44 極悪非道エルフの国滅ぼし ~セレナディア皇国編~ 6
時を遡ること四十分―――。
部屋の前に人の気配を感じ取ったルナリアは、サッと身を起こして周囲を警戒する。
しかし変貌した部屋の内装を前に思わず息を飲んだ。
「冗談だろ?」
家具が全てキノコに変わり、部屋自体も巨大なキノコをくり貫いたような感じになっている。
勿論頑丈な扉は無くなり、ルナリアが望めばいつでも出られるようになった。
「……にしても、何事だ?」
ベッドから下りて伸びをすると、ルナリアは首を傾げる。
壁に立て掛けてあった弓と矢は辛うじてキノコによる侵食を免れているが、この状況ではどうなるか分かったものではない。
「仕方ない、一旦預けるか」
魔力の玉を作り出すとルナリアは魔法陣を展開して、そこに弓と矢筒を置く。
「【第三界位より、第二界位へ。マライノールの抜け穴よ、我が前に開け】!」
詠唱と同時に魔法陣は弓と矢を飲み込み、姿を消してしまった。
魔法陣が消えるのを見届けると、ルナリアはベルトから元軍神の剣であるナイフを取り出し、床に突き立てる。
「剣」
ルナリアの命令に応じてナイフはガタガタと震え始め、ガタンッと一際大きく振動すると人魚の泡沫亭で見たときの姿に戻った。
鍔がなく、真っ直ぐな両刃の剣。
軽く、硬く、鋭いと素晴らしい三拍子を兼ね備えた見事な一品を床から引き抜くと、ルナリアはそれを軽く振って調子を確かめる。
「…………悪くない」
そう呟くとルナリアは近くにあったキノコに腰掛け、ポケットから干し肉を取り出して頬張った。
少し固い肉をストレス発散も兼ねて激しく咀嚼すると、ルナリアは肉を飲み込んで深々と溜め息を吐く。
「外にいる奴は何をしてるんだ?」
「ああああぁぁぁぁーーーー!!」
まるでルナリアの疑問に答えるように叫び声が上がった。
ルナリアは一瞬ポカーンとしていたが、すぐに食べかけの干し肉をポケットに仕舞い、壁に向かってスタスタ歩いていく。
「さて、御仕事の時間だ」
ニヤリと笑ってそう言うと、ルナリアは剣で壁を切り裂いた。
$$$
壁を壊して外に出たルナリアの視界にまず入ってきたのは、全身が人の部位で出来た百足、そしてそれに喰われているエルフの男だ。
百足の姿を見たルナリアは瞬時に現状を理解した。
こんな化物を呼び出す魔法など、そうあるものではない。
「悪夢の晩餐会か……!」
かつて師が国中を巻き込んだドッキリをした時の記憶を、ルナリアは苦笑いを浮かべて思い出した。
見事に人が大量に喰われ、ドッキリでは済まなくなったのを、師は青い顔をして眺めていた気がする。
まぁ、私のせいだが。
それはそうと、これ程大規模な魔法を瞬時に発動できるのは一人しかいない。
ショタの皮を被った殺人狂い、つまり馬鹿弟子だ。
「ったく、好き勝手暴れやがって…………」
口では文句を言っているルナリアだが、口元には笑みが溢れている。
そんな彼女を見て百足は首を傾げながら、エルフを飲み込んだ。
思案するかのように間を置くと、百足は大きく口を開けてルナリアに飛び掛かろうと足に力を込める。
「ちょっと待て、よっ!」
その瞬間、ルナリアのチョップが顔面に炸裂した。
「ギギィ!?」
痛む額を押さえながら、百足は目を白黒させる。
獲物だと思った者が突然攻撃してきたのだ、無理もない。
ルナリアは剣の腹で百足の足をトントンと叩くと彼に笑いかけた。
「おい、百足」
「ギイ?」
「餌が欲しいなら私に付いて来い」
「ギュギィィィィイ!!」
恍惚とした表情で百足は喜びの声を上げる。
そんな彼にニヤリと笑いかけると、ルナリアは剣を持った手をダランと垂らして歩き始めた。
その後を嬉々として付いていく百足。
一人と一匹が仲良く歩く姿は、さながら悪夢だった。
$$$
同時刻、王座の間―――。
今や王座の間はハイエルフと虫達が攻防を繰り広げる戦場と化し、リンドール王もまた虫達と果敢に戦っている。
「王よ、ご無事ですか!?」
リンドールの背後から襲い掛かる蜘蛛を撃退すると、ハイエルフの男は息を切らしながら王に問い掛けた。
「私は大丈夫だ!皆は無事か!?」
リンドールは剣を振るって蜘蛛を牽制すると、腹の底から声を出す。
「はい!」
「ならば、エルフの美しい剣術を醜い虫共に見舞ってやるがいい!」
そう言うとリンドールは蟷螂の懐に飛び込み、二つの鎌を切り落として眉間に剣を突き刺す。
「我に続けぇぇぇぇえ!!」
「「うぉぉぉぉお!!」」
彼の言葉に答えるようにハイエルフ達の剣線は一層激しくなった。
百足の腕は切り落とされ、蜘蛛の腹は二つに裂ける。
反撃しようと突進する蝗を弾き飛ばし、空中から襲い来る蜻蛉を返り討ちにする姿はまさしく修羅そのものだ。
対して虫達は先程のピンチが嘘であったかのように奮戦するハイエルフに危機感を覚えていた。
「ギィ……!」
「キュカケケ!」
悲鳴を上げて倒れていく同胞を見て虫達は徐々に後退していく。
「そのまま、押しきれ!神は我らに味方したぞ!」
剣を振り上げリンドールは高らかに声を上げる。
「「リンオルティ様の御名の下にっ!!」」
王に答えるようにハイエルフ達は腹の底から叫び声を上げた。
だが彼等の一体となった雰囲気を嘲笑うように、リンドールのすぐ近くにいたハイエルフの首がゴトンという音を立てて床に転がり落ちる。
ギョッとしてリンドールが辺りを見回すと、蜘蛛の死骸の影から鹿の骨で作られた仮面を被り、黒いマントを羽織っている女が現れた。
「契約者……!」
戦くリンドールに何も言わず、ルナリアは腰に掛けていた剣を引き抜き、二本の剣を構える。
彼女の仮面の端から漏れる赤い魔力が、リンドールの行く末を物語っていた。




