7 極悪非道エルフと露店商
ゴーンッと地下時計が鐘を鳴らして深夜であることを街に告げる。
二番街一区には人が殺到し、皆競い合うようにレストランに駆け込んだ。
一方、新しいナイフを手に入れたルナリアは二番街三区で食事よりも別の物を求めていた。
「誰か喧嘩売りに来いよ?そうすりゃ問答無用で切り裂くのになぁ……」
そう、試し切りをするための人間である。
残念ながら視線避けの魔法は効果が非常に高く、ルナリアに気が付く人間は稀だ。
仮に気が付いたとしても彼女に喧嘩を売るような馬鹿は普通いない。
つまりさっきのスリは相当な馬鹿だ。
その時、一人の露店商が張り上げる声が彼女の気を引いた。
「さあさあ、皆様お立ち会い!此方に並べますは世界一の切れ味を誇るローグント合金の剣!今なら金貨1枚でご提供!」
ルナリアは何気無く露店商に近付くと剣を一つ手に取って露店商に邪悪な笑みを向ける。
「よし、店主。これを買おう」
「金貨1枚で―――」
「その後、偽物だって証明してやるから大人しく私に殺されろ」
相変わらず邪悪な笑みを浮かべたままルナリアがそう言うと、店主は飛び上がって彼女の手から剣を奪い返す。
どうやら図星だったようだ。
「冗談じゃない!その程度の事で殺されてたまりますか!」
「煩い!さっさと殺されろ!こっちは試し切りしたくてしかたないんだ!」
完全に逆ギレだ。
ルナリアは露店商の胸ぐらを掴むと空いた右手で先程手に入れたナイフを振り上げる。
だが、運の悪いことにナイフを振り上げた手がルナリアのフードに引っ掛かり、彼女の素顔が露になった。
「「ギャァァァァア!!」」
途端に辺りから野太い悲鳴が大量に上がり、通行人は蜘蛛の子を散らす様に逃げ去る。
ルナリアは不愉快そうに顔をしかめると、逃げようと必死に手足を動かしている露店商を壁に投げつけた。
「グエッ!?」
壁に叩きつけられ、蛙のような声を上げると露店商は地面に落下して、その場にうずくまった。
ルナリアは呻いている彼に近付くと髪を掴んで顔を上げさせる。
…………筈だったのだが彼の髪は偽物だったらしく、彼女は髪の塊を掴んだだけだった。
状況が理解できないルナリアは手の中にあるそれと店主の顔を交互に見ていたが、どういうことなのか気が付き、そっと髪を元の場所に戻す。
「その、あれだ。髪が無くても結構、あれだったぞ!」
「無理にでも褒めてくださいよ!?」
彼は目に涙を溜めてそう訴えてくる。
ルナリアは少し考えると何か思い付いたのか手をポンッと打った。
「かなり輝いてたぞ!」
「傷口抉って、た……楽しいですか?ウグッ、エグッ」
泣き出した彼をどうすることもできず、ルナリアは彼が泣き止むまで必死に誉める言葉を考えているしかなかった。
残念ながら一つも思い付かなかったが。
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「さて、死ぬ覚悟はできたか?」
泣き止んだ相手に掛ける第一声がこれだ。
本当に情の欠片もない。
笑顔のルナリアにそう聞かれると、店主は疲れきった顔でルナリアを見る。
「そんなに殺したいなら、丁度いい奴が居ますよ……」
「ほう、誰だ?言ってみろ」
「一番街三区を根城にしているマフィアのボスですよ。最近になって地下街に来た奴等で、区長や街長を蔑ろにしている鼻つまみ者です」
「成る程な、情報に免じて殺さないでおいてやる」
恩着せがましい事この上ない。
ルナリアは満足気に頷くと、おもむろに立ち上がる。
「彼等の所に行くんですか?」
「当たり前だ」
そう言ってフードを被り直すとルナリアはその場を去っていく。
魔法でも隠しきれない彼女の殺気に露店商は身を震わせた。