6 極悪非道エルフと真っ赤な嘘
「あの酒場の奴等、全員殺されたんだよ」
思いもよらない発言にルナリアは体を硬直させる。
何故あいつらが殺された?
いや、そんなことはどうでもいい。
一刻も早く仇を討ってやらないと。
真剣な面持ちで考え込む彼女に対し、リリはケラケラ笑ってルナリアの背中を叩いた。
「って言うのは冗談で皆生きてるよ」
「殺されたいのか?」
「ゴメンよ、姉御!頼むからナイフを仕舞って!」
ルナリアは舌打ちをしてナイフを戻すとリリの頭を小突いた。
「痛っ!」
「我慢しろ、ボケ!そういう洒落にならない嘘は吐くな!」
頭を押さえながらリリは涙目でルナリアを見上げる。
「悪かったよ。本当はお袋さんが胃潰瘍で寝込んでて、親父さんがぎっくり腰で動けなくなって、息子さんがギャンブルで大負けして徴兵されただけだよ」
「どこら辺が”だけ“なのか言ってみろ。まぁ生きてるなら良いけどよ……馬鹿息子は放っておくとして、馬鹿夫婦の見舞いに行ってやらねえと」
ルナリアがそう言って歩き出すと、リリは手をブンブン振って笑った。
「分かった、また会おうね姉御!」
「おう、またな!何かあったら魔女の安息所に来いよ?」
ルナリアはリリに見送られながら裏路地を出る。
それにしても、どうやったらそんなに不幸が重なるんだ?
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人魚の泡沫亭に着くと、店の扉には臨時休業と書かれた紙が貼ってあった。
ルナリアはそれを無視してドアを開けると店の中に入る。
そして一家が不幸になった理由を悟った。
「何でこんなもんを店に飾ってんだよ……」
ルナリアの視線の先にあるのは壁に飾られた禍々しい黒いオーラを放つ一振りの剣だ。
魔剣とか血塗られた剣とかそういう代物であることは一目瞭然の筈だが……。
ルナリアが首を傾げていると、店の奥から這うようにして老婆が出てきた。
「久しぶりだねルーナ、休業だって書いてなかったかい?」
「十年ぶりだなメル、確かに書いてあったが私には関係ない」
「相変わらずみたいだねぇ。あ痛たたた」
メルは無理に笑いがら痛む胃を押さえる。
ルナリアは老婆の小さな背中を擦りながら近くの椅子に座らせた。
「聞いたぞメル。胃潰瘍にぎっくり腰、それに大負けの三拍子だってな?」
「耳が早いねぇ、その通りさ。どうしてこうなったんだろうねぇ?」
「十中八九、あの剣のせいだろ」
そう言ってルナリアが壁に飾られている剣を指差すと、メルは溜め息を吐いて首を振った。
「そうだろうと思ったよ」
「一体あの剣は何だ?」
「爺さん曰く、軍神サルスウォーグの剣だとさ。三番街の闇市で買ったらしいから偽物だと思うんだけどねぇ」
三番街の闇市というと三番街二区にあるヨーソルの盗品市場の事だろう。
あそこはその名の通り盗品を専門に扱う市場だ。
主に盗賊や強盗などが質屋代わりに盗品を捌いている。
しかし、信用に関わるので彼等は絶対に偽物や贋作は持っていてもヨーソルで売ることはない。
「軍神の剣っていうと、軍神自身が命じると色んな武器に姿を変えるっていうあれか?」
「そうだと思うよ。一回も姿を変えた試しは無いけどねぇ」
そう言ってメルは乾いた笑みを浮かべる。
疲れきってるな、婆さん。
「…………持ってみても良いか?」
「あぁ、いいともさ」
ルナリアが何気なく剣に手を伸ばすと剣は自分から彼女の手の中に飛び込んできた。
壁に飾られていた時に発していた禍々しいオーラは消え去り、刀身は仄かに光っている。
「ナイフ」
眉一つ動かさずにルナリアは剣に命令を下す。
すると剣はカタカタと震えだし、ガタッと一際大きく震えた瞬間ナイフに姿を変えた。
ルナリアは軽く振って調子を確かめると、満足気に笑ってメルの方を振り返る。
「なぁ、メル。これ買い取って良いか?」
「構いやしないけど…………ルーナ、あんた軍神様だったんだねぇ」
「いや、昔軍神と三日三晩戦い続けて勝っただけだ。神になったつもりはない」
「相変わらず底知れないねぇ」
そう言って笑うメルはどことなく楽しそうだ。
少なくともルナリアを怖がる様子はない。
「そう言うな、長く生きてれば秘密の一つや二つできるだろ。っと忘れるところだった!手土産にこれ買ってきたんだった」
そう言うとルナリアは金貨3枚と骨付き肉をメルに渡す。
「おやおや、お土産かい?爺さんと二人で食べさせて貰うよ」
「そうしてくれ。それじゃ、また来るよ」
そう言ってルナリアは手をヒラヒラ振って店を出た。
周りに人が居ないことを確認して地下からは見えない空を見上げて彼女は今は亡き軍神に祈りを捧げる。
「約束は守ってるぜ、サルスウォーグ。お前は名誉な討ち死にをしたことになってるぞ」
正直な話、彼はもっと酷い死に方をしている。
天界から降臨した際に彼は偶然出会ったルナリアに一目惚れをした。
そこまでは何も問題は無い。
だが、何を思ったのか彼はルナリアの水浴びしている姿を覗き見たのだ。
ここで引き返せば何もなかったのだろう。
しかし、彼は発情して彼女に襲い掛かった。
その結果として彼は去勢された挙げ句、首を掻き切られて死んだ。
死ぬ間際、ルナリアに戦って死んだことにして欲しいと泣いて懇願した結果がこれである。
彼は情の欠片もないルナリアでさえ情けをかけた数少ない相手だ。
祈り終えるとルナリアは魔女の安息所へと向かう。
新しいナイフも手に入ったこともあって彼女の足取りは軽かった。