42 極悪非道エルフの国滅ぼし ~セレナディア皇国編~ 4
その光景は悪夢と例えるしかなかった。
空は紫色に染まり、辺りは霧に包まれ、家々は巨大なキノコに変貌する。
何より恐ろしいのは突如出現した人と同じくらいの大きさがある巨大な虫達だ。
大きい虫というだけでも嫌悪感を持つというのに、この場に現れた虫は体の全てのパーツが人間のもので出来ている。
蜘蛛や百足、蟻に蟷螂、蝗と蜻蛉。
その全てが人の顔を持っている化物だった。
虫達は値踏みするように観衆を見回し、ニンマリと笑って―――。
「「ギュラァァァァア!!」」
―――狩りの始まりと言わんばかりに高らかに吼えた。
「ギャァァァァア!!」
一瞬の間を置いて観衆は悲鳴を上げて逃げ去っていく。
「つかまえて、たべていいよ」
そんな彼等を冷たい目で見ながら、カインは虫達にやんわりと指示を出した。
すると虫達は恍惚とした表情を浮かべ、一斉に走り出す。
「「クキェキェキェキェキェ!!」」
「あああぁぁぁああーーーーー!!」
虫達が上げる歓喜の笑い声とエルフ達が上げる悲鳴が絶妙な不協和音を奏で、街は演奏会のようだ。
先程まで自分に石を投げていたエルフ達が逃げ惑い、その後ろを異形の虫達が追い回している。
その光景にカインは胸を踊らせていた。
やがて一匹の蟷螂が一人の男を捕らえた。
逃げようとバタバタもがく男を興味深げに眺めていた蟷螂。
だが彼はニヤーっと不気味な笑顔を浮かべると大きく口を開いて男の足を咬み千切り、咀嚼して飲み込んだ。
「ンギィィィィイ!!」
街に男の叫び声がこだまする。
何があったのかと振り向いて男の有り様を目の当たりにした者達は彼を助けようともせずに必死に走り始めた。
「あ……ああ…………助け、て……!!」
逃げていく仲間を涙が溜まった目で見ながら男はもう片方の足を失い、両腕を失い、最後に頭を失って絶命する。
他の虫達も同様に街を縦横無尽に走り回り、エルフ達を次々と腹に納めていった。
エルフが喰われると街に断末魔が響き、その度にカインは胸を踊らせる。
「ふふふふ、なんでだろ?すごく、たのしい……!」
近くを走り回っている百足の背に飛び乗ると、カインはルナリアから借りたナイフを構える。
そして最初に石を投げた男を見付けると、彼を指差してニパーッと笑った。
「あのひとをつかまえて!」
「クギィ!!」
百足は短く鳴くと走る速度を上げて、男の前に回り込む。
「ヒィ!!」
男は逃げようと踵を返す。
だが百足がそれを許すわけもなく、彼はカインを振り落としながら男に巻き付き、人の腕で出来た百の足を使って彼の動きを封じ込め、頭から食べる為にガバッと口を大きく開けた。
「まって」
体を起こしながらカインは百足を制止する。
喰われる所を助けて貰ったと思った男は涙を流しながら神に感謝した。
罪深き忌子にも慈悲の心を与えて下さった事に感謝致します、と。
だが現実はハバネロの様に辛かった。
「ねーねー、どこからたべられたい?」
飛びっきりの笑顔と共にカインから放たれた言葉は男の涙の意味を歓喜から絶望へと昇華させる。
「悪かった!謝るから許してくれ!!」
「えー、やだ」
「頼むよ!!何だってやる!!」
「じゃあ…………」
「じゃあ?」
条件を提示して貰えると思い、男は安堵したように顔を綻ばせる。
「ごかいにたえられたらね?」
「ごかい?」
男はカインが言う“ごかい”の意味を必死に考えた。
そして彼が思い至ったものは、五解という文字である。
「おい、嘘だろ?止めてくれ、死にたくないんだ!」
「えいっ!」
悲痛な叫びを黙殺し、カインは男の左腕にナイフを入れた。
「うあぁぁぁぁあ!!」
しかし上手く力が入らず、骨を半分ほど切った所でナイフが引っ掛かってしまう。
仕方なくカインはナイフを引き抜くと、百足に目配せした。
「キュイィィィィイ!!」
百足は甲高い声を上げて男の左腕をむしり取り、バリバリと音を立ててそれを貪る。
悲鳴を上げることも忘れ、男は口をパクパクさせて目を見開いた。
そんな彼を無邪気に見上げ、カインは男の右足をツンッと突っつく。
すると百足は嬉しそうに目を細め、地面に落ちている石と数多の腕を使って彼の足を切り離そうとゴリゴリと削っていった。
「ああ…………あ!……アァァァァ!!」
目から光が失われて最早苦しそうに声を漏らすことしか出来なくなった男を、カインは冷めた目で一瞥すると右足を削り取って美味しそうに食べている百足に向き合った。
「すきにたべて?」
「ギギィ!」
嬉しそうに頷く百足を尻目に、カインはその場を離れていく。
行く先は決めていないのか彼の足取りはフラフラしていた。
【悪夢の晩餐会】
結界を展開し、中にいる人間に化物をけしかける禁術。
結界の維持、化物の具現化、物体の変換など三つの魔法を同時に展開させなければならない為、最高位の魔法使いにしか使えない。
【五解】
古来からある処刑方法。
気絶しなかった場合解放すると言って罪人の胴から腕や足を落とす。
大抵の罪人は途中で失血死する。
記録に残っている限り、生き残って解放されたのは一人しかいない。