69 極悪非道エルフと神話の大戦 6
「貴殿方に神として地上を見守って貰う為です」
彼の言葉に六人の反応は二つに分かれた。
四人は興味深いと言いたげに目を細める。
残る二人は溢れてくる力を抑えるのに必死だった。
「へー、王様も面白いことを考えるね。その話、僕は乗るよ」
そう言ってニヤリと笑うと、オーナスカレアは手に持った林檎をシャクっとかじる。
「導師よ、我も賛同しよう。我が力を以て太平の世を造るとしよう」
槍を一振りしてナイフに変えると、サルスウォーグは林檎を切り分け、一個づつ丁寧に食べていった。
「導師も懸命ですわね。私にお任せください」
そう言って恭しく一礼すると、フェルディーアは林檎をかじり、頬を弛ませる。
「王の言うことならば異論は無い。トルテナコルト、力を御貸ししよう」
最後に力強く頷くと、トルテナコルトは林檎を魔法で細かくし、丁寧に食べる。
六人全員が林檎を食べ終えるのを見届けながら、彼は二人の神殺しへと目を向けた。
いつの間にか兄である創造神は肉片と化し、二人はその肉一つ一つを丁寧に踏み潰してミンチに変えていく。
徹底的な復讐を前に目を細めると、彼は二人に向かって手招きした。
「アポロ、アルテミス、来てくれますか?」
彼の言葉と同時にアポロは肉片を全て焼き払い、アルテミスと満足そうに頷き合って彼の下に歩いてくる。
「何のようだ?」
「どうしましたか?」
二人仲良く首をかしげる姿に和みながら、彼は他の六人を順々に指差した。
「私を含め、この場にいる七人の顔を覚えておきなさい。いずれ殺すことになるかもしれない顔ぶれです」
その言葉に六人は体を強張らせ、二人は神妙に頷く。
一気に冷え込んだ雰囲気など歯牙にも掛けず、仮面を外すと、彼は柔らかい表情で全員の顔を見渡した。
「所で、そろそろ私にも新しい名前をくれませんか?以前の名前を使うのも癪なので」
眉を八の字に曲げてそう言うと、彼はマントを脱いで仮面と共にそれを黒い霧に変えて霧散させる。
「なにを言うかと思えば……」
「気が抜けるよ……」
呆れたように首を振るサルスウォーグとオーナスカレア。
そんな二人に同調するかのように、他の四人はうんうんと頷き合う。
一歩引いたところから見ていた二人は顔を見合わせ、溜め息を吐いた。
「まったく……導師は何を考えてんだか」
「本当に……そうですね」
僅かに眉をひそめながら、アルテミスは彼を見詰める。
この場の雰囲気が彼の一言によって変わり続けていた事実に彼女は危機感を覚えていた。
彼が六人を焚き付ければすぐにでも彼等は世界を滅ぼすだろう。
「どうしましたか?アルテミス。もしかして何か良い名前が思い付きましたか?」
アルテミスが警戒していることなど露知らず、彼は嬉そうに笑った。
「そうですね……夜霧の導師はいかがですか?」
冷静を装いながら、アルテミスは咄嗟にそう答える。
「オルゾナザイン……良いですね、これからはそう名乗りましょう」
そう言うと彼―――オルゾナザインは幸せそうに新しい名前を復唱し続けていた。
「嬉しいのは分かりますが、人界に新たな神々の誕生を知らせねばなりませんわよ?」
退屈そうに足を組み直すと、フェルディーアは挑戦的な目でオルゾナザインを見据える。
その視線を受け止めると、オルゾナザインはマライノールに目配せして、フェルディーアに向き直った。
「その通りです、なので今すぐ人界に行きますよ。マライノール、人界への異扉を開いてください」
「はいです~」
気の抜けるような返事と共にマライノールは手を掲げて巨大な異扉を作り出し、ニパーッと笑う。
「ありがとうございます、マライノール。それでは私は先に行っていますね」
良くできましたと言わんばかりに彼女の頭を撫でると、オルゾナザインは一度だけ振り返り、やがて異扉に身を踊らせた。
「我々も続くぞ」
「急がないと偽神扱いされそうだし、行こうか!」
「そうですわね」
「りょーかいっ!!」
「ホッホッホ、楽しみじゃのぉ」
新たな神々が我先にと異扉に飛び込んでいくのを見守りながら、アルテミスとアポロは穏やかな表情をしていた。
「なぁアルテミス。もう一回生きてみるか?」
原初の世界での記憶を思い出しながらアポロは染々と告げる。
「そうですね…………生きましょうか」
そう言って頷き合うと、二人の神殺しは異扉へと飛び込んでいく。
こうして神々の大戦は一旦幕を閉じたのだった。
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一通り話し終えるとルナリアは疲れたと言うように伸びをする。
「―――ってわけだ。お、丁度ピザができたみたいだな」
マシュリからピザを受け取ると、ルナリアはそれを手早く八枚に切り分けた。
「おねーさん、つづきは!?」
目をキラキラさせて身を乗り出すカイン。
そんな彼の口にピザを突っ込むと、ルナリアはマシュリに紅茶を持ってくるよう目で合図した。
「その内話してやる。今は食うことに専念しろ」
「わはっはよ、ほへーはん(わかったよ、おねーさん)」
元気よく返事をして、カインはムシャムシャとピザを食べていく。
その様子を見守りながら微笑みを浮かべ、ルナリアはグラスを手に取ると、中に入った水をナイに掛けた。
「ン……ナンダ?朝カ?」
「寝ぼけてるなら、もう一杯どうだ?」
そう言ってカインのグラスを手に取ると、ルナリアは意地悪く笑う。
「ヤメロ、飲ミカケノ水ナンテ死ンデモ御免ダ」
痛む後頭部を擦りながら体を起こすと、ナイは不機嫌そうに眉をひそめた。
「そこまで嫌なのか……」
そう言うとグラスを置き、ルナリアは退屈そうに頬杖をつく。
「ねーねー、おねーさん」
ピザを食べ終え、トマトソースを口の端に付けたままカインはルナリアの服の袖をクイッと引っ張った。
「どうした?カイン」
首を傾げながら、ルナリアは手近に置いてあったタオルでカインの口を拭う。
「さっきのおはなしで“きんのりんご”がでてきたでしょ?」
「ああ、出てきたな。それがどうした?」
「ろうやにいたころにね、おじーさん、ぼくに“きんのりんご”をくれたんだ」
その言葉にルナリアとナイは凍り付いたのだった。




