56 極悪非道エルフと忌子狩りの王 1
地上の人間が今のルナリアを目の当たりにしたならば、口を揃えて魔王と呼ぶだろう。
堂々と歩く姿は屍をも震え上がらせ、纏っている黒い魔力は生物が死を直感するほど邪悪な気配に満ちていた。
そしてユラリと動く目は黒々とした光を放っており、見られたら最後、脳が認識するよりも早く身体が生きることを諦めるだろう。
辺りを見回して生きている者がいないのを確認すると、ルナリアはフッと場違いなほど優しい笑みを浮かべた。
「…………他愛も無い」
ものの数秒で虐殺を終えたルナリアは、余裕そうに指をパキパキと鳴らして王宮へと歩き出す。
不自然なほど綺麗な門を砂に変え、生気の感じられない庭園を砂場にすると、王宮の扉の前に立ち、それを消し去って、ルナリアは剣を振り上げて不気味な笑顔を浮かべる。
「さぁ、滅びの時だ」
刹那、黒い魔力が竜巻のように吹き荒れ、周囲の建物を全て砂へと変えていく。
黒い竜巻は段々規模を拡大し、死都を呑み込んでいった。
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ものの数分で死都は砂漠となり、残されたのは砂漠に立つ巨大な黒い槍とルナリア、そして彼女の正面に立つ男だけだ。
長い金髪にサファイアの様に青い目。
ルナリアの魔力を身に受けながらも男は不敵な笑みを浮かべ、彼女の目を真っ直ぐ見返している。
普通の人間ならば彼から溢れ出る高貴なオーラに当てられ、その場に膝をつき、頭を垂れた事だろう。
しかしルナリアは剣を鞘に戻して彼を睨み付けると、見せ付けるように中指を立てた。
「御託はいらん。死ね、リュクセリ王」
吐き捨てるように言うと、ルナリアは魔力を炎のように揺らめかせる。
「身の程を知れ、小娘」
狂気を孕んだ笑みを浮かべて言い返すと、リュクセリ王は両手を広げ、数多の魔法陣を空中に描き出す。
その一つ一つが最高位の攻撃魔法の魔法陣である事に気が付いたルナリアは、彼が本気であることを覚り、密かに口角を吊り上げた。
……どうやら今回も私を殺すつもりらしい。
学習しない奴だ。
「…………フッ」
緊迫した雰囲気の中、ルナリアは小さく笑い声を洩らした。
「…………何がおかしい?」
彼女の不可解な行動に違和感を覚え、そう問い掛けるリュクセリ王。
しかし彼は気付いていない。
それこそが、ルナリアの狙いであったことを。
「間抜け」
問い掛けた事によってリュクセリ王が僅かに集中を切らした瞬間、ルナリアは目にも留まらぬ速さでベルトからナイフを二本抜き取り、彼に投げ付ける。
「ガッ、グオッ…………!!」
ナイフに心臓と頭を貫かれ、リュクセリ王は呻き声を上げてその場に膝をついた。
しかしこの程度で手を緩めるルナリアではない。
休む事なく弓を構え、矢に魔力を籠める。
「【禁弓四式 鳳仙花】!」
簡易詠唱と共に矢を放ち、すぐに弓を肩に掛け直すと、ルナリアは剣の柄に手を掛けて地面を蹴った。
一方、ようやく立ち上がったリュクセリ王は、目の前に迫る矢を見て呆然と立ち尽くす。
次の瞬間、数多の矢がリュクセリ王の身体を貫き、全身から伝わってくる痛みに彼は声の出ない口を必死にパクパク動かした。
「仕上げだ。芋虫の如く不様に地面を這い回れ」
そう言うとルナリアはニッと笑い、凄まじい速度で剣を振るってリュクセリ王の四肢を切り落とす。
「ウグァァァァア!!」
激痛に顔を歪め、獣染みた叫び声を上げるリュクセリ王。
「煩い、黙れ」
背筋が凍るような声でそう言うと、ルナリアはリュクセリ王から二本のナイフを引き抜くと、彼の頭を踏み割る。
すると脳や目が辺りに散乱し、見るに耐えない光景が出来上がった。
「…………フンッ」
不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ルナリアはナイフをベルトに戻し、剣を鞘に納める。
そして付近に何の気配も存在しない事を確認すると、ルナリアは無惨な姿になったリュクセリ王に背を向け、歩き出した。
次の瞬間、消えずに残っていた魔法陣から一斉に魔法が放たれ、次々とルナリアに襲い掛かる。
しかしこうなることを予測していたルナリアは、慌てる事なく魔力を背中側に集め、飛んで来た魔法を全て掻き消した。
追撃に警戒しなが背後を振り返ると、ルナリアは憂鬱そうに溜め息を吐く。
「何で死なないんだよ……?」
そう言うルナリアの視線の先には、元の姿に戻ったリュクセリ王が平然と立っていた。
彼に気付かれないように復活の原理を暴こうと、ルナリアは周囲一帯の魔力の流れを探る。
やがて魔力の源を突き止めたルナリアは小さく舌打ちした。
「神界から三つの流れ…………フェルディーア、リンオルティ、後はトルテナコルトか……?」
しかし、その流れも不安定に成りつつある。
どうやら何者かが神界を襲撃しているらしい。
大方カインかナイが悪魔夫妻を焚き付けたのだろう。
ルナリアがそんな事を考えていると、リュクセリ王は再び魔法陣を空中に描き出し、嘲笑うように高笑いを響かせる。
「見事だ、小娘。この程度の事は予想していたか?」
思考を巡らせているルナリアを他所に、リュクセリ王は感心したようにポンポンと手を叩きながら彼女に問い掛ける。
「当たり前だ、私を誰だと思ってる?」
ルナリアは静かにそう答えると、ナイフを抜き取って両手に構えた。
「誰であろうと構わん」
そう言うとリュクセリ王は魔法陣から剣を二本取り出し、慣れた手つきでそれを構えると、侮蔑を含んだ笑みを浮かべる。
「オレアスト王国六代目国王、リュクセリ・オレアストの名において貴様に私を殺害する権利を与えよう。今ここで、我は貴様に決闘を申し込む」
かつてリュクセリ王が敵対者と対峙した時に使ったとされる古い文言だ。
生前、彼が決闘において負け知らずだった事を考えると、受けるのは愚策と言えるだろう。
しかし本当の意味で師匠の仇を取るならば、これ程良い策は他に無い。
「殺人ギルド十五代目師範、ルナリア・フォルメール。決闘の誘い、慎んで御受けする」
師匠から継いだ肩書きを名乗り、ルナリアは殺気を顕にする。
忌子狩りの王と元忌子のエルフ。
両者の剣がぶつかり合うのは時間の問題だった。




