52 極悪非道エルフの食休み 2
「脅かせるな、ラグザール。危うく殺すところだったぞ?」
溜め息混じりにそう言うと、ルナリアは剣を下ろした。
「そうですか…………久々に手合わせしますか?」
不穏な笑みを浮かべながら冷たい声で答えると、ラグザールはルナリアに弓と矢筒を手渡す。
「ふざけるな、お前と手合わせしたら大陸が消し飛ぶ」
悪態を吐きつつ手早く矢筒を装備し、次いで弓の調子を確かめるとルナリアは満足気に笑った。
「良し、異常無しだ」
「そうですか…………」
殺意の籠った目でルナリアを見詰めながら、ラグザールは静かに呟く。
彼の様子に違和感を感じたルナリアは、弓を肩に掛けると首を傾げた。
「どうした、ラグザール?仇を見るような目をしてるぞ?」
「いえ、この弓が私の部屋の壁を壊していたので、つい…………」
…………どうやら転移魔法が失敗したらしい。
自分の部屋が多少壊れるのは想定していたが、よもやラグザールの部屋の壁の中に転移していたとは思わなかった。
「それは、その…………面白かったろ?」
「ええとても」
笑顔でそう答えるラグザールだが、目が全く笑っていない。
目を離したら首から上が無くなりそうだ。
「ヤバいな」
「おねーさん、どーしたの?」
いまいち状況が理解できないカインは寝ぼけ眼を擦って首を傾げた。
「殺る気満々の執事に目を付けられた」
「ころしたら?」
「出来ないわけじゃないが、面倒だ。本気のラグザールと殺りあったら、決着まで最長二年掛かる」
「そっかー…………」
うーん、と唸りながら弟子は動けない師の代わりに思案を巡らせる。
やがて良い案を思い付いたのか、カインはクルリと後ろを振り返り、アリスの裾を引いた。
「ねーねー、ありーさん。どうにかできない?」
「できるけど、上手くいくか分からないよ?」
「らぐーの、きがそらせるなら、なんでもいーよ!」
「ふーん…………分かった、やってみるね」
そう言ってアリスは瞬時にラグザールの背後へと転移する。
そしてアリスが彼の目を手で覆って耳を甘噛みすると、ラグザールは「ふわわわ」と情けない声を出してその場に膝を付いた。
…………意外な弱点だな。
一方カインはしてやったりというような顔で笑い声を上げ、ルナリアを見上げた。
「おねーさん、いまだよ!」
「おう!」
珍しく役に立った弟子に力強く頷くと、ルナリアは少し力を込めてラグザールの顎を蹴り上げる。
「ガッ…………!!」
完全に不意打ちだったのが効いたのか、ラグザールはアリスを巻き込みながら後ろに倒れると、そのまま動かなくなった。
慌ててアリスが彼の魔力を透かし見て、生きているか確認する。
「…………うん、気絶してるだけだね」
親指をグッと立て、アリスはルナリアに彼の無事を伝えた。
「はぁー、無駄に疲れた」
緊張が解けてその場に座り込むと、ルナリアはカインの頭をワシャワシャ撫でる。
「良い判断だったな、カイン」
「えへへ、ほめられた」
嬉しそうに目を細めるカイン、そんな彼を見てルナリアはニヤッと笑った。
その瞬間、ルナリアの脳裏に過去の光景が思い起こされ、彼女の手は意図せず動きを止める。
「師匠…………」
ポツリと呟くルナリアの顔を一筋の雫が流れていった。
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撫でる手が止まり、そのまま頭の上に置かれているのを不思議に思ったカインは、ルナリアの手を頭から退けて彼女の顔を見上げる。
その直後、カインの顔にポタリと水滴が落ちてきた。
「おねーさん、ないてるの?」
そう尋ね、カインは無邪気に首を傾げる。
「ん?あぁ…………泣いてるのか、私は」
目から溢れてくる涙を拭いながら懐中時計を取り出すと、ルナリアは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「そうか、今日は夏節65日だったか…………道理で懐かしい記憶が甦るわけだ」
「かなしいの?」
「いや、毎年この日は勝手に涙が出てくる」
「へんなの!」
「ハッ、違いない」
そう言って自嘲気味に笑い、懐中時計を仕舞うと、ルナリアは立ち上がって服に付いた土を払う。
「さて、そろそろ出発するぞ。世話になったな、アリス」
そう言うとルナリアは笑顔でアリスに視線を向け、そして後悔した。
「ペロッ…………ンフフ、ピクッて動いた♪本当に耳が弱いわよね~。って、あれ?お嬢様何か言った?」
目が完全に淫魔と同じになっている。
あれは完全にスイッチが入ってるな。
「何でもない、続けてくれ。カイン行くぞ、ここにいたら汚染される」
顔をしかめてそう言うとルナリアはツカツカとその場を離れていく。
「わかった!ばいばい、ありーさん!」
アリスに手を振りながらカインは急ぎ足でルナリアに付いていく。
その時誰も気付いていなかった。
ルナリアの目から溢れてくるのは涙だけでなかった事を。
【暦】
一年は364日で統一。
春節、夏節、秋節、冬節の四つに分かれている。




