22 極悪非道エルフと騎士団長の秘密 8
カインの元に戻ったルナリアは本日二度目の高笑いを響かせた。
「ハッハッハ!カイン、何だそれは?」
「わかんない!」
カインのすぐ側に置いてあるのは、騎士団長の残骸で作られた奇っ怪な肉のオブジェだ。
目がある筈の場所から人差し指が顔を出し、歯が全て抜かれた口からは目が覗いている。
極めつけは削がれた鼻の穴から飛び出た小指だ。
遊ばれている当人がまだ生きているというのだから涙が出てくる。
面白すぎて。
ルナリアが感心した目でそれを見ていると、カインは思い出したように心臓と舌を地面に置いて、キラキラした目でルナリアを見た。
「おねーさん、これすごくおもしろいんだよ!」
そう言ってカインは地面に置かれた舌を指差す。
ルナリアはカインの側に座ると、彼に微笑みかけた。
「ほぉ、何が面白いんだ?」
「えっとね、これをないふでなでると……」
笑いながらそう言うとカインがナイフの腹で心臓を撫で付ける。
すると地面に置かれた舌が独りでに跳ね出した。
「ね?おもしろいでしょ!」
「無邪気だな、お前は。私なら熱した鉄板の上に載せて踊らせるぞ?」
「やってみたい!」
「また今度な…………所でカイン、一つお前に聞かなくちゃいけないことがある」
「なぁに?」
「これからどうする?お前が望むなら孤児院を紹介してやれるし、何なら直接里親を探してやれなくもない」
カインはうーん、と唸りながら考えていたが、すぐに顔をあげてルナリアの目を真っ直ぐ見た。
「そこにいったら、したがおどってるのをみれるの?」
判断基準がおかしい。
「無理だろうな」
「じゃあ、いかない」
「お前、もう少し普通の判断基準は無ったのか?…………まぁ私に付いてくれば幾らでも見れるけどよ」
「なら、おねーさんについていく!」
「…………そんなに見たいのか?」
「うん!」
目をキラキラさせてそう答えるカイン。
完全に育てかたを間違っている。
やるせない気持ちをのせて、ルナリアが育て親の残骸を殴り付けると、再び舌がビタビタと跳ね出した。
それを見てカインはキャッキャッと笑い声を上げる。
…………才能はあるな。
「分かった。因みに舌が踊ってるのを見た後はどうする積もりなんだ?」
「……どうしよう?」
そう言ってカインは可愛らしく小首を傾げる。
考えてなかったのか……。
ルナリアはクスクス笑いながらカインの頭をワシャワシャと乱暴に撫でる。
「特に予定がないなら私の弟子になるか?」
「でし?」
「あぁ、弟子だ。効率の良い拷問とか暗殺のノウハウとか、他にも色々教えてやれるぞ?」
「えっ、ほんとう!?」
「本当だ。お前が望むなら世界一の賞金額を持つ賞金首にしてやれる。で、どうするんだ?」
「でしになる!」
「清々しいほど即決だな!?」
「おとうさんがまよったらまけってよくいってたよ?」
迷わなかった結果がこちら。
無惨な肉のオブジェになります。
少しくらい迷った方が良いとルナリアは心のなかで頷いた。
「まぁ、お前がそれで良いなら構わないけどな」
「うん!これからよろしくね!おねーさん」
そう言うとカインはニコッと笑いながら小さい右手を出した。
「よろしく、カイン」
ルナリアはそう答えてニヤッと笑うと、カインの手を取り、しっかりと握手をする。
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「おねーさん、けっこうがんばったんだね」
「そうか?そこまで大変でもなかったぞ」
広間に出た二人を出迎えたのは頭から矢が飛び出た死体の山だ。
カインは感嘆の声を上げて中央に積み上げられた死体をしげしげと眺めている。
端から見ればかなりイカれた光景だ。
ルナリアが何も言わずに見守っているとカインは何を思ったのか死体の山を登りだす。
頼りない足場に悪戦苦闘しながら、どうにか登り終えると、カインは嬉しそうに笑ってルナリアの方に振り返った。
「いつか、ぼくもこれくらいできるかな?」
どこか心配そうにポツリと呟くカイン。
フンッと鼻を鳴らして彼の心配を一蹴すると、ルナリアは不敵に笑って歩き出す。
「当たり前だ。私の弟子がこの程度の虐殺ができないなんて許すつもりはない」
「…………そっか!」
歩き出した師を追う為に、カインは死体の山を駆け降りてトテトテと彼女の後を付いていく。
その背中はどこか嬉しそうだった。
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屋敷を出るまで二人は黙って歩き続けていた。
だが退屈に耐えかねたのか庭園に出ると、徐にカインが声を上げる。
「ところで、おねーさん。これからどこに、いくの?」
「私の拠点だ」
つっけんどんに答えると、前方の気配に違和感を覚えたルナリアはそっとナイフをベルトから抜いて構える。
カインは鈍いのか、全く警戒せずにルナリアに笑いかけた。
「おもちかえり?」
「叩くぞ?馬鹿弟子。お前一人で私の所に通うのは無理だ、だから同じ所に住む。分かったか?」
「うん!じじつこんだね!」
「一緒に住むことしか分かってないだろ!?てか、どこで覚えた?そんな言葉」
「私が教えました」
声がした途端、ルナリアは歩みを止めて他の気配を探る。
だが、柱の影に隠れている声の主以外の気配は一切無かった。
ルナリアはナイフをしまいながら、呆れたように声の主に話しかける。
「マーダーメイド、お前は敵か?」
正体がバレていると察したマーダーメイドは柱の影から姿を現し、大仰に一礼した。
「私はカイン様の味方です。貴女はどちらですか?」
そう問う彼女の視線はひどく鋭かった。
先程戦った時とは違う彼女の雰囲気にルナリアは満足げに笑う。
「私はカインの師だ。どちらでもない」
「師、ですか。本当ですか?カイン様」
心配そうにメイドはカインの顔を覗きこんだ。
心配性な奴だ。
「ほんとうだよ!まーなもいっしょにでしになる?」
カインはそう言ってニパーッと笑い、ルナリアの服の裾をギュッと掴む。
マーナ(マーダーメイド)はそれを羨ましそうに見ていたが、すぐに表情を改めて首を横に振った。
「いえ、私は遠慮いたします…………時々お邪魔させて頂きますがね」
「おう、いつでも来い。初代から子孫のことをよろしく頼むって言われてるからな。幾らでも相手してやる」
そう言ってルナリアが不敵に笑うと、マーナはクスクスと笑いだした。
「何が可笑しい?」
ルナリアが不愉快そうにそう聞くと、マーナは笑いを抑えて彼女と向き合う。
「いえ、祖母から聞いた通り、話の規模があまりにも大きいもので」
「永く生きればそうなる…………さて、一つだけ真面目な質問がある」
「何なりとお聞き下さいませ」
「私が来る前に、妙な三人組が来なかったか?」
「……いえ、誰も来られていません。門番が退屈で仕方ないとぼやいておりましたから」
「…………そうか、ならいい」
そう言うとルナリアは再び歩き出した。
カインはマーナとルナリアを交互に見ていたが、やがてマーナに手を振ってルナリアの後をトテトテと付いていく。
「どうか、お元気で。カイン様」
マーナは二人の足音が聞こえなくなるまで深々と礼をし続けた。