金で無課金」
「そうかー・・・って無課金じゃないから!!」
そう?月5000円までなら無課金じゃないかな。
まぁ給料に差があるというのは自覚してるけど。
「でもああいった時は別人というのを刷り込めばいい」
容姿だけでもそれだけのポテンシャルはあるし。あとは意識を切り替えればいい。
そのせいか完全にわたしという人格ができあがっちゃったけど。
「自信ねぇ・・・」
自信さえつければ、あとは問題ないと思うけどね。
*
「おにーちゃん」
神社から出て、どこかで温もろうと言ってファーストフード店を目指して歩いていると、遥斗を後ろからちょんちょんと叩いて来たのは女の子だった。
見た感じ小学生かな?
「梨花一人?」
どうやら遥斗の知り合いらしい。
確か妹がいるとか言ってたから妹だろうか?
「うん!!ハンバーガー食べたいから」
あぁ・・・おせちじゃ食べた気にならないよね。
「こっちの人はお兄ちゃんの彼女?」
「あーうん。そうだ」
・・・遥さん。もしかして妹に兄として認識されてます?
そしてなぜわたしはじーと見つめられるのでしょうか。
「抱きついていい?」
「ん?いいよ」
何故か抱きついていいか聞かれた。まぁ拒否する理由もないのでおいでというと梨花ちゃんは抱きついてきて
「んっ!?」
わたしのあそこを触った。しまった。今日はタックしてない!!
梨花ちゃんの顔がにたーと笑う。
「似た者同士?」
「「あはは・・・」」
もう笑うしかなかった。
というか梨花ちゃんには急に抱きついて触ったことに対して説教が必要かな?
触らなくても分かる方法だってあるでしょうに。
===>
「ほんとっごめん!!」
急に梨花が現れてリンに抱きついて確認したのは、うちの教育が悪かった。ごめん。
性別をコロコロ変える私を知っているせいで容姿での性別確認ができなくなっているっぽい。
「触らなくてもね。分かるものは分かるから」
オーラっていうのかな?と言うけど、正直俺は分からない。
「ただ遥斗には一切感じなかった」
自然体すぎ。とリンから褒められたのかいまいち分からない評価をもらいつつ、梨花にもハンバーガーを買ってあげてテーブル席に座る。
周りにも人がいるから直接的な言葉は会話に入れない。梨花もちゃんとそのあたりを分かっているのか直接的な言葉は避けている。
小学生ながら慣れすぎだろ。
<===
遥斗がトイレに立った。
遥斗は躊躇なく男子トイレに入っていく。
それだけ慣れたってことだろうけど。
わたしも女子トイレに慣れちゃってるけどね。
「リンお姉ちゃん」
「ん?」
急に梨花ちゃんが真剣な顔をしてわたしに向き合った。
今さっきまで年相応の無邪気な顔をしていたのとは正反対だ。
「これからもお姉ちゃんのことお願いします」
頭を下げられた。え?梨花ちゃん?
「お姉ちゃん、リンお姉ちゃんに会う前よりもっと笑うようになったんです。
とても楽しそうで、毎日が充実しているようで、生き生きとしていたんです。
だからこれからもお姉ちゃんのことお願いしますっ!!」
「えっと、はい。任されました」
「「ぷっ」」
二人して笑った。
だってそれ・・・
「この前の遥斗の同人誌にあった台詞」
「お姉ちゃんには秘密で。絶対読ませてくれないから」
「いいよ」
まぁ真後ろにいる遥お姉ちゃんが真っ赤なんだけどね。