41 極悪非道エルフの国滅ぼし ~セレナディア皇国編~ 3
「忌子だ……!」
「しかも青い魔力だぞ」
「真性の忌子か…………」
「早く神官に伝えろ!」
観衆が口々に叫ぶのを聞きながら、カインは何とも言えない違和感を覚えていた。
初めて会う人間に警戒の目を向けるのは当然だ。
だが、彼等がカインに向けている視線は明らかに侮蔑と恐怖を孕んでいる。
それが普通なのか、それとも異常なのか、カインには分からなかった。
「ねぇ、なにかよう?」
笑顔は人と人を繋ぐ架け橋だ、というお花畑のような幻想を抱きつつ、 カインは彼等にニパーッと笑いかける。
だがカインが思うほど人間は幻想的な生き物ではなかった。
「何故あんなに余裕なんだ…………?」
「隠し玉でもあるんじゃないのか?」
「つまり我等を油断させるための罠か!」
カインの予想に反して観衆は彼に恐れと疑いの念を抱いている。
「むー、なかよくしよ?」
話し掛けてくる様子の無い観衆に痺れを切らし、カインは彼等に一歩近寄った。
「ひっ!?来るなっ!!」
途端に最前列で見ていた男が我を失って足元に落ちていた石をカインに投げる。
投げられた石はほぼ直線を描いてカインの肩に直撃した。
「いたっ!」
思わずカインは肩を手で押さえて膝を付く。
血こそ出ていないが、かなりの激痛に苛まされ、カインは顔を歪めた。
「効いてるぞ!」
「国を守れ!」
「正義は我等にあり!!」
すると勢いに乗った観衆は彼に向けて次々と石を投げつけていった。
カインは頭を抱えて踞り、理不尽に飛んでくる石をひたすら背中で受け止め続ける。
「なんでこんなことするの!?ぼく、なにもしてないよ!」
地面に伏せたままカインは叫んだ。
だが、この場に彼の訴えを聞き届ける者は一人もいない。
「今だ!畳み掛けろ!」
「死ねっ!忌子!」
「この世から消え去れ!」
醜い顔で罵声を浴びせ続ける観衆。
正義という毒に酔いしれた暴徒は止まるところを知らない。
「いたいよ、やめて…………!」
忌子の少年から発せられた叫びは誰にも届かず、寂しく地面に吸い込まれた。
何故彼等はこんなことをするのか?
その答えはカインには分からない。
だが仕返しの方法だけは地下牢にいた頃に教わっていた。
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『いいか?クソガキ。人間ってのはな、自分より弱いと思った相手に容赦なんざしない生き物だ』
かつて地下牢にいた頃カインが兄として慕っていた男の言葉だ。
なんとか顔を上げ、周囲を見渡すとカインの目には下卑な笑みを浮かべて石を投げる者や、もっとやれと叫ぶ者が映った。
「…………みにくい、ね」
ポツリと呟いてカインは胸の奥で憎悪の獣を育む。
『だが、逆に強者には本能的に媚びる。そこを逆手にとれ。手始めにわざと殴られてやるんだ』
歯を食い縛りながらカインは顔に向かって飛んできた石を敢えて避けずに、傷を増やした。
するとカインの額からドロリと血が流れだし、それを見た観衆はワッと歓声を上げる。
「…………うるさい」
顔から表情を消し去り、カインはユラリと立ち上がって都市全体を覆う大きさの魔法陣を展開した。
『その後でクズ共の鼻面に一発喰らわせてやれ。最大の力を込めてだ』
尚も止むことのない石の雨に耐えながら、カインは詠唱を始める。
「【連れていってよ白兎。少女が彷徨う夢の中。紛う事なき悪夢の中―――】」
『その時の人間の顔ってのはな―――』
「【―――憐れな悪の晩餐会。主菜は正義の夕食会―――】」
いつになく流暢な発音に自分でも驚きながら、カインは詠唱を続ける。
「ひっ!?何だこれ!?」
地面に描かれた巨大な魔法陣に気が付いたエルフが悲鳴を上げるが、既に手遅れだ。
師と同じような邪悪な笑みを浮かべ、カインはスーッと振り上げる。
『―――最っ高に無様で滑稽だ。楽しみにしておけよ?』
「【―――悪夢の晩餐会、開催】!!」
詠唱を終えると同時に、カインは手を振り下ろす。
心の奥底でガギャンッという錠前が吹き飛んだような音がカインには聞こえていた。




