53 極悪非道エルフと死都の墓守り
「止まれっ!」
森を歩くこと二十五分―――。
唐突に樹上から声が響いた。
ルナリアは足を止めると、慣れた手つきで弓を構えて矢を放つ。
「ギャッ!」
矢は樹上の人物当たったようだが、死体が地上に落ちてくることはない。
またか、と呟くとルナリアは弓を下ろして再び歩き出す。
その後ろをトコトコと付いていきながら、カインは退屈そうに欠伸をした。
「ねーねー、おねーさん」
「何だ?カイン」
「あとどれくらいで、つくの?」
「十歩」
「ほんとー?なにもみえないよ?」
「なら、目を擦って前を見てろ」
そう言うとルナリアは弓を構え直し、矢をつがえてそれに魔力を籠める。
「鏑矢の代わりに良い音を奏でろよ?【禁弓三式 黄釣船】!」
ヒュンッという風を切る音と共に矢は木々の合間を縫って飛び、やがて見えない壁へと突き刺さった。
すると矢を中心に赤い魔法陣が展開され、数秒後には白く光る巨大なドーム状の結界が現れる。
途端に白いドームは徐々に赤い光に侵食され始め、カインが欠伸を終える頃には真っ赤なドームに姿を変えていた。
真っ赤に染まったドームを満足気に眺めながら、ルナリアは作戦を練っていく。
殺すだけなら簡単だが、それでは味気ない。
師匠の仇だ、生き返ったことを後悔させてやろう。
そんなことを思いながら考えること三十秒。
作戦を完成させたルナリアはニッと笑って弓を肩に掛ける。
「行くぞ。お前にも少し手伝って貰うからな」
「わかった!」
半分怨念で思い付いた作戦を胸に秘め、ルナリアは悠々と歩き出した。
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「すごーい!おっきいね!」
赤い結界を通り抜けると、カインは目の前の光景に感嘆の声を上げる。
二人の眼下には墓と言うには余りにも豪華で巨大な建造物が佇んでいた。
市街地を囲むようにして造られた城壁、生者がいなくなって久しいにも関わらず白い光沢を保っている大理石の家々、それらの中心にそびえ立つ巨大な城。
かつては白百合の都と讃えられた街だが、そびえ立つ黒く巨大な槍がそれらを台無しにしていた。
城壁の街を冷めた目で見下ろして、ルナリアは溜め息を吐く。
「死都ノルディアン。元々エルフ達の王国の首都だった所だ。ほら、行くぞ」
そう言うとルナリアはカインを抱え上げ、白い街へと身を踊らせた。
「わあぁぁぁぁあ!!」
唐突の自由落下にカインは叫び声を上げる。
覚悟を決める時間が欲しかったと、弟子は珍しく師に対して恨み言を呟いたのだった。
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スタッと事も無げに地面に降り立ち、ルナリアはカインを腕から下ろして周囲を警戒した。
そして敵が周囲に居ないことを確認すると、ルナリアは警戒を解いて膝を折り、カインと目の高さを合わせる。
「大丈夫か?」
「う、うん」
何とかと言った具合に頷くカイン。
そんな彼の頭を撫でながら、ルナリアはニッと笑う。
「お前は強いな。私が師匠に同じことをされたときは散々吐いたもんだ」
「ソレハ、ドッチノ師匠ノ話ダ?」
妙に耳障りな声が響いたと思うと、ルナリアの背後には黒いコートを着込んだ一つ眼の男が立っていた。
赤い髪に紫色の巨大な眼。
忘れる筈の無い姿にルナリアは安堵する。
だがリュクセリ王が甦っている以上、油断はできない。
ルナリアは素早く弓を構えて矢をつがえると、男の巨大な眼に狙いを定める。
「オヤ、随分ト嫌ワレタモノダナ」
そう言って大袈裟に肩をすくめる男に対して、ルナリアは眉一つ動かさずに尋ねる。
「墓守り、お前は味方か?」
「味方?ハッハッハ!ラシクナイジャナイカ、ルナリア。私ハ偽善者ダ、誰ノ味方ニモ成ルシ、誰ノ敵ニモ成ル」
「なら質問を変えるぞ?お前はリュクセリ王の仲間か?」
「ソンナ不名誉ナ事ガアッテタマルカ」
憤慨しているのか、墓守りは不機嫌そうな声で答える。
「そうかよ」
そう言うと警戒を解いて矢を矢筒に戻し、ルナリアはポカーンとしているカインに笑い掛けた。
「こいつは墓守りだ。悪魔とエルフのハーフで昔からノルディアンに住み着いてる」
「へー、そうなんだ。……なまえは?」
「ナイ」
本当に名前が無いのだから悲しい奴だ。
「ないさんっていうんだ!」
だがそんな者がいるとは思わなかったのか、カインはニパーッと笑ってそう言い放った。
「エッ、イヤ違―――」
予想外の答えに墓守り改め、ナイは狼狽する。
しかしそんなことはどこ吹く風と言うようにカインは無邪気に笑った。
「よろしくね!ないさん!」
「イヤ、ダカラ―――」
ルナリアに目で救援要請を送るナイ。
だが当のルナリアはゲラゲラ笑ってナイの肩を叩いた。
「諦めろ、ナイ。それにいい加減呼び名がないと不便になるぞ?」
「墓守リノママデ、カマワンヨ」
「馬鹿だな、お前は。墓が無くなるのに墓守り続けられると思うか?」
「ハ?」
不可解な言葉にナイは訝しげに眉をひそめる。
対してルナリアは邪悪な笑みを浮かべ、話を続けた。
「私がリュクセリ王と戦いに来たんだ。今度は槍一本じゃ済まさねぇぞ?」
「ソウカ、ナラ墓荒ラシト、生キ返ッタ馬鹿ヲ始末シテクレ。二度ト生キ返レナイヨウニナ」
そう言うとナイは指をパチンッと鳴らして、何処からか黒いステッキを取り出す。
ハッとしてルナリアが周囲を確認すると、いつの間にかハイエルフ達が武器を構えて三人を囲んでいた。
「クソッ、いつの間に……!」
「今ヤ此処ハ、リュクセリ王ノ御膝元ダ。ドコカラ現レタッテ不思議ジャナイ」
吐き捨てるようにそう言うと、ナイはステッキを構える。
戦いの時はすぐそこまで迫っていた。




