72 極悪非道エルフのお買い物1
騒乱のような宴から一夜明け、地下街に朝を知らせる鐘が鳴り響く。
自室で休んでいたルナリアは目を覚ますと体から酒が抜けきっていないことに気付き、そのまま二度寝をしようと寝返りを打った。
だがその直後ドアが開けられ、何者かがルナリアに向かって突進する。
咄嗟にルナリアは身を起こし枕の下からナイフを取り出すと、突進してきた何者かに一閃する。
「【武器鈍化】!!」
しかし相手はそれを予想していたかのように詠唱を済ませ、ナイフの打撃をまともに首筋に喰らった。
「ハァ……カイン、いきなり入るな。死ぬぞ?」
ナイフに巻き付く青い魔力の鎖を見ながらルナリアは溜息を吐く。
しかし当のカインはダメージを感じさせない程脳天気にケタケタ笑い、ベッドに登って彼女を見上げた。
「おねーさん!!あさだよ!!おでかけしよ!!」
「朝は寝る時間だ。なんか頭もいてーし、おやすみ」
そう言うとルナリアはベッドに体を横たえ、布団を被る。
だがそんなことでカインは諦めない。
布団の中に潜り込み、講義の声を上げた。
「きのうおでかけするっていってたのに!?」
「うるさい、黙れ。今からどうするか考える」
寝返りを打って物理的にカインから顔をそらすと、ルナリアはこれからの予定を考え始める。
やがて大まかな予定を決めると体を起こし、カインに布団を被せた。
「わにゃ!?」
完全に布団に包まれたカインは小動物のような悲鳴上げ、その中でもぞもぞと動き回る。
「着替えたら取ってやるからそれまで大人しくしてろ」
そう言うとルナリアはついでと言わんばかりにナイフを布団の中に放り込んだ。
「ついでにそいつに掛けた魔法を解除しとけ」
「はーい」
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着換え終わるとルナリアはタンスからマントを2つ取り出し、一つを羽織るともう一つをベッドに投げる。
そして思い出したように布団を取るとカインにマントを着させた。
「着とけ、今度は燃やされるなよ?」
「わかったよ、おねーさん!」
元気よく返事するカインを見て満足げに笑うと、ルナリアは窓を開け、そこから外に出た。
それを真似てカインもまた窓から外に出る。
「なんでここからでるの?」
窓枠から飛び降りながらカインは聞いた。
「決まってんだろ、寝てる馬鹿共を起こして迎え酒に付き合わされたくないからだ」
その様子を想像したのか、ルナリアは心底嫌そうにそう話す。
表口を避けて裏側に回り、ルナリアは宿から北上し、3番街を目指してのんびりと歩いていた。
老舗街のアンティークな町並みを抜け、グルメ街の客引きを掻き分け、カジノ街の喧騒を抜けると、ルナリアは地下街の端へと歩みを進める。
いい加減ただ歩くのに飽きたのか、カインはルナリアの裾をクイックイッと引っ張った。
「ねーねー、おねーさん。どこにむかってるの?」
「魔生門だ、転移以外の方法じゃあそこしか出入り口はない」
そう語りながらルナリア一行は巨大な門の前に立つ。
すると門の装飾だと思われた目が開き、ギョロリとルナリア達を見据えた。
「私だ、通せ」
「御意に」
ルナリアが鋭く命令すると、魔生門はニィッと笑う。
途端にガチャンという音が響き、次の瞬間には魔生門が観音開きに開いていた。
巨大な門の先はぼやけて見えず、異扉のようになっている。
「ほら、行くぞ」
「はーい!!」
疑うことなく一行は門の先へと足を進めるのだった。
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魔生門を抜けると、辺りは薄暗く至るところに食材が置いてあった。
おそらくは地下にある倉庫だろう。
ルナリアは積み重なっている箱を蹴り倒すと、倉庫の扉を蹴り開ける。
そのまま何事もなかったかのように階段を登ると、再びドアを蹴り開けた。
そこは上品なバーになっており、組織のトップ達が酒を飲み交わしている。
だが皆一様にルナリアを見つけると、カタカタと震え始めた。
唯一震えていないマスターは溜息を吐くと、磨いていたコップをそっと置く。
「あんまり行儀が良くねぇなぁ?誰が上がってきた?」
「悪かったな、私だ」
ルナリアの声を聞くとマスターはチラリとルナリアを一瞥した。
「娘が世話になってるらしいな、感謝する」
「なんの話だ?」
思わず首をかしげるルナリア。
しかしマスターはフッと笑い、そのまま語り続ける。
「マーナの事だ、楽しそうに近況を話してくれる」
「……お前が父親だったのか」
そう言われてみればマーダーメイドにも彼の面影がある。
そんな事を思いながらルナリアはポケットから金貨を1枚取り出すと、カウンターに置いた。
「受け取れ」
そのまま歩き去ろうとするルナリアの背中に、マスターはなんでもないように一言。
「どうやら食料庫を荒らしてくれたな?」
残念ながらバレていたらしい。
不思議に思いながら、ルナリアが後ろを振り返るとソーセージを頬張るカインがいた。
「お前のせいか、馬鹿弟子」
そう言いながらルナリアはカインの頭を叩くのだった。




