【第16話】オシゴト3
鈴木君に貰ったチケットでイベント会場に入り、イベントの開始を待つ。
待っている間にも様々な人が入場してくる。
中にはサングラスにマスクのいかにも怪しい人が居たが警備員によって連れ出されていた。
多分女の子だったと思うんだけど、なんであんなに重装備だったのだろうか。
イベントの開始時間が来ると、ステージにいさみんが上がり、場を盛り上げ始める。
観客の中にはサイリウムを振る人も居る。俺も一応カバンに忍ばせてきていたサイリウムを取り出して軽く振っておく。
ライブだったらヲタ芸だってやるけど、今日はそんなスペースも無いから軽く振るだけ。
リン、いや悠里が学校で見せてもらったロングの黒髪に黒のゴスロリ、赤縁眼鏡で麻美さんに引きずられるようにステージに上がってきた。
そこまで嫌だったのか・・・いや、あれ演技だな。
リンが演技すると気合の入った女子に見えるのは俺はよく知っている。
悠里がステージに上ってくると観客席が沸いた。
有名人に引きずられて登場するなんてインパクトがある上に、可愛いとあれば盛り上がる。
いつもよりは男っぽいメイクだけど、まだ普通に可愛いといえる悠里。
悠里がマイクを手に声を変えると更に観客席が沸いた。
悠里だと半信半疑だった人たちが確信になったからだろう。俺の隣のやつも一気に沸いた。
場が落ち着いてから公開収録に入る。
いさみんも麻美さんも流石は主役を張るメイン声優なだけあって演技力も凄い。
悠里が収録が始まる。女性と男性の声の落差。
呼吸のタイミング、イントネーションすべてがキャラごとに違っていてまるでキャラごとに声優が一人ずつ声を当てているようだ。
その悠里の声に観客席は更に静かになる。
皆、奇跡の喉から出る声に聞き入っているのだ。奇跡の喉といっても本人はボイトレの賜物っていって終わると思うけど。
収録が終わると、事前アンケートの回答の時間となった。
俺は入れていない。まぁ聞こうと思えばリンから聞けるからな。
「見た目の通りじょせ「男の娘です。男に娘で」、へっ!?」
全然、男には見えないけどな!!
「僕の性別なんてどっちでもいいじゃないですか。設定男の娘ってことで」
すっごいなぁ、喋るごとに声色が違う。
俺はあそこまで瞬時に変えられないし、そんなに声色のレパートリーはない。
イメージ的に周波数いじる感じとか言ってたけど、何?リンの体は機械なの?
あと、『設定』って言っちゃってるから観客席じゃぁ女の子で固まったんだけど。
「え、えーと、悠里ちゃんの性別は悠里ってことで、次の質問行きたいと思いますっ!!」
あぁ。両声類の行き着く先だな。
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「ほ、ほんとに行って良いんだよな?」
「おけ、アポは取ってる」
いつものリンの姿に着替えてから遥斗と合流して、わたしは遥斗の手を引きながら楽屋に続く道を進む。
向かう先は伊佐美さんの楽屋だ。
一度まともに話したことあるんだから、そんなにビビらなくてもいいのに。
伊佐美さんの楽屋の前についた。
――コンコン
「どうぞー」
ノックすると中に伊佐美さんはいたようだ。
まぁこれくらいの時間に行くとは連絡しておいたから余程のことがない限りいたと思うけど。
「あっリンちゃんいらっしゃい!!」
こっちから扉を開けようとしたら、内側から扉を開けられた。
なんですか?待っていられなかったんですか?急に出てきたから遥斗が固まったじゃないですか。
「彼氏くんもいらっしゃい!!どうぞ!!」
だから、遥斗は彼氏じゃなくて彼女です。まぁ容姿から判断はできませんけどね。
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まじ、まじで目の前にいさみんがいるっ!!しきっ、色紙!!
「サインください!!」
「ええよー」
ふぉぉぉぉ、いさみんのサインっ!!
俺は書いてもらった色紙を持ってくるくると回る。
「ちょっ、遥斗。色紙持って踊らない!!」
「あっはっは。相変わらずおもろいな。彼氏くん」
「すみません・・・」
「ええよええよ」
はっ!?つい嬉しすぎて踊ってしまった。「すみません」と謝りながら、勧められた椅子に座る。俺の目の前にいさみんが座っている。
いつもステージの上にいるのを遠くから見るしかない人が今俺の眼の前にいる。直視できずにあちこちに視線をやってしまう。テンションがあがるあがる!!
「遥斗?大丈夫?目が泳いでるけど」
リンが俺の目を覗き込みながら手を降っている。リンを見ているとなんか安心する。
――ガッ
「ちょっ!?なんで急に抱きつく!?」
あぁ、リンに抱きついたら落ち着いてきた。
このいつも服で隠されているほんの少しだけ角ばった骨格が私の今の安定剤だ。
なんとか高まった鼓動を抑えることができた。
「もう少し・・・」
「はぁ・・・はいはい」
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「落ち着いた?」
伊佐美さんにサインを貰ってテンションの上がりきった遥斗に抱きつかれて、遥斗が落ち着くまで待った。
抱きついてきた遥斗の体温が高くてこっちまで熱くなったけど、まぁ気分は悪くはない。
「落ち着いた」
ならそろそろ離れてくれませんかねぇ・・・
「ところでさっ!!」
伊佐美さんが急に話を切り出してきた。
「彼氏くんって性別どっち?」
「えっと」
遥斗がこっちを見て、どこまで知ってんの?って顔をしている。
どこまでって言われると、どこまで教えてたか微妙。
わたしの性別は知ってるし、遥斗の存在は知っている。
あれ?クラスメイトだったことも教えたっけ。いや、教えてない。
少なくとも遥斗の性別は今まで言ってない。わたしが同性愛者じゃないとは言っているけど・・・
「伊佐美さん。わたしが同性愛者じゃないって知ってますよね?」
「それは何度も聞いたんやけど・・・彼氏くんどっちか分からん」
リンちゃんが男なら女の子なんだろうけど、見た目完全に男の子やし・・・と伊佐美さんは首を捻っている。
「えーと・・・すみません。私、女です」
「うわっ!?まじ!?」
遥斗が地声に戻して言った。
その変わり様に伊佐美さんは目を見開きながら声を上げた。
うんうん。遥斗と遥さんの変わり様は凄いですからね。
「「リンほどじゃないけどね!!」」
そんな二人して言わなくてもいいじゃないですか。




