21 極悪非道エルフと騎士団長の秘密 7
ルナリアが部屋の最奥に辿り着くと最早人と言えるか分からないモノが机の上に安置されていた。
体表にある筈の肉が全て削ぎ落とされ、残っているのは骨とその中身だけだ。
手と足は既に骨だけになっており、内臓が所々はみ出している。
「生け贄を要求するとはいえ、フェルディーアってこんなに残虐だったか?」
首をかしげながらルナリアは目の前にあるモノの観察を続ける。
当然のように目蓋は切り取られており、寝ているのか起きているのか判別も出来ない。
それどころか、男か女かも分からない有り様だ。
何せ体の凹凸が全て無くなっている。
「私でもここまでやることは殆ど無いな……っと何だこれ?」
それを涼しい顔で眺めている最中、ルナリアは机の上に魔法陣が描かれているのを見付けた。
上にモノが載っていなければ解析できるが、残念ながら現段階では不可能だ。
だが、パッと見ただけでも相当質の悪い物あるのは分かる。
「人の魔力は入れたくないしな……面倒だが吸い上げてストックするか」
チッ、と舌打ちをするとルナリアは魔法陣に触れて直接魔力を吸い上げる。
魔力は糸玉を作るように空中で球体となり、辺りを白い光で照らし始めた。
三分程かけてルナリアが魔力を吸い終えると、どこからかピキッピキッ、と何かひび割れたような音が響く。
恐らく魔力を失った魔法が崩壊した音だろう。
「何だ、ただの脅しかよ……」
ふぅ、と息を吐いたのも束の間、目の前の人?が急速に腐敗し始めた。
「な!?魔法が解けて維持できなくなったのか!」
内心舌打ちしながらルナリアは先程取り出したばかりの魔力をそれに注ぎ込んで、腐敗を止める。
「クソッ、馬鹿みたいに魔力が持ってかれる。おい!起きろ!」
焦ったルナリアがチョンと体に触った途端―――。
「ンギィィィィイ!!」
凄まじい悲鳴と共にそれの目がギョロギョロと動き出し、すぐにルナリアを見据える。
声の高さからして女だろう。
つまり、これがカインの母親か……。
「カインを連れてこなくて正解だったな。これは流石に見せられない」
「ガギィィィィイ!?」
目蓋が無いため彼女の表情は分からないが、恐らく睨まれている。
ルナリアは鳴き声に近い騒音に顔をしかめると、音の発生源に手を翳す。
「【療霧よ、来たれ。彼の者を包み、癒し、傷を塞げ】」
詠唱と共にルナリアの周りに緑色に輝く霧が大量に発生した。
「ギュギイィィィィイ!!」
「煩い。黙らないと身体中に塩を塗り込むぞ」
そう言って叫ぶ女を黙らせると、ルナリアは二つの魔力の制御に集中する。
瞬く間に霧は女を包み込み、肉体を再生させていく。
五分程待つと霧が消え、机の上には元の姿に戻った女が横たわっていた。
…………中々美人だな。
「痛く……ない……!」
信じられないといった様に体を起こして自分の手足を動かす女に対し、ルナリアは険しい表情で彼女に向かい合う。
「済まないがあまり時間がない。いくつか質問させてくれるか?」
「恩人の為ならば幾らでも」
女は澄んだ銀の目をルナリアに向けると、しっかりと頷いた。
それなら早速、と前置いてルナリアは質問を始める。
「一つ目。死ぬ覚悟は出来てるか?」
「元の姿に戻して頂いた上に、殺して頂けるのですか!?」
目をキラキラさせて身を乗り出す女に対し、ルナリアは呆れたように溜め息を吐いた。
「……心配して損した。二つ目、あんたをこんな目に遭わせたのは夫だけか?」
「いいえ、私がここに連れてこられた時にはもう一人男が居ました。残念ながら誰かは分かりませんでしたが……」
「そうか……。三つ目、カインに伝えることはあるか?」
「その問いに答える前に一つお願いが御座います。カインを連れて逃げてくださいませんか?」
「逃げるって、誰からだ?」
「夫からです」
真面目な顔で女はキッパリとそう言いきった。
だがルナリアは腹を抱えて笑い出し、彼女を驚かせる。
一頻り笑い続けてから女が訝しげな顔をして様子を伺っているのに気が付くと、ルナリアはどうにか笑いを堪えて彼女と向き合った。
「済まない、思い出し笑いだから気にしないでくれ」
大嘘である。
本当はカインに対する評価があまりにも的外れだったからだ。
「はぁ……?」
しかし、女は首を傾げるだけで何も追及しなかった。
鈍感なのか気を使っているのか、どちらにせよルナリアにとっては都合が良い。
顔を両手で叩いて表情を改めると、ルナリアは女の目を真っ直ぐ見る。
「それより、カインの事は任せてくれ。一人で生きていけるようになるまでは面倒を見てやる」
「ありがとうございます。あの子には好きに生きなさい、とお伝えください」
「分かった。それからカインから伝言だ」
「カインからですか?」
カインから、という所に女は少し興奮気味に反応した。
我が子の事になると表情が変わるな。
「あぁ、“おやすみなさい”だとさ」
「……あの子らしいですね」
そう言って微笑むと女は目を閉じ、体を横たえて手を胸の前で組んだ。
死ぬ準備は出来たらしい。
「最後に一ついいか?」
「えぇ」
うっすらと目を開けて女は小さく頷いた。
よし、と力強く頷くと、ルナリアは息を目一杯吸い込み、腹の底から声を張り上げる。
「胸が無くても私は女だっ!」
「フフッ、雰囲気が台無しですよ?」
女は楽しそうに笑っていたが、魔力の糸玉が尽きると眠るように息を引き取った。
ルナリアは何も言わずに踵を返し、その場を後にする。
カインをこれからどうするか、ルナリアは考えなくてはならない。




