【第251話】相談者1
―――ブブブ
誰かの携帯の震える音が、スタジオの控室から聞こえてきた。何度も鳴っているからメッセージじゃなくて電話だろう。意外と震える音も響く。まぁ他が静かっていうのもあるけど。というか鳴ってるのは誰の携帯?
「リンちゃんのカバンから聞こえると思うんだけど?」
あれ? わたしの? わたしのスマホは今手にあるから、鳴っているのは素のときに使ってるスマホしかないけど・・・電話かけてくる人なんかいたっけ。ほとんどの知り合いはメッセージ派だから電話なんて滅多にかかってこないんですよね。わたしからも基本的にメッセージですし。
わたしはカバンの中からリンのスマホと同じスマホを取り出す。まぁどっちを使っていても違和感持たれないように全く同じスマホにしてるんですけど。両方共格安スマホですけどね。二台持ちで高い金額を月々はちょっともったいない気がする。
思ったんだけど、スマホ本体はそもそも片方はカバンの中にあるんだから別のスマホでも良い気もする。社用携帯とでも言っておけば違和感は持たれないだろうし。
「ん?」
珍しい人からの電話ですね。この子はちょっと出ておかないとまずいかもしれないから・・・
「ちょっと出てくる。順番近くなったら呼んで」
事務所の階段に行けば今の時間なら誰もいないと思うから階段にでも行こう。一応姉さんにアテレコの順番が近くなったら呼んでもらうように依頼しておく。次は他の人と合わせだから順番ずらしてもらうのも少し難しいし。
「りょーかい」
*
「あーあー」
ごほん。と地声に戻す。というかリンの声が馴染みすぎて、どっちが地声か微妙に分からなくなってきたとも言えるかも・・・リンの声で長時間話していても全然疲れないし、地声に戻したときに違和感を感じるって結構危ない気がする。あと、リンの格好で地声出しているのに物凄く違和感・・・今は仕方ないけど。
「エドちゃん。どうした?」
『先輩。こんにちは!!』
そう。電話主はエドちゃんだ。エドちゃんは時々、時々不安定になったりして電話をかけてきたりする。なんかエドちゃん一時期リスカとかしてたらしいからね。リスカって痕が残るからあまりしてもらいたくはないし、相談には積極的に乗るつもりだ。傷だらけだったらこっちが気になる。まぁ大体はリンのスマホになんだけど。というかエドちゃんにはリンと俺が同一人物だとバレてないから昔相談に乗ったリンにかけてきてるんだと思うけど。いつ言おうか。毎度のことながら言うタイミング逃しまくってる気がする。
『もしかして、今忙しかったですか?』
「あー、大丈夫大丈夫」
電話出れないところから移動しただけだから。と伝えておく。ちょっと移動時間で電話取るまで時間かかっちゃったからな。
「それでどうしたんだ?」
『あっそれでですね。鈴木先輩って今度時間取れませんか?」
講義がある日なら、余程のことがない限りは時間は取れるけど。丸一日講義がない日は事務所にいる可能性のほうが高いけど。
『ちょっと相談にのってもらいたいんです。私じゃないんですけど・・・私みたいな子のなんですけど』
「別にいいけど、それは俺でいいのか?」
正直俺そこまで相談されても良い答えは返せないんだけど、まぁ聞き手にはなるよ。
―――ガチャ
階段の扉が開く音がする。まぁ事務所の階段だし誰か来る可能性はある。誰が来たんだろう? 今リンの声で話してないからあんまり知らない人とは会いたくない。
「リーンそろそろ順番だよー」
姉さん・・・俺電話中だって知ってるよな? わざわざリンの名前を呼ばなくてもいいじゃないか。と思ったらごめんとばかりに手を合わせている。多分電話が終わってないとは思わなかったんだろう。とりあえず腕を上げてすぐ行くとジェスチャーしておく。姉さんだし分かってくれるだろう。OKとしていったし。
『今度の火曜日って時間取れますか?』
「おけおけ」
次の火曜日は午後イチに講義があるから、事務所に来る予定もない。
『では、お願いします!!』
「了解。じゃぁまた火曜に」
電話を切る。そしてコホンと咳を一つ。別に咳をする必要はないけど、きっかけとして丁度いい。
「おまたせ」
何気に電話が終わるまで待っていた姉さんに声をかけて階段から移動する。
「誰だったの?」
「高校と大学の後輩」
姉さんも会ったことあるトランス希望の子。と伝える。姉さんは少しだけ悩んで、どうやら思い出したらしい。
「あぁ。あの子か。元気でやってるの?」
「ん。彼氏とともに楽しそうに過ごしてる」
時々不安定になることもあるけど、大学で見る限りだと、高校の頃と比べるとものすごく楽しそうに見える。
「おー、それは良かった」
私、意気消沈してた時しか知らないから。と姉さんは言う。そういえばあれから事務所には来たことないんだったっけ? だとしたら姉さんはあの日から会ってないのか。




