【第320話】産休
「リーン。お願いがあるんだけど、聞いてほしいなぁー」
スタジオの横の部屋で定位置となってしまった場所に座って原画を描きながら順番を待っていると、猫撫で声で言いながら姉さんが近づいてきた。
「何?」
液タブから顔を上げて姉さんの方を見ながら答える。こんな猫撫で声の姉さんなんかアテレコの時ぐらいしか聞いたことない。
「まだ先なんだけど、子供出来たから、しばらく私の代わりよろしくね」
「は? なんて?」
ちょっと突然の事すぎて聞き取れなかった。もう一度お願い。
「だから、今度私、産休取るから、私の声でよろしくね」
・・・子供出来たの? とわたしは姉さんのお腹を見てみる。そんなに膨らんでいるようには見えない。いつもよりゆったりめのワンピース着てるなぁとは思ったけど、それで妊娠しているとは到底思えない。
「えっと、おめでとう?」
「なんで疑問形なのかなぁー?」
いや、姉さんに子供が出来たと実感がわかないというか、全然そんな雰囲気を感じないというか。
「触る?」
と姉さんがわたしの横に座ってお腹をさする。見た感じだと何も変わってないんだけど。
わたしが姉さんのお腹を触る。んー分からない。ちょっとポッコリ? 姉さんのお腹をさわる機会なんかないから、普段がどうだったのか分からない。特に中で動いている感じもしない。
「普段が分からない」
「そりゃそっか」
うん。そんなに姉だからといって頻繁にスキンシップするわけじゃないし、触っただけじゃ素人には妊娠中かだなんて分からない。聴診器当てたら分かったりするんだろうか。
「でも、妊娠したのは事実よ。今産休の準備で色々調整してるの。まずは家族に報告が一番かなーってリンのところに初めに来たの」
だったら、妊娠した時点で教えてくれてもよかったんじゃないですかね。と姉さんを見てみる。
「父さんと母さんには?」
「まだよ。この前私も気が付いたから全然準備どころか、何したらいいのかわかってない感じだし。お母さんたちは今仕事中だしね」
皆に言うのも今日が初めて。と姉さんが言う。というかわたしも仕事中なんですけどね。周りに囲まれて仕事をしている父さん母さんに比べたら話しかけやすいっていうのは分からなくもないですけど。
「へぇ。何ヶ月?」
「7ヶ月」
ん? 7ヶ月? たしか妊娠期間って十月十日だったはずだから、もう後半に入ってる時期じゃないんですかね。
「気が付かなかった?」
「あはは」
目をそらして笑っても誤魔化せないですけどね。様子の変化に気が付かなかったわたしもわたしですけど。確かに気が付かない人もいるというのは聞いた覚えもありますけど・・・というか・・・
「前飲んでなかった?」
この前、わたし酔っぱらった姉さんを家まで連れて行った記憶があるんですけど。あの酔っぱらい方とか飲んだ量が制覇とか言ってたから、明らかに許容量オーバーしてるんじゃないですかね。じーと姉さんの目を見つめる。
「適量なら大丈夫よ」
人の肩を借りないと歩けないぐらいになるのを適量とは言わないんですけど。あっ、今、視線逸らしましたね。
「仕方ないじゃん。知らなかったんだし」
仕方ないのかな?
*
「というわけで、本人から聞いた人もいると思うけど、大体一か月後ぐらいから麻美君が産休と育休で休むことなりました。麻美君の変わりはリンちゃんにお願いするから、リンちゃんよろしくね」
「ん」
声優が集まったところでやってきた社長にそう伝えられた。それにしても皆さんわたしが姉さんの仕事引き受けることに何も言わないんですね。
「いやー、リンちゃんなら余裕やろ?」
「僕がやるよりは・・・」
「私麻美さんの代わりなんか出来ない!!」
「麻美さんの代わりはリンちゃんよね」
そうですか。皆さん納得の上でわたしがやるならいいんですけど
「皆納得してるみたいだし、リンちゃんよろしくね」
「分かった」
まぁ姉さんの声ならいくらでもマネしますよ。身近にいたからよく聞いてましたし。
「まぁまだ一か月先だし、リンもいるし大丈夫でしょ」
姉さんが気楽に言うけど、多分一番大変なのは姉さんだと思いますけどね。
「リンちゃんなら大丈夫だな」
社長までなんでわたしをそこまで信用するんですかね?
*
「麻美はそれでいいんやけど、リンちゃんが産休入ったらどうする?」
リンちゃんも結婚しとるし、いつかは来るやろ? と伊佐美さんが社長が出て行ったところで声優の皆に聞いた。
「リンちゃんが産休になったら誰も変われないわね」
「リンさんが・・・いなくなったら・・・? ダメッ!! うち回らなくなっちゃう!!」
「それはやばいなぁ・・・」
皆が口々にやばいやばいと言い始める。いや、えっと・・・
「わたし産休は取らない」
「なんで? 流石に仕事しながらは大変じゃない?」
「そーそー、あと私たちが休みやすいようにトップの人たちが取ってくれないと!!」
とちょっと力強く休むように言われる。わたしはトップじゃないんですけど。そもそもですね・・・
「わたし産めない」
そもそもわたし男なので、妊娠出来ないんですよ。漫画じゃないんですから。首を小さく振って無理と答えておく。
「なんか病気?」
「病院紹介しようか?」
・・・これ病気だと思われてますね。姉さんは顔を背けて笑ってますし、手助けしてくれてもいいんじゃないですかね。
「昔から言ってるけど、わたし男」
だから産めない。とはっきりという。なんか遠回しに言っても勘違いされる未来しか想像できなかった。須藤君や伊佐美さんといったわたしの素を知っている勢はあっ、と今思い出したかのような顔をして、わたしの素とはほぼ関わり合いのない声優の人たちは悩むような顔をする。
「それって本当なんです?」
「昔から聞いてたけど、キャラ作りだと思ってたんだけど」
数人がわたしに聞いてくる。キャラ作りだと思われてたんですね・・・
「本当に男だから、そこの姉さんに聞いたら分かる」
そういって未だに笑いをこらえている姉さんを指さす。その指を辿って皆の視線が姉さんに向かい、姉さんが皆の視線が集まったところで頷いた。
「生物学上は男よね」
間違ってないですけど・・・ちゃんと男ですからね。
「えっと、リンちゃんが男で遥斗君と結婚してるってことは・・・うん?」
やばい。頭混乱してきた。と一人の声優が頭を押さえる。ほかの人たちも頭を抱えたり、こめかみをぐりぐりと回したりとしている。
「ちゃんと籍が入れれて、仮にリンちゃんが男だとしたら・・・遥斗君って女の・・・子?」
頷いておく。
「「「うっそぉっ!!」」」




