5 極悪非道エルフと情報屋
「中々良い稼ぎになったな」
ルナリアは思わぬ稼ぎに満足して笑顔で街を歩いている。
軽い足取りで彼女が向かうのは二番街 二区にある人魚の泡沫亭という酒場だ。
綺麗な円形をしている地下街には魔女の安息所がある中央広場を中心としてドーナツ状に大通りが三つある。
名前は単純に中心に近い方から順に一番通り、二番通り、三番通りだ。
また、それぞれの通りに接する街は便宜上一番街、二番街、三番街と呼ばれている。
さらに東西南北に四分割した扇状の区分けがなされており、南が一区、東が二区、北が三区、西が四区といった具合だ。
それぞれに民から選ばれた区長が治めており、年に一度魔女の安息所で会合が開かれる。
現在ルナリアが歩いているのは二番街 一区だ。
この地域は飲食店が多く、別名グルメ街とも言われている。
ここで名を上げて地上で商売を始める者も少なくなく、地上で貴族御用達の店の大半はここで店を出していた者達が経営している。
一番凄い出世をしたのは二十年前にサルカン王国に雇われたシェフだ。
彼はここで人気のレストランを開いていた。
店舗を持たない者達も露店を出していることが多く、小腹が空いた人の救済者として街で愛されている。
地下街で一番有名なのはキラーイーグルの手羽先揚げを売っている露店だ。
ルナリアの目に映った露店は何の肉か分からないが、焼いている骨付き肉は美味しそうな匂いを辺りに漂わせている。
「酒場の連中にも久々に会うし、買って行ってやるか」
ルナリアは露店に近付くと深くフードを被り直して肉を焼いている男に笑いかける。
「一本いくらだ?」
「銅貨5枚でさ、何本お求めで?」
「四本頼む」
彼女が顔を上げずに指を四本立てると、店主は愛想よく頷き、手早く骨付き肉を紙に包んでルナリアに渡した。
ルナリアは銀貨を1枚渡すとそのまま立ち去ろうとする。
すると店主は慌てて彼女を呼び止めた。
「お客さん!お釣り忘れてますよ!」
「釣りはいらない。女房と子供に旨いもの食わせてやれ」
「俺独身!」
「なら、馴染みの娼婦に貢ぐといい」
そう言って手をヒラヒラ振るとルナリアは雑踏に姿を消した。
後に残された店主は銀貨を握り締めて普段、まともに信仰していない神に感謝したのだった。
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ルナリアは人混みを掻き分けるようにして裏通りに入ると、先程買った骨付き肉を一つ取り出してパクリと一口食べた。
おそらく香辛料とタレに漬け込んだ肉を焼いたのだろう、丁度いい具合に中まで味が染みている。
これなら酒場の連中も満足するだろ。
と、その時彼女の服の裾がクイッと引かれた。
ルナリアがサッと片手にナイフを構え、裾を引いている主を確認する。
見た目は十五、六の少女。
髪は透き通るような水色。
何よりその顔に彼女は見覚えがあった。
ルナリアがナイフをベルトに戻すと、裾を引いていた少女はカラカラ笑って彼女に抱きついてきた。
ルナリアが優しく抱き締めると、少女は嬉しそうにエヘヘと笑う。
「リリ!綺麗になったなぁ」
リリというのはルナリアが代々契約している情報屋の一族の娘だ。
ルナリアとしてはかなり思い入れがあり、幼い頃から護身術の手解き等をしていた。
「やめてよ、姉御。惚れたらどうするのさ?」
そう言ってリリはルナリアから離れると顔を赤らめた。
この仕草を見る度にルナリアは本当に惚れられているんじゃないかと心配になる。
まあ、この子の祖母と母親の時は杞憂に終わったしこの子も大丈夫だとは思うが。
「その時は私よりいい男を紹介してやる」
「それ、婆さんと母さんにも言ったって聞いてるよ?」
「実際、紹介してやったぜ?」
「どこら辺がいい男なのか教えて欲しいな!大酒呑みで禿で声がデカくて息が臭いんだよ!」
リリは目を吊り上げて捲し立てるようにそう言い放った。
自分の父親の事をここまで言うとは驚きだ。
紹介した当時はイケメンで頭のキレる最高スペックだったんだがな……。
「そう言ってやるな。お前の父親の代で情報網が三倍にまで広がったんだからな」
「そうだけどさ……っと忘れてた!親父から姉御に伝言があるんだった」
「何て言ってた?」
「俺はもう引退するから娘の後ろ楯としてよろしく頼むってさ」
そうか、あいつも遂に引退か。
人間は世代の移り変わりが早いな。
そうすると次の代は、まさか……。
「は?それじゃ、もしかして……」
ルナリアが目をパチパチさせると、リリはニパーッと自慢気に笑う。
「そう!今はリリが情報屋稼業をひきついだんだ!」
「嘘つくな」
ルナリアが眉一つ動かさずに言うと、リリは憤慨して抗議の視線を彼女に向ける。
「そりゃないよ!何ならさっき姉御が殺した相手の名前と仕事を教えようか?」
「いつの間に知ったんだよ…………」
「リリの代になってから情報網は親父の時の二倍に増えたから、これぐらい余裕」
「まったく、しばらく見ない内に立派になりやがって……」
ルナリアが感嘆しつつ頭を撫でると、小さな情報屋は顔を赤らめて俯いた。
この様子なら男共が放っておかないだろうに。
一頻り撫でられ続けるとリリは骨付き肉を目敏く見つけ、ルナリアの方を物欲しげに見てくる。
「姉御、一本頂戴?」
「ダメだ。これから馴染みの酒場に持ってくんだよ」
「馴染みの酒場って、人魚の泡沫亭のこと?」
「だとしたら何だ?」
骨付き肉をガードしながら聞き返すと、リリは気まずそうに頬を掻いてルナリアから目を逸らした。
「その、言いにくいんだけどさ」
「何だ?はっきり言え」
そう言ってルナリアが骨付き肉を渡すと、リリは意を決したように口を開いた。
「あの酒場の奴等、全員殺されたんだよ」