【第321話】休日
俺が目を覚ますと、カーテンの隙間から光が漏れてきているのが目に入る。そして、少し視線を下げると俺の隣で寝ている遥さんが目に入る。寝返りのせいか髪が乱れていて口からはスースーと寝息が聞こえる。もう暑くなってきたから、夏用の掛け布団に薄手のパジャマという格好だ。俺も大体似ている恰好をしている。これがもっと熱帯夜になってくるとTシャツとステテコとか短パンといった形になる。さすがに下着では寝ない。
遥さんを起こさないようにゆっくり動いてベッドから降り、静かに扉を開けて移動する。最初ベッドを一緒にするか話した時に、先に起きたときに起こすかもしれないという話をしたけど、それぐらいで私の眠りは覚めないから大丈夫!! って遥さんに言われたけど、一応気を付けるようにしている。
静かに階段を下りてリビングに移動する。この朝のシンとした感じを感じるのが好きだったりする。リビングに移動したら、風を通すために窓を開け、廊下に続く扉も開ける。テレビを付けてニュースを流す。時事ネタを仕入れておかないと話に困ったりするから一応流している。顔を洗って、外の郵便ポストから新聞を取ってきて今日のチラシを一通り眺める。
「今日はこことここ」
近くに置いてあったメモ帳を破って、今家にある在庫を考えながら必要なものの広告を確認して、今日の最安値の店を纏めていく。
「こんなもんか」
思ったよりいるものは少ない。でもご飯の主食になるものがないか・・・遥さんに今日食べたいもの聞いてもいいし、スーパーに言って考えてもいいか。最近何作ってないっけ?
コーヒーメーカーにコーヒー豆と水をセットして、スイッチを入れたら、ほかの朝食を準備し始める。今日は休みだからお弁当とかは作らなくて良くて、朝食だけならこのコーヒーが出来るぐらいにはほとんど完成する。だってパンにハムとチーズをのせてトースターで焼いて、フライパンで目玉焼きを作るだけだし。
―――トントントン
階段を下りてくる音がする。俺以外にこの家にいるのは遥さんしかいない。
「おはよー」
「おは」
寝起きの遥さんがリビングに入ってきて挨拶してくる。そしてすぐにリビングから出て洗面所へ向かっていった。顔を洗いに行ったんだろう。ちょうどコーヒーもできたし、パンも焼きあがった。机に並べて食べる準備をする。コーヒーは俺は冷たいのがいいから氷を入れて、遥さんは寝起きはホットがいいからホットのまま用意する。その間に遥さんも顔を洗い終わったのか、椅子に座っている。
「「いただきます」」
うん。今日も焼き加減問題ないな。
*
「今日ってどっか行く?」
朝のニュースと今日の天気予報を見ながら、食後のコーヒーを飲んでいると遥さんから聞かれた。
「飯買いに行く以外は特に何も考えてないけど」
「じゃぁさ夏の水着買いに行きたいんだけど、行かない?」
もう結構前に買ったやつだし新しいの欲しいし。と遥さんが言う。体型は大きく変わってないから多分着れるからな。
「おっけ。じゃぁモールだな」
「やった。祐樹選んでね?」
「選ぶのはいいけど、自分で考えてな」
いくつか候補を選ぶのはいいけど、そこから先は遥さんの好みに合わせてもらいたい。だって俺が着るんじゃないし。
「リンとしては?」
「さぁ着るかも?」
最近毎年のように事務所でのBBQで姉さんから着させられているし、一度は着ることになると思う。うん? BBQの時期って姉さん休みじゃないだろうか。来るかもしれないけど。
「リン用の新しいの選ばない?」
「んー・・・」
確かにリン用として持ってる水着も遥さんと同じ時期に買った水着だから少し古いと言えば古い。けど・・・
「パスで」
リンとして水着を着るなんてBBQの時ぐらいだし、いいんじゃないかと思う。
「分かった。じゃぁ色々さっさと済ませちゃお」
遥さんが残っていたコーヒーをくいっと飲み干して立ち上がる。俺も同じように飲み干すと立ち上がって、遥さんの食べていたお皿をシンクで簡単に洗って食洗器の中に立てかけておく。焼いたパンしか乗せてないし、軽く洗うだけで十分だ。その間に遥さんは洗濯機から洗濯物を籠に取り出して、二階のベランダへ向かっていった。軽くコロコロと、クイックルワイパーで簡単に掃除をしておく。今日はごみの収集も休みだから、ごみを纏める必要もない。ここまでやっていると遥さんが二階から降りてきた。着替えたのか、フレアスカートとTシャツの外行きの恰好になっている。
「祐樹は今日はどっちの恰好?」
「んー・・・」
どっちがいいんだろう。水着売り場に男がいるのはいいのか? リンとして行ったら違和感ないし。遥さんと一緒に水着を選ぶのは正直楽しいと思うけど・・・相手の水着を選ぶという大義名分があるし・・・
「悩むなら素で行こ?」
遥さんがいうならそうするか。
*
「こっちはどう?」
「赤って・・・可愛いとは思うけど、ちょっと攻撃的じゃないか?」
「そう?」
同じ暖色系でもオレンジとかのほうが柔らかい印象があると思う。と近くに会ったオレンジの水着を遥さんに渡す。でも、プールとか行くなら寒色系のほうが合うとは思うんだよな。
「暖色は夏には暑苦しいか」
遥さんもんーと言いながら赤とオレンジの水着を戻した。
「じゃぁこっちは? 大人っぽくシックに」
と黒ビキニと遥さんは体に当てながら俺に聞いてくる。確かに大人な女性っぽく見える。
「いいと思うけど、趣味じゃないでしょ?」
「さっすが祐樹よく知ってる!!」
と遥さんは黒ビキニを元に戻して近くに会った水色のフリルのついた水着を手に取る。
「これなんかどう?」
「いいんじゃない?」
水色は遥さんが嫌いな色じゃないし、色もきれいだし。フリルスカートで露出面積も少ない。あと、胸のフリルのおかげで腰回りが少し細く見えるっていう効果もありそうだ。
「じゃぁちょっとサイズ合わせてくる」
「ん」
あの辺にあった水着のサイズなら遥さんは問題ないと思うけどな。
*
「夏、プールか海行こうね!!」
「あぁ」
楽しみ~。と遥さんがさっき買った水着の入った紙袋を手にくるっと回る。そんな楽しそうな遥さんを見て、俺も夏が楽しみになる。そんな感じでショッピングモールの三階を歩いていると、
『『~♪~!!~♪』』
歌声が聞こえてきた。声の出どころは少し先に行ったところにある吹き抜けの下にあるイベントスペースだろう。三階からも見下ろすように見ている人たちがいるのが確認できる。それにしても、この歌声聞き覚えがある。
「ねぇこの声って」
「あぁ、あの二人だな」
「ちょっと見に行く?」
「行くか」
三階にも結構人はいるけど、覗き込めないほどじゃない。覗き込むと、一階は大勢の人で埋め尽くされていて、二階からも多くの人が覗き込むようにイベントスペースに用意されたステージを見ている。あー、三階になんで人がいないのか分かった。中央にアート?的な作品が吊られていて三階からだと見にくいんだ。丁度曲が終わったのか、司会の人らしき女性がマイク片手にステージに上がる。
『今日来てくれたのは、パロメロ、パロディメロディーの二人でーす!! 拍手ー』
『こんにちはー、パロメロのナギサでーす!!』『アカネでーす!!』
『『よろしくおねがいしまーす!!』』
そう。そこにいたのはパロメロの二人だ。他の人たちに交じって拍手しておく。二人はアイドル衣装を来て、ステージに立っていた。二人は自分たちのライブハウス以外にもこういった営業もやってるんだな。
遥さんが横で二人の写真を撮っている。本当は下に行ったほうがいいんだろうけど、一階も二階も見えるところは全部埋まってそうだ。それだけ二人が人気って事が分かる。
「凄い人気だよね」
「まぁ結構長い間コツコツやってきてるからな」
一階の一部は固定ファンがいる。パロメロのライブハウスでよく見る人達だ。
『それではもう一曲、甘い声に乗せて。です!! お願いします!!』
おっ、この曲。
「これって確か早乙女さん作曲だよね」
「そうそう。アカネちゃんの猫なで声から発想を得たらしい」
どのタイミングでアカネちゃんの猫なで声を聞く事があったのか知らないけど、アップテンポの中に恋焦がれる思いがちりばめられていて恋愛ソングといってもいいだろう。早乙女さんよくこんな歌詞かけるよなぁ。
「ほんと早乙女さんって才能の塊だよね」
「あー、確かに」
早乙女さん多才だよなぁ。
*
「ただいまぁー」
「おかえり」
一緒に帰ってきて、遥さんの声に先に家に入っていた俺がおかえりと返す。
「シュークリーム食べるぞー」
遥さんがパタパタと手を洗うためか、洗面所へ向かっていく。シュークリームは今日のおやつだ。俺はキッチンで手を洗って冷蔵庫に買ってきたものを詰めていく。詰め終わったら、ペットボトルのコーヒーとシュークリームを二つ持ってリビングの方へ。そこには遥さんがカップとさらにクッキーを用意して待っていた。
「ささ、食べよ」
「あぁ」
シュークリームの袋を開けて、一口。商品名に違わないクリーム一杯だ。一口噛んだだけですぐにクリームにたどり着いた。
「んまっ」
口の端にクリームを付けながら言う遥さん。
「ついてるぞ」
遥さんの口の端についていたクリームを指で拭って食べる。うん。甘いな。




