【第179話】夏休み~イベント~
「やほー」
大崎さんが『ブレンド』のサークルスペースにやってきた。
朝のラッシュを外してやってきた感じだろうか。壁サークルになっている『ブレンド』のサークルも最初は行列が出来たけど、持ってきている新刊の7割方なくなった感じで人もまばらとは言えないけどひっきりなしとも言えない微妙な間隔で買いに来てくれた人の相手をしている。
「どっか回ってきた感じ?」
わたしが今、別の人の相手してるから大崎さんの対応は出来ないから、スケブを描いていた遥斗が大崎さんと話す。
「うん。彩芽とははぐれちゃったけど」
相変わらずですね。登坂さんは・・・大崎さんにトートバッグにいくつかの同人誌が入っているのが確認できる。
そんな二人のやり取りを横目にわたしは、目の前の人に本を渡してお金を受け取る。
「ありがとうございます。これからも応援してます」
「はい。ありがとうございます」
それを言うなら遥斗に言ってほしいですけどね。
購入していった人を見送って、地味に癖になっている在庫を確認してまだ後ろのダンボールから出さなくても良さそうとほっと一息。
「大崎さんもこっちくる?」
リンがクーラーボックスの上に座ってるから椅子余ってるし。と遥斗が大崎さんを呼び込んだ。
ちなみにクーラーボックスに座っているのは後ろを振り返りやすいからです。
「うん。入るー」
*
「聞いてはいたけど、暑いねぇー」
「ん。暑い」
わたしはいつもの夏イベント対策で首元とか内股とかに冷えピタを張っているのと、いつもより多めの水分補給を心がけている。遥斗も似たような感じで動脈の通るところの冷えピタとか、冷却スプレーとかをたまに使っている。
「対策してる?」
「お茶は持ってきてたんだけど、もうなくなったの」
ほらすっからかん。と空になっているペットボトルを見せてくれる。大崎さんならポイ捨てはしませんよね。
「これ飲む?」
今回は車という移動手段もあるし、クーラーボックスも手に入れたからいつもより多く飲み物は持ってきているから一本渡すぐらいどうってことはない。重かったけど持ち運びもカートだったしね。
「いいの?」
「一杯あるから」
「ありがとう!!」
早速大崎さんはスポーツドリンクのペットボトルを受け取って飲み始める。喉乾いてたのかな? 勢いよく中身が減っていく。
「あー生き返るっ!!」
「あはは」
*
「ごっめーん。また加奈置いてちゃった」
てへっと言いながら登坂さんがやってきた。全然謝る気ないですよね。
「私を置いていくのは、もう決まってるの?」
「そんなことないってー」
「でも、いつも置いてくじゃん!!」
「はいはい。二人共ここで喧嘩しないで」
何人かこっち向いてるから。と遥斗が二人を諌める。喧嘩とは言えない感じのただの言い合いですけどね。
*
「ちわーっす」
「おつかれ」「お疲れ様ー」
早乙女さんがやってきた。今回のイベントはボカロPで合作CDを出すと言ってたけど、ブースの方はいいのかな?
「今回も無事完売になったよ」
はい。二人にあげるーと二枚CDを渡してくれる。
「ありがとう」「ありがと」
貰えるものは貰いますよ。
「あれっ!? 乙女さんじゃん!! えっ? 知り合いなの!?」
登坂さんが早乙女さんを見ながら声を上げた。
「うちのCDのミックスを担当してもらってるし、あと元クラスメイトだしね」
今は大学が違うからあまり会わないけど。と遥斗が登坂さんに説明する。
「そうなんだ!! ファンです!! いつも聞かせてもらってます!!」
登坂さんが早乙女さんの手を握ってブンブンと振る。早乙女さんもされるがままだけど、ファンといってもらって嬉しいのか顔を緩めている。
早乙女さんも有名ですからね。まぁ黒髪ウィッグに赤縁眼鏡の姿がですけど。変装しているからこそ露出しているというのもありますし。見た目清楚っていうのもあってあまり表に出ないボカロPながらに顔を知られている方だと思いますね。
*
「あれ? えーと確か大学の鈴木達と一緒に居た・・・」
ん? 大学の演劇サークルの木村君だ。
「あー、演劇サークルの女装の人!!」
「そういった覚え方されてるんですね・・・」
まぁあれからずっと木村君女役やってますからね。一応演劇サークルには女性が二人入ったようですけど。
というか今もアニメキャラのコスプレしてますよね。露出は少なめですけど・・・やっぱり目覚めたんですか?
「今日はどうしてここに? しかもそれ魔法少女のコスプレだよね」
「漫研のお手伝いです。なんか売り子してくれーって言われて来たらこれですよ・・・」
なるほど。というか漫研が今回のイベントに参加してるのは知ってたけど、この魔法少女の内容だったっけ? 特に夏は大学から離れているから何描いているか知らないんですよね。
*
「それにしても、暑いですよね」
「暑いねー。そういう割には汗かいてなくない?」
登坂さんと木村君が話す。まぁわたし達知られてないので。
「女優の自分の汗の量を調整できるっていうあれ?」
「そこまで自分出来ないですよ。さっきまでは汗出てたんですけど、でなくなってきたんですよね」
あと、自分女優じゃないですから。と木村君は涼しい顔をして言った。
「「「は!?」」」
わたしと遥斗、早乙女さんの視線が木村君に向く。
「気分悪くなってない!?」
「めまいは!!」
「どこか筋肉痛とかは!?」
「えっと、な、ないです」
わたし達の質問攻めに木村君は答えてくれた。汗が出ない以外の症状はなしかな。
「とりあえず飲んで!!」
早くっ!! とわたしはクーラーボックスから熱中症にという謳い文句で売っていた飲み物を渡す。
「あれ? 汗が出ないって熱中症の症状だったような・・・」
大崎さんが思い出したかのようにつぶやく。
「正解!! だから早く水分補給!!」
あと、保冷剤をタオルで包んで動脈の通っている首筋とかに当てて。と早乙女さんが指示をくれたからクーラーボックスの保冷剤を取り出してタオルに包んで渡す。
「おわっ汗がっ!!」
どっと木村君の顔から汗が出てきたのを確認してわたし達はほっとする。
「ふぅ・・・熱中症になりかけていたから、気分が悪くなったら涼しいところにいって」
「あと気分が悪くなったら絶対病院いけよ」
本当に熱中症は危険ですから。




