63 極悪非道エルフと忌子の真実
彼女にまつわる逸話にはこんなものがある。
その者見るに耐えない拷問をし、その様子を肴に樽一杯の生き血を飲み干さん、というものだ。
その真相はワインの取り分で言い争い、結果としてルナリアが相手を心身共にズタズタにしているだけなのだが……。
それを地上で暮らしている民が真相を知るわけもなく逸話が一人歩きしているらしい。
当の本人が酒の取り分が増えるから良いと楽観的なのだから、私が気にする必要は無いのだろう。
―――氷雪の魔女の手記
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ルナリアの部屋から響く悲鳴はおよそ三十分程で収まった。
トラウマ級の映像を視界一杯に映し出すという迷惑千万な拷問を終えたルナリアは、鼠の死骸を投げ捨てながら晴々とした顔をアイテルに向けた。
「これくらいにしといてやる」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
満足気に笑顔を浮かべるルナリアとは対照的に、アイテルは虚ろな表情を浮かべている。
死んだ目は虚空に焦点を合わし、狂った口からはひたすら懺悔の言葉が垂れ流される。
酒の恨みは人格を歪める程深いらしい。
「ま、いい薬になったろ?」
一切悪びれることなくそう言うと、ルナリアはうんうんと一人で勝手に頷きながら部屋の外へと出ていく。
部屋に残されたアイテルが自我を取り戻すにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
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ルナリアがエントランスに戻ると、丁度ナイがカインに何かを教えているところだった。
彼女が手を振るとそれに気付いたカインは嬉しそうに椅子から飛び降り、ルナリアの側に駆け寄る。
「おねーさん!やくそくおぼえてる?」
「約束?」
「なんでつくえがこわれたか、おしえて!」
そう言いながらカインは目をキラキラさせて、ルナリアの手をグイグイと引いていった。
「こら、引っ張るな。お前が転んだら私も転ぶ羽目になるだろ!」
「だいじょうぶだよ!……ふへっ!?」
ドタンッ!!メキッ!
言ったそばからこれである。
ただ転んだだけのカインと違い、ルナリアは椅子にヘッドバットをヒットさせ、それをへし折りながら床に叩き付けられた。
「痛ててて、だから言ったろ!馬鹿弟子!」
額を押さえながら立ち上がると、ルナリアはカインの頭に拳骨を落とす。
「ごめんなさい~!」
必死に頭を押さえながら、カインはその場に蹲った。
その様子を見て溜め息を吐くと、ルナリアは机の上に置いてある空き瓶を手に取ってナイの頭に叩き付ける。
哀れなナイは悲鳴を上げる間も無く気絶し、机の上に倒れ付した。
「ふぅ…………ほら早く座れ、話を聞きたいんだろ?」
「うん!」
ルナリアの一言にカインは目を輝かせ、急いで彼女の隣に座る。
「さて、お前は忌子が何を示すか分かるか?」
「くろかみあおめ!!」
「間違いじゃないが正解でもない。正解は黒髪青目と白髪赤目の二つだ」
「でもおねーさんはいみごって、いわれないよね?」
そう尋ねてカインは首をかしげる。
「あぁ、今の時代はな。昔は私の方が忌子だと言われたもんだ」
懐かしいと言うように目を細めながら、ルナリアはそう語った。
「ふーん」
机に突っ伏したナイをペチペチと叩きながら、カインは適当に相槌をうつ。
その様子を見かねたルナリアはカインの頭を小突き、眉間に皺を寄せた。
「お前が聞きたいって言ったんだろ、真面目に聞け」
「ご、ごめんなさい」
「分かれば良い。さて暇そうだし質問だ、何故忌子は忌子と言われるようになったと思う?」
「?」
ルナリアの質問に只々首を傾げるカイン。
そんな弟子に笑いかけながらルナリアは楽し気に答えを話す。
「答えは私達がいるからだ」
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「わたしたち?」
まだ分からないと言うようにカインは鸚鵡返しに聞き返す。
「そうだ。私とカインは魔力に色が付いているだろ?あれこそが真性の忌子の証だ」
「しんせいのいみご?」
「地上における真性の忌子ってのは忌子の中でも特別な力を持った奴の事を言う。本当は真性の忌子と同じ外見をしている奴のことを馬鹿共が忌子と呼んだせいで黒髪青目と白髪赤目は忌子呼ばわりされることになったんだよ」
そこまで話すとルナリアは溜め息を吐いた。
何か嫌な記憶でもあるのだろうか?と推測するカイン。
そんな弟子を横目に師は再び口を開く。
「特異なことに真性の忌子は常に二人いる。しかも片方が死んだその瞬間に新しい真性の忌子が生まれるんだ」
「へー、ぐうぜん?」
「いや、必然だろうな…………退屈そうだし、一つ昔話を聞かせてやろう」
「どんなの!?」
「大昔の戦いの話だ」
遠い目をしながらそう言うと、ルナリアは起き上がりかけていたナイの頭を再びビンで殴り付けた。




