【第296話】勇気付け
木村君の面接が終わった後も、仕事をしてから、帰り道でスーパーに寄る。事務所帰りだからリンと遥斗の組み合わせだ。
「今日の晩御飯何にする?」
「そうだなぁーカレー?」
「ん」
最近カレー食べてないし、カレーにしようか。ジャガイモと人参、玉ねぎはまだあるから、すじ肉と牛肉があれば、カレーは作れる。カレールーも買い置きがあるし。時間的には圧力鍋使ったら時間は短縮できる。
「あー、そういやそろそろバレンタインか」
遥斗がスーパーのお菓子売り場付近の飾りつけを見て思い出したように言う。正直わたしも忘れてた。
「いる?」
わたしから遥斗に渡すって色々知ってる人が見たらん? って思うんだと思うけど、まぁわたし達はこれで納得してるから問題ない。
「くれるなら、貰うけど」
それこっちから渡す物じゃない? と遥斗は言葉にしないものの目線で伝えてくる。
「くれてもいいけど・・・」
まだ遥さん包丁の扱いも危ういんですから、ケガするぐらいなら既製品でいいですからね。まぁ昔よりは全然できるようにはなってますけどね。遥さんからも頼まれてわたしが教えているから、少しは出来るようになってきた。子供ができたときに料理ができないのは恥ずかしいとか遥さんは言ってた。気にしないと思うけどね。
「頑張るから」
「ん。というか一緒に作る?」
別にわたしはそれで構いませんし。まぁ遥さんが一人で頑張るって言うなら手は出しませんが。
「お願いします」
りょーかい。
*
「あれ? 遥斗さん?」
と遥斗に声がかかって、遥斗が振り向く。わたしもつられて振り向く。わたしの聞き間違えじゃなかったら木村君の声だ。面接が終わってこっちに帰ってきてるんだったらいてもおかしくはない。
「あぁ。さっきぶり」
遥斗が反応する。
「やっぱり先ほどの面接にいたのは遥斗さんとリンさんだったんですね」
お見苦しいところを・・・となんかいつもと違う木村君の様子にこっちも戸惑う。なんというか会社の人に会って恐縮してる感じだ。
「えっと、普通にしてくれていいからな。俺らあそこ勤めてるけど、偉いわけじゃないし」
むしろ、下っ端だから。と遥斗は木村君に言う。んー、下っ端っていうのも違うと思いますけどね。下っ端が面接官として呼ばれることはないだろうし、下っ端がトリのカットを担当するなんてありえないと思う。
「で、でも二人とも面接してましたし、社長とも親しそうにしてましたし」
「まぁ社長とはイベントの方でも付き合い長いから」
あの人コスプレイヤーですからね。木村君も会場で会ったことがあると思いますよ。まぁ見て社長本人だと気が付くかどうかは別ですけど。
「ん。気にしないでいい」
まぁ結果は教えられないけど。と言っておく。多分面接の感触とか気になると思うけど、それはわたし達の口からは言えない。
「結果ってもう出てるんですか」
「秘密」
「多分数日のうちにメールか電話が行くと思うけど、この時期に面接って遅くないか?」
地味にわたしも気になっていたことを遥斗が聞いてくれた。
「え、えーと、何度か面接失敗しちゃいまして」
何かを隠すような感じで言ってくる木村君。何かわからないけど、まぁ今回うちに受かるっぽいし良かったんじゃないかな?
「そっか。面接って難しいもんな」
「あ、あはは」
やっぱりなんか面接だけじゃなさそう。聞かないけど。
*
「木村君もしかして成績足りなかったのかな?」
「まさか」
遥斗が帰り道に言ってくる。まさか木村君が卒業できないなんてことはないと思う。わたしと一緒な講義には真面目に参加してたし。
「いやだってさ卒業見込みなかったら就活もできないんじゃ?」
「んー」
言われてみればそうなんだけど、木村君の成績が怪しいだなんて今まで聞いたことない。でも、今の時期まで就活してなかったってことはそういうことなんだろうか?
*
「鈴木ちょっといいか」
数日後、昼食を大学の食堂で食べていると木村君がやってきた。手には封筒?
「なんだ?」
「これなんだが、受かったは良いけど、本当に俺でいいんだろうか」
何を聞かれてるのかいまいち分からない。と首を傾げていると木村君の持っていた封筒を見せられる。うん。うちの事務所の内定通知だな。受かるのは聞いてたし。きっと俺がそこに所属してCDを出しているのを知ってるから俺に聞いてきたんだと思うけど。
「よかったじゃん」
内定おめでとうと言っておく。俺もそこに勤めるけど、実際どっちの姿で働くのか分からないから今は言わないでおく。
「ありがとう。でも俺なんかがここに行っていいのか・・・不安で・・・」
なんだか表情が暗い。不安に押しつぶされそうな表情をしている。
「内定出たんでしょ? 自信持とうよ」
俺と向かい合わせで食べていた遥さんも木村君に言う。十分木村君の演技力はやっていけるレベルだ。自信を持てばいい。
「それでもこんな大手・・・」
「何を悩んでるのか知らないけど、木村君の演技は十分芸能界で通用するから」
あと、女声も演技の幅が広がって良いと思うよ。と木村君を勇気付ける。まぁ俳優として女装するかって言われたら・・・たまにあるな。そんなドラマ。
「そうそう。私達守山佳織の元クラスメイトだし、よく守山さんの演劇とか見に行ってたけど、十分木村君はそのレベルには達してると思うよ?」
社長もほめてたしな。と言わないながらも頷いておく。
「そうか。二人に言ってもらえると、なんか安心した」
なんで俺らに言われて安心するのか知らないけど、まぁ不安がなくなったならいいや。
「あとは無事卒業するだけだな」
「何ぎりぎりなの?」
「あ、あはは」
遥さんの想像通りギリギリだったんだ。




