61 極悪非道エルフの後始末 2
コツコツと足音を立てて205号室へと足早に向かうルナリア。
その顔はいつになく真面目な表情をしている。
宿敵が揃って自分の家にいるというのだから、無理もない話だ。
やがて件の部屋の前に辿り着くとルナリアは扉に耳を当てて中の様子を探る。
「アァァァァァア!?もっとぉぉぉぉ!!」
「エニャァァァァア!!止めないでぇぇぇえ!?」
中から聞こえてくる理性の欠片もない嬌声にルナリアは顔をしかめ、フーッと一息つくと、ドアを蹴り開けた。
「馬鹿弟子、何をやってるんだ?」
「あ、おねーさん!みてみて、うでをもいだらよろこぶへんたいが、にひきもできたよ!」
血塗れの顔を上げてそう言うと、カインはナイフ片手に床に転がる二柱の女神を指差す。
「はいぃぃ!!わらひは変態れひゅぅぅぅ!!お願いれひゅ、カイン様、わらひの腕を引きちぎってくらひゃいっ…………!!」
「いひゃいぃぃぃぃい!?れも、それが良いのぉぉぉぉ!!止めないれぇぇッ!!二の腕を削ぎ落とすの堪らにゃいのぉぉ!!」
一体どういう拷問をしたのか分からないが、脳髄が溶けきったのは確からしい。
最早再起不能になった女神を、まるで石畳の染みを見るような目で見下ろし、ルナリアは顔をしかめる。
「うわぁ、随分と様変わりしたな?フェルディーア、リンオルティ」
「お願いぃぃ!その立派な剣で右足を切り落としてぇぇぇえ!!」
「内蔵を抉り出してくらしゃい!死んれもいいかりゃぁ…………!!」
焦点の合わない目でルナリアにすがり付く元女神達。
宿敵と言えど、ここまで徹底的に貶められていると、逆に面白く感じるものだ。
上目使いで見上げてくる弟子の頭をワシャワシャと乱暴に撫でながら、ルナリアはゲラゲラと笑い声を上げた。
「よくやったな、カイン。短時間でここまで調教できる奴はそういないぞ?」
すがり付いてくる女神達を地面に転がる石のように蹴り飛ばし、カインと目線を合わせるように膝を付くと、ルナリアは彼の頬に付いた血を拭う。
「ほんと!?」
「あぁ。それにしても何処でこんな技術を手に入れたんだ?」
目を輝かせるカインの頭から手を退けると、ルナリアは笑顔でそう聞き返した。
「おにーさんから、おしえてもらった」
そう言って名残惜しそうにルナリアの手を見つめるカイン。
もっと撫でていたいという衝動に駆られ、ルナリアの右手が勝手に動き出す。
どうにか左手でそれを抑えると、ルナリアは首を傾げた。
「おにーさん?誰だそれ?」
「しらない!ろうやでいろんなことをおしえてくれた!」
どうやらワナルバス邸には逸材が眠っていたらしい。
そうと知っていれば有無を言わさず叩き潰していたのだが…………。
しかし完全に後の祭りなので今更どうすることも出来ない。
綺麗サッパリ未練を断ち切ると、ルナリアは転がるニ柱を指差してニヤリと笑う。
「……まぁいい、さっさと頭が残念な女神共を神界に送り返すぞ」
「ころさないの!?」
ルナリアの言葉が信じられず、目を見開くカイン。
そんな弟子の頭をコツンと小突くとルナリアは困ったように眉をハの字にした。
「あのなぁ、カイン。何でも殺せば良いって訳じゃないからな?」
「だってー!」
そう言ってカインは尚も不服そうにピョンピョンと跳ねる。
「だってー、じゃねぇ。後で地下街の見回りに行く時殺させてやるから」
カインの頬をプニプニと突っつきながら、ルナリアは現実的な妥協案を提示してみる。
「むー」
どうやらお気に召さなかったらしい。
仕方なく説教モードに入ろうかと思ったその時、ルナリアはカインがナイフを見つめていることに気が付いた。
……欲しいのか?
「我慢できたらお前専用のナイフを買ってやるぞ?」
そう言いながらルナリアはカインの目前でナイフをプラプラと揺らして見せる。
「ほんと!?」
一転して歓喜の声を上げるカインに対し、ルナリアは安堵すると同時に溜め息を吐く。
こいつは何でこんな物を欲しがるんだ?
「あぁ、地下街の上にいい鍛冶屋がいるから、そいつの所に買いに行くぞ」
「うん!」
すっかり御機嫌なカインの頭をポンポンと優しく叩くと、ルナリアは女神達の髪を掴むとズルズルと引きずっていく。
その背から滲み出るのは哀愁や殺気ではなく、慈愛の念だった。
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「おい、ナイ。神界に異扉を開け」
エントランスに戻ったルナリアは、そう言うと引きずって来たニ柱を床に叩きつける。
「アァン!」
「ヤッ!……ハァ…………ハァ」
それだけで嬌声を上げる女神達に苦笑いを浮かべながら、ナイは笑いを噛み殺しながらカインを見やった。
「構ワナイガ…………カインハ、ソレデイイノカ?」
「うん!おねーさんがないふをかってくれるからね!」
「ソウカ…………」
そう呟いてカインの返答に目を細めると、ナイはチラリとルナリアを見る。
対して視線を察知したルナリアは、不機嫌そうにフンッと鼻を鳴らした。
「何か言いたいことでもあるのか?」
「イヤ?ソレヨリ早ク処理シナイトダナ」
白々しく首を横に振ると、ナイは虚空からステッキを取りだし、トンッと床を突っついた。
「第六神位権限ニヨリ、此方ニ世界の扉ヲ開カン」
途端にステッキを中心に床を埋め尽くすほどの魔法陣が現れ、すぐにルナリアの目の前に扉を作り上げる。
「ホラ、サッサト終ワラセロ」
そう言うとナイは促すように中指を立てた。
「分かってるさ」
それに答えるようにルナリアは立てた親指を下に向ける。
それを合図に扉が開かれ、室内に凄まじい風が吹き荒れた。
窓がガタガタと悲鳴を上げ、カウンターに置かれた書類が飛び回り、その内の一枚がカインの顔に張り付く。
しかしルナリアは暴風をものともせず、むしろ満足気にニヤリと笑った。
「さーて仕上げだ。二度と喧嘩売るんじゃねぇぞ?」
窒息の可能性など微塵も気にせず女神達の首を掴むと、そう言ってルナリアは噴出源に向かって彼女達を投げ込む。
「オ疲レ、ルナリア」
「本当に疲れた。久々に酒が呑みたい」
「世界ヲ滅ボス気カ?」
「煩い、黙れ。そこまで酒癖は悪くない」
そう言って不機嫌そうにナイに顔を付き出すルナリア。
妙な沈黙の後に顔を合わせていた二人は声を上げて笑い始める。
神界への扉が閉じるまで、魔女の安息所には悪魔達の笑い声が響き続けていた。




