【第336話】妊娠
「ねぇ、祐樹」
リビングで朝御飯の準備をしていると、遥さんが後ろ手に何かを隠しながらキッチンの方へやってきた。
「ん? どうした?」
何か壊した? と聞いてみる。別に壊れて困るものはないと思うんだけど。
「えっとね。これ見て」
そういって後ろに回していた手を俺の方に出して、棒状のものを見せてくる。俺の見間違えじゃなかったら、それって・・・
「妊娠検査薬?」
「そうそう。で、結果なんだけど」
と、遥さんが結果が出る所を指さす。そこには一本の縦線がある。えっと、妊娠検査薬って縦線が入ったら妊娠なんだっけ? ということは・・・
「出来たかも」
遥さんはお腹をさすりながら言ってくる。
・・・ほんと? 確かに前にヤったときから考えると今のタイミングだとは思うけど、信じられないって言う気持ちの方が大きい。勿論嫌ってわけじゃない。妊活だ何だって苦労する話を聞くし、簡単には出来ないと思っていたから、こう簡単に出来たって言われるとすぐ呑み込めない。でも!ひとまずは、
「えっと、病院行く?」
産婦人科だよな。まずは医者に見て貰わないといけないだろう。
えっと、確かこの近くの産婦人科ってどこだっけ。予約しないといけないよな。スマホ。スマホ。その前に事務所に連絡して今日休むように言わないとダメか。
「んーまぁ急がなくていいんじゃない?」
俺より遥さんが冷静だ。
「すぐ生まれるわけじゃないし、大丈夫、大丈夫」
すぐ生まれるわけじゃないのは分かってるんだけど、早めのほうがいいんじゃないか? と俺は聞く。遥さんの体に何か異常があったら問題だし。えーっと子宮外妊娠とか聞いた覚えがあるから早めのほうがいいと思うんだけど。
「今度の休みにでも予約入れれたらそれでいいんじゃない?」
大丈夫。大丈夫。と遥さん。まぁ本人がそれでいいならそうするけど・・・本当に大丈夫か? まだ週の半分は残ってるんだけど。
「気分が悪いってわけじゃないしね。ちょっと生理来ないから確認してみたら案の定って感じだし」
まぁ気分悪くなったらすぐ言ってな。
*
「おめでとうございます」
産婦人科に受診して、検査すると医師が言ってきた。ということは・・・
「はい。ご懐妊です」
俺と遥さんは顔を見合わせる。何といえばいいんだろう。おめでとう? ありがとう? なんかどれも違う気がする。
「名前何にしよっか?」
かける言葉に悩んでいると遥さんが聞いて来た。
「性別分かってからでいいんじゃないか・・・」
名前はまだ気が早いと思う。名前を決めるにも性別が分からないことには何とも・・・
「そうだよねー」
と遥さんは自分のお腹を擦った。俺達の子供なんだな。
*
「おめでとう!!」
遥さんが妊娠したことを、まず俺達の両親に伝えて、最近妊婦だった姉さんにも連絡すると、直ぐに姉さんが家にやってきた。最近首がすわったばかりの姉さんの子供の優美ちゃんも連れて来ている。
「二人ともヤることちゃんとやってたのね!!」
まぁ、はい。一応夫婦の営みはそれなりにやってました。でないと、子供は出来ないですし・・・
「祐樹は不能じゃないかと思ってたんだけど、問題なかった?」
と姉さんが遥さんに聞く。なんと下世話な会話だろうか。
「んー、不能じゃなかったですよ。他の人を知らないので、祐樹のが普通なのかは分からないんですけど」
祐樹のしか知らないです。と遥さんが答える。遥さんも真面目に答えなくていいのに。
「そっかー。知らないよねー」
そういって姉さんはさっき俺が入れてきたお茶を飲む。
「これからも知るつもりもないんで、私の基準は祐樹ですね」
あはは。と遥さんは頬を掻きながら言った。
「ご馳走様」
姉さんが俺と遥さんに向かって拝みながら言った。
*
「えっ、赤ちゃんできたんですか? おめでとうございます」
事務所で一応声優仲間に話しておくと、須藤君がわたしのお腹を見ながら言ってきた。いや、わたしのお腹に宿っているわけじゃないですよ。
「おめっとさん。ということはリンちゃん産休取るん?」
麻美もおらんし、スケジュール考えんとなぁ。と、伊佐美さんが言う。
「わたしは産休は取らない」
わたしは答える。産休はわたしは取らないですよ。
「取らんで大丈夫なん?」
伊佐美さんが心配そうにわたしに聞いてくる。わたし、取らないというより取れないんですよ。
「わたしが産むわけじゃない」
わたしが取れるのは育休ですかね。
「リンちゃんが産まんかったら遥斗君が産む?・・・あっ、あかんわー。すぐリンちゃんらの事忘れてあかん」
伊佐美さんは頭を抑えながら言ってくる。やっぱり忘れてましたか。
「リンさんは育休取るんですか?」
須藤君が聞いてくる。
「完全に休みじゃない。アテレコの時だけ出てくる」
既に人事とは話して、学生時代のアルバイトみたいな感じなスケジュールになることになっている。まぁまだまだ先の事だけど。
「あっ、そうなんですね。リンさんいないと半分キャラいなくなりますしねぇー」
さすがにそれは言いすぎなんじゃないかなぁ・・・




