43 極悪非道エルフの国滅ぼし ~セレナディア皇国編~ 5
蟷螂は獲物が上げる断末魔に聞き惚れ、蜘蛛は糸で動けなくなった獲物を見上げて愉悦に浸る。
蟻達は獲物を奪い合って争い、百足は獲物に巻き付いて勝ち誇ったように笑い声を上げた。
蝗は前足で獲物を押さえ付けて豪快に咀嚼し、蜻蛉は獲物の頭を噛み割って脳を美味しそうに啜る。
そんな阿鼻叫喚の園を歩きながら、カインはエルフを捕食し続ける虫達を上機嫌に眺めていた。
「みんな、がんばってるね!」
現場を視察に来た頭取の如く、カインは時折虫に手を振りながら街を練り歩く。
二十五分後―――。
美味しそうに頭をかじっている蟷螂に手を振っていた時だった。
突然カインの近くにいた蜘蛛の胴に矢が突き刺さり、凄まじい叫び声が上がる。
「だいじょうぶ!?」
慌てて蜘蛛に駆け寄るカイン。
「グギィ…………」
蜘蛛は傷口から緑色の体液を流しながら弱々しくカインを見上げた。
「むりしないで」
回復魔法を使おうとカインは蜘蛛に手を翳す。
その瞬間矢が再び飛来し、蜘蛛の眉間を貫いて彼に止めを刺した。
苦悶の表情のまま息を引き取った蜘蛛の為に、カインは数秒程黙祷を捧げる。
「…………おつかれさま、ありがとね」
動かなくなった蜘蛛の瞼を下ろし、カインは魔力を展開して矢が飛んできた方向を見やった。
薄霧の向こうに見えるのはたった一つの人影だ。
動揺する虫達を目だけで落ち着かせると、カインは魔力を集中させる。
「【縛鎖展開】!!」
カインの手から放たれた青い鎖は人影へと延びて巻き付く。
それによりバランスを崩したらしく、人影は地面に倒れた。
「うまくいったかな?」
カインはナイフを握り締めて捕縛されている人物に一歩一歩慎重に近付く。
カインが近付くにつれて人影の正体が段々ハッキリしてきた。
そしてカインが相手を視認できる位置まで来ると、地面に転がっている彼はジタバタと暴れだす。
「貴様っ!私をセレナディア皇国第二皇子レイドールと知っての狼藉か!?」
「え、だーれ?そのひと」
首を傾げてそう言うと、カインはナイフを逆手に持って振り上げた。
だが、どこからか飛来した矢によってナイフはカインの手から叩き落とされる。
「【防壁展開】!!」
第二の矢を予測してカインは防壁を展開した。
「あ、れ……?」
しかし、それが不味かったのだろう。
街を覆う結界は壊れ、虫達は消え去った。
その上、レイドールを縛っていた鎖は無くなり、防壁も展開できていない。
「なんで……?」
禁術と魔法を同時に使いすぎたが故に、カインの魔力は枯渇していた。
だが今まで魔力を枯渇させた事の無かった神童は、そんな基礎的な事を知らないのか目を白黒させている。
レイドールは立ち上がって剣を抜くと、切っ先をカインに突き付けた。
「フンッ、何者かは知らないが私を縛って生きていられると思うなよ?」
そう言いながら不遜に笑うレイドールを睨みながら、カインはスルリと彼の横をすり抜けてその場から逃げ出す。
だがレイドールはカインを追わずにクツクツと含み笑いを漏らした。
「そちらは危ないぞ?」
レイドールの忠告?を無視して走るカイン。
しかし風が霧を吹き飛ばした途端、カインは足を止め思わずその場に立ち尽くす。
「あ…………!」
カインの視界一杯に黒いフードを被ったエルフ達が映しだされた。
その上彼等は弓に矢をつがえ、カインに照準を合わせている。
「諦めたまえ、忌子の少年」
嘲笑するような口調でそう言いながらレイドールはエルフ達の前に立ち、剣を振り上げた。
あれが振り下ろされると同時に矢が放たれるのだろう。
残念ながら今のカインには矢を防ぐことも避けることもできない。
「言い残すことはあるかね?」
下卑な笑みを浮かべながらレイドールはカインにそう聞いた。
対してカインは何も言わず、悔しそうに歯を食い縛る。
少なくとも命乞いをするほど彼は落ちぶれてはいない。
「フン、ならば無言のまま消え去るがいい」
詰まらないと言いたげに冷たい目をすると、レイドールは剣を振り下ろそうと腕に力を込める。
その瞬間凄まじい速度で動物のような黒い塊が飛来し、ヒュンッと風を切る音が僅かに聞こえた。
「な、何だ?」
自分の後ろに着地した者を見ようとレイドールは後ろを振り向く。
その直後彼の頭は胴から離れ、ドンッという音を立てて地面に落ちた。
「「ギャァァァァア!!」」
ワンテンポ遅れてエルフ達は叫び声を上げる。
その様子を見て飛来した者は立ち上がりながら、ゲラゲラと聞き慣れた笑い声を上げた。
「これでセレナディアは終わりだな?ざまぁみろ」
「おねーさん!?」
思わずカインは驚きの声を上げる。
すると彼女はカインの方を振り向いてニヤッと邪悪な笑みを浮かべた。
「よう、カイン。説教は後だ、今は馬鹿共の皆殺しに専念するぞ!」
いつもと違い、弓ではなく剣を構えるルナリア。
彼女の纏っているマントには一人分とは思えないほどの血が付いていた。




