【第315話】旅行3
「あーそっか二人ともそっちの姿なんだ」
お昼時、聞き覚えのある声が聞こえてきたから顔をあげると大崎さんがいた。
「やっほ。イベントだからねー」
「お疲れ」
遥斗とわたしが大崎さんに声を返す。ブースの後ろを片付けて一人入れるようにしてから大崎さんに中に入ってもらう。でないと通路で長話は邪魔になるし。今日の会場はそこまで広いわけじゃないから、出来るだけあけておいてあげたい。
「大崎さんはこっちで何かあったの?」
遥斗が大崎さんと話し始める。少なくとも大崎さんの実家は大阪の方じゃないはず。
「仕事だね。こっちにヘルプに来てるの。今日は休みだけど」
というか今日しか休みないんだけど。と大崎さんが遠い目をしながら言う。
「お疲れ様。社長令嬢でも忙しい?」
確か大崎さんはそのままお父さんの会社に入社したはずだし、そんなに忙しいんだろうか。
「あー、口止めされてるからね。社長令嬢だからって忖度されないようにね。だから、社内の立場的にはただの新入社員なんだよね。だからこの休みも仕事なの」
休める人っていいなぁ。と大崎さんがため息をつきながら言ってくる。わたし達に言っても休みは変わりませんよ。
「二人ってずっと休み?」
「だな」「ん」
「なんかああいう事務所って休み関係ないように思ってたんだけど、違うの?」
「関係ないと言えば関係ないけど、出来る限りカレンダー通り休むって感じだな。今回のゴールデンウィークも休める人は休んでくださいって感じだったし」
一部の芸能人ぐらいかな。休み中でも仕事してるのは。でも、守山さんも休みだから家で寝溜めするとか言ってたような気もする。普段はちゃんと女優してるのに、わたし達の前だと同年代の女子だ。まぁそれだけ気を抜ける間柄ともいえると思うけど。
「仕事ってどんな感じ?」
「今までとそんなに仕事内容は変わらないかな」
わたしも特に変わりませんね。頻度が増えたぐらいで。
「元々二人ともがっつり仕事してたもんね」
「少なくともアルバイトが原画なんか普通はやらないよなぁ・・・」
まぁ貴重な体験させてもらったことは感謝してるけど。と遥斗は頬を掻きながら答える。確かに学生アルバイトの仕事内容じゃないですよね。他のアルバイトは動画をやってるから、アルバイトの時から原画をしていた遥斗がおかしいはず。
「大崎さんは?」
「私は工場の工員をやってるよ」
社長令嬢が・・・?
「なんか受け継ぐにも色々知識をつけてこいって感じで工場での作業をしてこいって言われて・・・」
おかげでシフト制だから休みがカレンダー通りじゃない!! と仕事の不満と言うか休みの不満を大崎さんは言い出した。大崎さんのお父さんって現場気質の人なんですかね。
「それに、社員だから休んでるアルバイトのフォローのためにこっちまでこないといけなかったし」
出張扱いなのよね。というけど、まだ入社一か月で出張を頼まれるって結構すごいことだと思うんですけど。会社によったらまだ研修中ってところもありますし。
「一人じゃなくて集団だからね」
何人もこっちに来てるんですね。
*
「遥斗さんとリンさんやん」
そろそろイベントの終了時間も在庫の底も近づいてきたころに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。わたしと遥斗はスケブから顔をあげて声をかけてきた人を見る。事務所の新入社員の人だ。というか、流石に一か月たったらわたしも名前を覚える。この人は一宮さん。所属としては動画班で描いている。といってもまだまだ練習中といった感じだけど、わたしより遥斗のほうが絡みは多いはず。わたしは何かと原画室にいないほうが多いし。
「一宮さん。こんなところでどうしたんだ?」
遥斗が聞く。本当になんでここにいるんですかね。確か帰省するとか言ってたと思うんですけど。
「うちの実家大阪やで? 帰省ついでにイベントやっとるって聞いて来たんよ」
実家大阪だったんですか。話し方的に関西圏だとは思ってましたけど。
「二人は参加しとったんやな。大阪まで遠征かぁ」
「まぁな」
「見せてもろても?」
「どうぞ」
机の上に出している見本本を一宮さんに遥斗が渡す。知り合いに自分の描いた本を見られるのは慣れてるから躊躇も何もない。
「そういえば今回のこれって前作ってたプロットの奴だよね?」
こっち側にいる大崎さんがさっきまで読んでいた今回出している本から顔をあげて聞いて来た。
「あー、そういや大学でプロット作ってたっけ?」
遥斗が答える。確か大学の空き時間でプロットは作ってたような気がする。
「よく大学で描けるなぁ」
一宮さんが呆れたように言ってきた。
「まぁ俺オープンだったし?」
遥斗はオープンでしたけど、遥さんはオープンじゃなかったですけどね。
「気にされてなかっただけじゃ?」
実際遥さんが大学で描いていても気にする人はいなかったし。というか大学で際どいの描いてる人いたし・・・
「あー、かもなぁ」
「あんまり気にされてなかったよね」
大崎さんもわたし達の大学の様子を思い出したのか笑いながら言ってくる。まぁ今とのギャップを考えると笑えてくるんだろう。
「まぁあんまり手元覗き込むことはないからな」
確かに。
*
「そういえば二人ともいつ帰るん?」
帰り支度を始めたところで一宮さんが聞いて来た。
「明後日の午後」
新幹線の指定席もその時間だし。明日は大阪観光の予定だ。結局昨日はご飯を食べに行ったぐらいで今日はイベントに参加しただけ、明日が観光の本番になる。まぁそれ以上ホテルが取れなかったっていうのが正確なところだけど。
「そんならうちが明日案内したろか? 帰ってきたはええけど暇なんよ」
地元やけど、それなりに知っとるで。と一宮さんが提案してくれる。
「どうする?」
「どっちでも」
多分一宮さんと長い間一緒にいてもばれない自信があるし、土地勘ある人に案内してもらうってのもいいかもしれない。
「じゃぁお願いしようかな」
「おっけー、じゃぁまた連絡するわ」
連絡先は知ってますしね。
*
「今日会った一宮さんだっけ? ばれてないの?」
わたしの向かいに座る大崎さんがカクテルを片手に聞いてくる。適当にあった居酒屋だけど、いろいろ飲み物があった。食べ物もおいしいし値段も手ごろ、当たりの居酒屋だ。
「ばれてないなー」
「別人と思われてる」
「まぁ二人ならそうだよね」
余程の事がないと二人繋がらないし!! と少し酔ってる大崎さんが笑いながら言う。
「でも、まぁ明日一日一緒っぽいし気を付けてね」
「りょーかい」
「ん」
というと、大崎さんはカクテルをグイっと飲み干して、
「私も遊びに行きたーい!!」
そのあとは大崎さんの仕事の愚痴を聞きながら夜は更けていった。
まだ繋がりません。




