3 極悪非道エルフの日常
ゴーンゴーンと荘厳な鐘の音がモルガルに鳴り響く。
ルナリアはその音で目を覚ますとベッドから体を起こして伸びをした。
久し振りにベッドで寝たからか、かなり長く寝てたみたいだな。
窓の外を見ると臓器売りが広場でホルマリン漬けの臓器を並べて出張屋台を出している。
どうやら丸一日寝ていたらしい。
夕飯をどうするか考えていると、コンコンとドアがノックされた。
「誰だ!」
「私ですにゃ。夕飯ができたのでエントランスに来て欲しいにゃ」
「分かった着替えたらすぐに行―――」
そう言いかけ、慌てて姿見の前に立つ。
鏡に映ったのは白いベビードール姿のルナリア自身だった。
「なっ!?え、え?」
いつの間に着替えさせられたんだ?
寝ている間か?
でも寝ている間に私が触られて起きない筈がない!
待てよ、そう言えば触らないで物を動かせる奴がいたな。
だとすると犯人はあのクソ魔女だ。
「どうかしたかにゃ?」
「いや、何でもない。すぐ食いに行く」
「分かったにゃ」
着替えを探すと机の上にはルナリアの服が丁寧に畳んで置いてあった。
側には書き置きも置いてある。
“一着しかないと不便でしょう?
新しく作っておいてあげるから着替えの件はチャラにしておいてね?”
「クソッ、殴ってやろうと思ったんだがな」
着替えを済ませるとルナリアは上機嫌に部屋を出た。
何か礼くらいしてやるか。
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エントランスに出ると既にマシュリとアイテル、それにホルトが食卓についていた。
ルナリアは慌てることなくゆっくりと席につくと三人の顔を見回す。
「それでは頂きましょうか」
「そうね、お腹が減ったわ」
「御飯にゃ!」
そう言うと三人は手を合わせてルナリアを見た。
あぁ、そうだ食事をする前に挨拶するんだっけか。
しばらく一人で食べてたから忘れてたな。
慌てて彼女も手を合わせるとホルトは笑って頷く。
「「頂きます」」
全員でそう言うと、皆和やかに食事を始める。
朝食はパンとスープの二つだけだ。
本当に高級宿の朝食か?
味は悪くないが今一特徴に欠ける味だ。
不味くはないが旨くもない。
ルナリアがアイテルに目配せすると彼女は肩をすくめて口の中のパンを飲み込んだ。
「貴女が戻ってきたら大半の従業員が逃げ出したのよ」
「良かったな人件費削減大成功だ」
ルナリアがフフンと笑って胸を張るとアイテルは憂鬱そうに溜め息を吐く。
「人手不足もいいとこよ。今残ってるのはマシュリとホルトだけよ」
「それでマシュリが受付嬢と掃除係を兼任してるわけか…………料理は誰が作ってんだ?」
「私にゃ!」
褒めてくれと言わんばかりにマシュリは手をあげる。
残念ながらルナリアには褒めるつもりなど毛頭ない。
「そうか、スープもパンも失敗しないようにおっかなびっくり作ってるのがハッキリ分かるぞ。もっとチャレンジ精神を持って料理に挑め、多少の失敗は私が許す」
「にゃ、分かったにゃ!」
元気よく頷くとマシュリは脳に刻み込む為に言われたことをブツブツと反芻し続ける。
出来が悪い子の典型だ。
一連のやり取りを黙って見ていたホルトはパンにバターを塗るのを止めてルナリアに微笑みかけた。
「かつてはルナリア様も料理ができたのですか?」
「何で過去形なんだよ。今でも作れる」
ルナリアが抗議の声を上げるとホルトは本当ですか?と言いたげに首を傾げる。
「ルナリアが調理すればどんな食材でも絶品料理に早変わりなのよ。ドラゴン退治の時によく作ってくれたわ……ハーピーの照り焼きとかね」
懐かしむようにアイテルがそう言うと、ホルトは目を丸くして驚く。
「そうでしたか、人は見た目で判断できませんね」
「…………お前、意外と無礼な奴だな?」
ルナリアがギロリと睨み付けるとホルトは肩をすくめておどけて見せる。
張り合っても仕方ないか。
ルナリアは紅茶を最後の一滴まで飲み干すと一人で勝手に手を合わせた。
「御馳走様、深夜飯は外で食ってくるから用意しなくて良いぞ」
「御粗末様にゃ、それじゃ朝御飯だけ用意しておくにゃ」
座席を立ち上がって部屋に戻ろうとするとアイテルが思い出したように声を掛けてくる。
「出掛けるの?」
「馴染みの酒場と情報屋に挨拶してくるだけだ」
「それならタンスに入ってるマントを羽織って行ったら?視線避けの魔法も掛けてあるわよ」
「そうさせて貰う」
いつもより軽やかな足取りのルナリアを見送るとマシュリが目を光らせてアイテルに詰め寄る。
「オーナーさん、もしかしてルナリアさんの事が……!」
「そんなわけないでしょう。給料減らすわよ?」
「にゃぁぁぁぁあ!?これ以上お魚を減らされたら命に関わるにゃ!」
「魚で雇われてたんですか…………」
知られざる同僚の給料にホルトは絶句する。
それを聞いていたルナリアが物陰で笑っていたのは言うまでもない。