24 極悪非道エルフとフォールンエルフ 2
「た、ただいま戻りました」
「…………連れてこいって言ったよな?」
一人で帰ってきたホルトはルナリアから放たれる殺気に思わず顔を引き吊らせた。
「それが……リリ様はケーキを作るのに忙しいそうで」
「もう少しマシな嘘を言え!」
そう叫ぶとルナリアはナイフを抜き、ホルトに向かって振りかぶる。
流石に危険だと判断したのかアイテルは魔法でナイフを蛙に変えてルナリアの頭を叩いた。
「怒ってもいいけれど、ナイフはやめなさい!」
今にも蛙を投げそうなルナリアをどうにか諌めると、アイテルはホルトに逃げるよう目で合図する。
好機と言わんばかりにホルトはアイテルに一礼し、脱兎の如く厨房に逃げ去った。
怒りの発散先を失ったルナリアは自分を押さえ付けているアイテルの腕を振り払うと、蛙をアリナに投げつける。
ゲコゲコ鳴きながら蛙は飛んでいき、アリナの肩に着地した。
だが何を思ったのか蛙はアリナの肩を飛び出し、アイテルの顔に張り付く。
「イヤァァァァア!!」
呆気に取られる二人を余所に、アイテルは顔に蛙を張り付けたまま必死に部屋の中をグルグルと走り始めた。
そんなアイテルには目もくれず、ルナリアはアリナを冷たい目で見据える。
「で、リリにどんな魔法を使った?」
「…………ケーキが作りたくなる魔法よ」
そう答えて気まずそうにするアリナを見て、ルナリアは不機嫌そうに口元をピクピクさせる。
だが、すぐに表情を取り繕うと真面目な顔で言った。
「ふざけてるのか?」
魔法に対する評価が心外だったのか、アリナは身を乗り出そうとして鎖をガチャガチャ鳴らす。
「ふざけてない!フォールンエルフの叡智を結集して編み出した最高峰の魔法なのよ!?」
確かにある意味最高峰なのは間違いないが、意味のわからない所に叡智を結集しないで欲しい。
ルナリアは呆れたと言いたげに溜め息を吐く。
「相変わらずお前らは未来に生きてるな…………大体そんな魔法じゃ、迷惑する奴すら居ないぞ?」
「居るわよ!」
「どこにだ?」
「目の前に!」
不愉快極まりないが、確かにリリが来なくて多少困っている。
ルナリアは不快そうに顔をしかめるとアリナに向けてボソリと呟いた。
「…………消すか」
「え?自分を?」
「目撃者を」
そう言ってルナリアがナイフに手を掛けると、アリナは必死にもがき、涙の溜まった目を彼女に向ける。
「止めてよ!人の命を何だと思ってるの!?」
「金貨8~20枚」
「人でなしっ!」
「お褒めに預かり光栄だ」
そう言ってアリナの首筋にナイフを突き付けると、ルナリアは表情を消して彼女に向き合った。
「生きるための最後のチャンスだと思って答えろ。誰の命令で私を嵌めようとした?」
「わ、分からないわ。分かるのは黒いフードを被ったエルフの男っていう事だけよ」
情報が少ない、と言い掛かりをつけられて殺されるのではないかとビクビクしているアリナ。
だが、現実は案外甘かった。
「それで十分だ」
そう言ってルナリアは不適に笑い、ナイフを仕舞うとアリナの鎖を外し始める。
「え?え、え?」
戸惑うアリナを余所に、全ての鎖を外し終えたルナリアは彼女を担ぎ上げると宿の外に放り出した。
「え?」
「何だ、その目は?」
「いや、その。解放してくれるとは思わなくって……」
ばつが悪そうに俯くアリナを呆れたように見下ろすと、ルナリアはナイフを再び取りだして彼女の眼前に突き付ける。
「気が変わりそうだ。死にたくないならどっか行け」
「ひっ!?わ、分かったわ。それじゃ、さよなうなら!」
顔を青くして走り去っていくアリナを見送り、ルナリアは宿の扉をそっと閉めた。
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エントランスに戻ったルナリアは、相変わらず走り回っているアイテルの足を引っかけて転ばすと、元の姿に戻ったナイフをベルトにしまった。
走り続けたせいで息を切らしているアイテルは、どうにか体を起こしてルナリアを恨めしそうな目で見上げる。
「何で、毎回転ばすのかしら……?」
「面白いからだ」
そう言って嗜虐的な笑みを浮かべていたルナリアだが、ふとエントランスに違和感を覚えた。
何かが足りない。
数秒考えただけでルナリアは足りない物、いや足りない者に気が付いた。
「…………カインはどこにいった?」
「カイン?あの忌子の男の子かしら?」
「あぁ」
「そういえば見てないわね……」
二人で首を傾げていたその時―――。
「ニャァァァァア!!」
マシュリの叫び声が厨房から響いた。
ルナリアとアイテルは互いの顔を見合わせ、揃って溜め息を吐く。
「…………厨房行ってくる」
「…………ええ、お願い」
トボトボと歩いていくルナリアを見て、珍しいこともあるものだとアイテルは一人感心していた。
【ケーキを作りたくなる魔法】
欲望に忠実にさせる魔法とケーキを作りたいと思い込ませる催眠魔法を合わせた高等魔法。
使うには高度な技術が求められる上に、効果がしょうもないので存在を知る者は殆どいない。




