4 極悪非道エルフとスリと臓器
「相変わらず良いものを発明するよなぁ」
外に出たルナリアはマントの出来に満足していた。
アイテルからのプレゼントであるそれはフードが付いており、丈も腰までと短めになっている。
走り回るときにマントが足に絡まない為の配慮だろう。
本当に気が利く魔女だな。
その上、視線避けの魔法が掛けられている為、通行人は彼女を気にすることなく普段通りに生活している。
いつもなら悲鳴を上げたり泣き叫んだりとお祭り騒ぎを繰り広げる彼らが、自分に気付かずに目の前を通り過ぎて行くのは彼女にとってこの上ない幸福だった。
ようやくこの街の一員として迎えられた。
そんな気分だ。
感傷に浸っていると一人の男がルナリアにぶつかってきた。
「おっと、ゴメンよ」
ルナリアはそそくさと立ち去ろうとする男の腕を捻り上げると足払いをかけて彼を地面に転がした。
「ってぇ!?何しやが―――っていなさるのでしょうか?」
威勢よく言い返そうとしたのだろうが、ルナリアを認識した彼にそんなことができる筈もなく、結果的に面白い敬語が飛び出てきた。
至近距離で弓矢を向けられていれば誰でも動揺するだろう、むしろ彼は落ち着いている方だ。
ルナリアは顔色一つ変えずに男を見下ろすと冷たい声で一言。
「スリで学が無いとしても敬語くらい身に付けておけ」
「はいぃぃぃぃい!!すいませんでしたっ!!」
「一々煩い奴だな……ほら、金を出せ。出さないなら殺す」
「はい!どうぞ!」
そう言うと彼はルナリアから盗んだ金貨を彼女に差し出した。
だが彼女は眉をピクリとも動かさず、冷たい目で彼を見下ろしたままそれを受け取ろうとしない。
「有り金を全て出せと言ったんだ。まさかそれだけじゃないだろう?」
「か、勘弁してくださいっ!俺にも養わなきゃならねぇ家族がいるんですよ!」
「知るか、私に喧嘩を売ったお前が悪い。何ならお前の腹をかっさばいて中身を臓器売りに売り付けても良いんだぞ?」
そう言ってルナリアが冷たい笑みを浮かべると、男はポケットから大量の銀貨を取り出して彼女に差し出す。
「これで全部です!」
「嘘だったら殺すぞ?それを踏まえた上で答えろ、もう金は持ってないな?」
「は、はい!」
そうか、と言って頷くとルナリアは構えていた弓を元に戻して素早く男のベルト裏にある隠しポケットから金貨を取り出した。
途端に男の顔が真っ青になるが時すでに遅し、どこからか現れた水が男の口から侵入して彼の気管を塞ぐ。
「…………!―――!?」
ルナリアは呼吸ができずに喉を掻き毟る男を嗜虐的な笑みを浮かべて見下ろした。
しばらくすると男はパタリと力尽きて死体に早変わりする。
彼の心臓が動かなくなったのを手を当てて確認すると彼女は死体を担ぎ上げて歩き出した。
向かう先は臓器売りの老舗である”グールの歓楽庵“だ。
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グールの歓楽庵は地下街ができて以来ずっと続く業界屈指の名店だ。
確かな品質と保存技術で他の追随を許さない。
その上、店主は代々目利きである事が有名で、僅かでも傷が付いていたり、生前に持病を持っていたりするのを一目見ただけで見抜いて買い取りを拒否することも珍しくない。
豪華な造りの扉を開けて中に入るとホルマリン漬けにされた内臓や腕など、多種多様な商品が店一杯に置いてあった。
それらの間をすり抜けると店主の前でルナリアはフードを取る。
「買い取りを頼む」
「っ!?」
日頃から死体とゴロツキを相手にしているであろう店主でも死体を担いだルナリアを見ると、その場で飛び上がった。
ハゲで恐ろしい顔をした男が無表情で飛び上がる様を見てルナリアは苦笑する。
店主は飛び上がった事に赤面していたが、すぐに顔を改めると、何も言わずに彼女を店の奥に案内する。
店の奥は厨房のような見た目になっていた。
銀色の作業台と包丁やメス、ノコギリが壁に幾つも掛けられている。
店主は作業台を指差して死体を置くように指示を出す。
それに頷くとルナリアは死体に傷がつかないように丁寧に作業台にそれを置いて店主に向き直った。
「まるごと引き取ってくれるか?」
「構わねぇが、そいつの名前とかは分かんのか?」
「知らん。倒れているところを保護した途端に息を引き取ったからな」
嘘も良いとこだ。
しかし、店主は慣れているのか適当に頷いて、死体の値付けを始める。
手を持ち上げたり、目蓋を持ち上げて目を見たりなど作業は多岐にわたった。
十分程死体を見ると店主は値付けの結果を紙に記してルナリアに手渡してくる。
彼女はそれを受け取ると満足気に笑って頷いた。
「腑分け作業料を引いて金貨8枚か…………これで頼む」
「はいよ」
そう言うと店主は金庫から金貨を取り出して彼女に手渡す。
ルナリアはその内の1枚を彼に返すとニヤッと笑った。
「これからも頼むぞ?」
「御贔屓にどうもな!」
店主は金貨を受け取って恭しく頭を下げる。
「落ち度もないのに私に頭を下げるな」
その頭を無理矢理上げさせるとルナリアは笑顔で手をヒラヒラ振って店を出ていった。
金貨を握り直すと店主は再び顔を赤くして彼女を見送る。
「“滅国の悪魔”と聞いていたが…………中々可愛らしい笑顔じゃねぇか」
そう呟くと彼はルナリアファンクラブの結成を心に決めるのだった。