【第35話】渋谷さん3
「チケット拝見」
と言われて、受付の男性の人にチケットを見せる。
なにやら、受付の人がわたしの顔を覗き込んでくる。
はい。この受付の人知り合い。先生のアシスタントの一人だ。
ちらっと、変装のためにしていた眼鏡を外すと、
「やっぱり?リンさん?」
「渡辺さん先日振り」
「あれ?リン知り合い?」
「そう。先生のアシスタントの一人で渡辺さん」
「どうも、リンさんにはよくご飯作ってもらってます」
何。そんなことしてたの?と遥斗から目線が来る。たまにしか行かないけど、アシスタントの人たちほとんどカップ麺だから鍋とか作ってあげることはある。
絵を描くのが好きな人間が集まっていて、下手すると食事を抜いて描き続けるという狂気の人の集まりとなっている。
先生は無理矢理休ませようと、あの手この手で休ませようとしてるけど気がつけば席にいて絵を描いているらしい。
「労基守って!!」とは最近の先生の言葉だ。全然納期に余裕なのにどんどん原稿だけ先に進んでしまっているらしい。
「なぜ渡辺さんがここに?」
少なくとも個展の受付なんてアシスタントがする仕事じゃない気がする。
「あー、先生が個展なら終わったらすぐ帰ってくれるだろ?ということでアシスタント全員今日は個展の方のお手伝いなんです」
まぁ作業場に戻って次の場面を描きますがっ!!と渡辺さんは目をギラギラとさせながら言った。
「先生に報告しとく」
ワーカーホリックですか。
「それだけはご勘弁をぉぉぉ」
「なら個展終わったら帰ること」
前、あなた自宅に戻らなすぎて死んでいると思われて警察が来てたじゃないですか。先生の自宅兼作業場は渡辺さんの家じゃないんですから。
*
「あの二人は?」
「そこ」
本来の目的であるツバサちゃんと渋谷さんの尾行を続行すると、二人は今回の個展で一番大きい絵の前で絵を見上げていた。
あれ?あの絵のモデルって・・・
「リンちゃん。いらっしゃい」
ぽんぽんと肩を叩かれて振り返ると、そこにはこの個展の主であり、有名漫画家である藤堂先生がいた。
いつもとウィッグが違うのに良くわかりましたね。
一緒に振り返った遥斗は急な有名人登場に固まった。相変わらず有名人と会うと固まるらしい。
「渡辺君に聞いたからね」
「あの人また作業場にもどるって」
「やっぱりか・・・やっぱ鍵変えたほうがいいか・・・」
そうした方がいいですね。
「あっそうそう、また新キャラ作ったんだけど、声の確認させてくれない?」
「ん。次の火曜日の放課後なら行ける」
「ならそれでお願いね」
それはいいけど・・・
「先生。あの絵」
「今ボクが推してる声優の悠里ちゃんをボクのキャラと合わせてみたんだ。一応デフォルメして分からないようにしたつもりなんだけど分かっちゃった?」
「ぶふぉ」
ようやく固まっていた遥斗が戻ってきて、すぐに吹き出した。実は女の子がその吹き方するのはどうなんですかね。
「彼女すごくてね。リンちゃんみたいに色んな声色が出せて、いつかボクのキャラの声をしてもらいたいと思ってオファーしてるんだけど中々ね・・・」
オファーは貰っているけど、収録の時間が高校生には厳しいからって理由で断ってるんですよね。
「あと、男の娘っていいよね!!設定って言っちゃったから女の子説が有力だけど、言葉通り男の娘だとボクは思ってる!!」
だってそのほうが夢膨らむ!!と先生。こっちが本音ですね。
きっと先生の頭の中では色々なエロゲーのシーンが再生されていることだろう。この先生根っからのエロゲーマーだし。
描く漫画は血と涙と汗のバトル漫画なんですけど。
*
「そういやここって撮影OKだっけ?」
「ん。おけ」
チケットに撮影OKとなっていたから撮っていい。他の人もカメラで撮ってるし。
「んじゃぁ、あの二人を・・・」
肩が当たるぐらい近づいて絵を見ている二人を遥斗がパシャリと一枚。
あぁ、絵になるなぁ。
*
個展から出て、二人は歩いて行く。
「ん?」
「どうした?」
あることにわたしは気付いてしまった。
「手繋いでる」
「えっ!?」
こそっと二人は手を繋いで道を歩いていた。その繋ぎ方は二人共照れているのか小指同士で繋いでいる状態だ。
「いつの間に進展した!?」
「分からない。先生と話してた時?」
本当にいつの間に進展したのやら。
***
「ねぇ。僕達付き合う?」
「へ?」
漫画の原画の展示に心を奪われていると、翼から急に言われて現実に引き戻された。
えぇっとぉぉぉ、どどどどういうこと!?
「ごめん。真奈の気持ちには正直気がついてた」
ッ!!
飯島先輩とリンさんにも言われたけど、私そんなに分かりやすいかなっ!?
「やっぱり・・・駄目かな・・・」
「だだだダメじゃない!!で、ででもなんで今!?」
「僕ね。いつもの格好見てもらったらわかると思うけど男物がさっぱり似合わなくて女物を着てるんだ。
女物を着てる彼氏なんて嫌だろうと思って言わなかったけど、僕も真奈の事好きだったんだ」
だからね。いつか男物が似合うようになったら告白しようとは前々から考えてた。と言われた。今の私の顔は真っ赤だろう。
「で、でもどんどん翼は可愛くっ」
「うん。やっぱりコスプレはしたいからケアして、女性寄りになってるのは自覚してる。
でも、遥斗さんに手伝ってもらったと言え、僕ってこんな風にも変われるんだと分かって、決心が付いたというか・・・
こんななよなよした僕だけど・・・」
「付き合ってもらえますか?」




