【第308話】同期会
「では、今日はここまでです。明日もこの部屋で行いますので、始業時間に来るようにしてください」
と、今日一日研修の講師をしてくれた人事の人が席を立ち、会議室から出て行った。一気に新入社員皆の緊張が緩むのを感じる。俺は特に緊張はしてないけど、なかなか面白い研修だったとは思う。うちの様々な部署の仕事の様子とか休暇制度とかの説明があった。あと働き方改革ということで有給の強制取得とかの話もあったけど、余程取ってない場合を除いて事務所からの指示での有給消化はないとかの話は結構興味深かった。
「この後どこか食べに行きませんか?」
人事の人がいなくなって緩くなった空気の中、北原さんが提案してきた。
「ええな。ええな。どこいこか?」
そういうのはえーと・・・い、一宮さんだっけ? 新入社員の顔と名前がまだ一致してないから、名前が出てこない。
「一宮さんは参加ですね。皆さんどうしますか?」
合ってた。北原さんよく覚えれるな。
「じゃぁ俺参加でー」「俺も参加で」「僕も」
と男性陣からも参加の声があがる。近藤は参加か。
「じゃぁ、私も参加で」「私も」「あたしも参加ー」
柊さん、早乙女さんも参加するのか。
「どうする?」
隣に座る遥さんが俺に聞いてきた。
「晩御飯の準備は特にしてないから行っても大丈夫だけど」
今日はいつもより早く帰れると思っていたから、何も晩御飯の準備はしていない。炊飯器のセットもしてないし、食べに行くのは全然かまわない。
「じゃぁ私達も参加でー」
遥さんが声を上げた。そのあとにも声があがり、家の用事や、他の用事が入っている人を除いて12人が行くことになった。6人掛けのテーブル二つかな。だったらぎりぎり取れなくもなさそうだ。
「どこか行きたい店ある?
というか、このあたり知ってる人て今から席取れそうなところ知ってる人っている?」
んーその辺はたまに声優仲間と食べに行くこともあるから、知らなくはないんだけど、祐樹としては行ったこと無い店なんだよなぁ。まぁそんな事分からないと思うけど。
「鈴木さん達はどこか知りませんか?」
俺達に北原さんが聞いてくる。俺達が昔からここで働いているのを知っている一人だし、何か知ってるんじゃないかと思われたんだろう。
「んー、居酒屋なら知ってるけど、人数的にどうだろ」
12人座れるかどうかが分からない。
「店の名前分かりますか? 電話して聞いてみます!!」
北原さんがスーツのポケットから取り出したスマホを手に俺に言ってくる。店名を覚えていたから伝えると、検索して電話をかけ始めた。行動力あるなぁ・・・
「大丈夫だって!! 行こう!!」
本当に行動力あるなぁ・・・
*
「では、無事入社出来たことを記念してかんぱーい!!」
「「「かんぱーい」」」
北原さんが音頭を取って、皆がグラスを掲げた。もちろん俺達も掲げる。
「あー、本当に人生って何が起こるか分からないな・・・」
と、俺の向かい側に座る近藤が呟く。急にどうしたんだよ。と、俺は手に持ったカシスソーダのグラスを傾けながら近藤に聞く。帰りは遥さんが運転してくれるから俺は飲める。というか遥さんが飲まされないように俺が飲む。
「いや、だってさ。元々俺って動画サイトで歌い手やってただけじゃん? なのにCDデビューして、こんな芸能大手に勤めるようになるなんて高校の時には全然考えられなかった事だしさ」
といいながら近藤はビールを一口飲んだ。
「本当にそうだよねー。イベントでステージで歌ったらスカウトされちゃうんだもん」
近藤の横に座った柊さんも言ってくる。
「言っとくけど、スカウトされたのは近藤たちの実力だからな」
俺がいるから目をかけたっていうわけじゃ絶対にない。でないと、今まで売れ続けることなんてなかっただろう。社長の目と耳が正しかったってことだ。
「そーそー、先に動画を見られるぐらいはしてたかもしれないけど、実際に聞いてスカウト判断したのは社長だからね」
遥さんがウーロン茶を飲みながら俺に賛同するように言う。
「私だってただの同人誌描きがアニメ作るなんて思わなかったし」
遥さんの作るの中には声優ということも含まれているんだろう。遥斗も時々声優としてスタジオに呼ばれることもあるし。
「あの時は飯島さんが同人誌描いてることも衝撃だったよなぁー」
「うんうん。優等生!! って感じだったし」
と昔を思い出す二人。
「なんや、そこ4人はCDデビューしとるんか」
一宮さんが少し会話が聞こえたのかやってきた。手には何だろう? ハイボールだろうか。
「してますねー」
「テレビには出たことないですけど」
と近藤達が答える。そういえば、就職したからテレビでの活動も増えるんじゃないだろうか。そうするとまた忙しくなるな・・・テレビの収録って結構大変だし・・・あの放送時間の裏には長い打ち合わせとか調整とか収録の時間がかかっている。守山さんについてテレビ局に行ったときにはほとんど一日掛かった。
「なんていうグループなん?」
「VoiceResearcherってグループ名でやらせてもらってます」
と近藤が女声で返す。前にライブで使っていた声だ。
「ひょっ!? マジか。あんたらがあの謎のグループかいな」
声で一宮さんは信じたらしい。
「なぞって・・・一応ライブには参加してるんですけど」
柊さんが答えている。これは俺達は話さなくても問題なさそうだな。そういえば早乙女さんは・・・いた。音響に配属された人たちと話している。
「ライブはしっとるけど、出待ちで一切見つからへんけん、謎の集団って言われとんよ」
うちも出待ちしたことあるんやけど、全然見たことないしなー。と出待ちするレベルのファンだと零す一宮さん。
「あ、あはは。ステージ終わったらこっちの姿で帰ってるからかな」
「さよか。それにしても、まさか男装して入社式におるなんて思わなんだわ」
・・・あれ?
「いや、一宮さん」
「そらあの姿で入社式おったら皆そっちに注視するもんなぁ。
普通に男装いけてるやん」
と一宮さんが近藤を上から下まで見る。
「えっと、すみません。この姿が素なんです・・・」
「ほう。普段は男装なんやな。これはすまんすまん」
一宮さんが自分の頭をペシンと叩きながら言う。
「いや、すみません。俺男なんです・・・」
「はぁ!?」
いつもは俺が近藤の立場だけど、はたからこの光景見ると結構面白いなこれ。




