【第172話】喫茶店
「ねーねーここ行ってみない?」
そういって遥さんが俺に見せてきた雑誌には、ここから電車だと3つほど先の駅の喫茶店の書かれた記事だ。
美味しそうなケーキとコーヒーの写真が映っていて、正統派喫茶店のようだ。
「ここ。ここ」
「ん?」
遥さんが俺が見ていた方の写真じゃない方を指差す。え。そこも喫茶店の写真なの? どう見たって声優オタクの部屋なんだけど。ちょっと説明文見せてください。
・・・店主がかなりの声優オタクだし、これアニメの聖地か。
「で、行く? 行かない?」
「行こうか。どっちでいく?」
電車か車かじゃなくて、俺たちの姿だけど。
「たまには素で行く?」
「りょーかい」
じゃぁ、今から行きますか。
*
――カランコロン
喫茶店の扉をあけると、ドアにつけられたベルが鳴る。
雑誌の記事になっているだけあるのかシックながらもおしゃれな喫茶店だ。混み合うような時間から外れているのか、すべての席は埋まっていないけど、結構人は入っている。
本当に昔ながらのシックな喫茶店だ。店員もメイドではない。メイド喫茶じゃないからな。一応制服かな? 普通に私服としてもいけそうな感じの服だ。
「いらっしゃいませ。こちらの席にどうっ げっ」
ん? 木村君じゃん。舞台用でもない感じでナチュラルに女装しているけど、何? 目覚めたの?
「あれ? やほ」
「す、すみません。後で説明するんで」
今は聞かないでください。とこちらです。と席に案内してくれる。
了解。目覚めたのだとすると、俺がメイクとか声を教えて目覚めた人数がまた増えるんだけど・・・
*
「すみません。一緒してもいいですか?」
木村君が女装したままで俺たちの席に来た。まかないだろうか? おいしそう。あと俺たちのオーダーも持ってきてくれた。
「どうぞー」「おっけーおいでおいで」
まぁ別に一緒するのはいいけど。
持ってきてもらったオムライスとカルボナーラを一先ず食べる。
うん。うまい。記事になるだけのことはある。
「佑樹のおいしそう」
「食べる?」
「食べる」
遥さんがあーと口を開けたからオムライスをスプーンで一口サイズにして口に放り込む。対面だからちょっと遠いけどまぁなんとか届く。
「佑樹もカルボナーラ食べる?」
「貰う」
遥さんがフォークに巻いて差し出してきたから俺も食べさせてもらう。うん。美味しい。
「本当二人とも仲いいですよね」
大学でも結構噂になっていますよ。二人。と言われる。
「なんで私達が噂になっているかわからないんだけど」
確かに。俺たち別に大学でいちゃついているとは思わないんだけど。高校の時に早乙女さんにバカップルとは時々言われたけどさ。
「学校でも時々食べさせたりしてますよね?」
「んー、してたっけ?」
大体弁当は一緒なものだからあまり食べさせたり、食べさせられたりはしてないと思うけど。
「食堂でたまに別のもの頼んで食べてない?」
「どうだっけ?」「さぁ?」
こいつら無自覚だよ。と木村君ははぁと息を吐きながら言った。ため息も女声だから、結構頑張ってる?
「私達のことはいいとして、それどうしたの?」
遥さんが言葉を濁しつつ木村君の姿を見ながら聞いた。
「演技の練習です。どこまで通じるかやってるんです」
店長と従業員は知ってますから。と木村君は肩をすくめながら答えてくれた。
「で、気が付かれたことは?」
「ないですね。声が大きいっぽいです」
本当に教えてくれてありがとうございます。と木村君は座ったまま頭をさげた。器用だな。
でも、ステージの上に上る前はあんなに逃げてたのに、自分からこういうのやってるんだな。
「まぁ最初は会長命令ですけどねぇ」
最近は全然気が付かれないので大胆に行ってますけど。と木村君はうんうんと頷く。
なるほど会長が支持したのか。バレたらどうするつもりだったんだろうか。
*
「前、麻美さんのVR生放送にいなかった?」
「え? 見てたんですか?」
「まぁねー、佑樹のお姉さんだし? 時間が合えば見てるよ」
えっ!? と木村君の視線が俺に向く。別に俺は姉さんが声優というのは隠してないし。教えていないだけで。俺が声優というのは隠すけどさ。
「まぁ姉さんなのは本当だな」
「まじ!?」
「まじまじ。というか木村君機械持ってたんだね」
結構するでしょあれ。と遥さんが話題を少し変える。
「VR研究会でちょっと手伝った代わりに使わせてもらって入ったんです」
「うちの大学VR研なんかあったんだ」
そんなのサークルあったんだ。




