19 極悪非道エルフと騎士団長の秘密 5
メキッ、メキッ、バタンッ。
先程から響くこの音は、ドアを無理矢理こじ開ける音だ。
施錠された扉の鍵と蝶番を抉ってただの板に変え、それを蹴り倒して中に侵入する。
修繕費などお構い無しだ。
かれこれ三十分程同じ作業をしている為か、ルナリアはかなり苛立っている。
宝物庫に向かう途中に見掛けたドアを手当たり次第開けて回っているが一向に手掛かりは得られない。
苛立ちながらドアを開けたルナリアは部屋の中を見て叫び声を上げた。
「クソッ!また外れか!」
中には埃を被った家具達が所狭しと詰め込まれており、ここが物置だとはっきり分かる。
苛立ち紛れにルナリアが床を蹴ると、ドーンッと妙に音が響いた。
疑問に思って数歩下がって床を蹴るが、先程とは違い音は響かない。
「…………何か有るな」
ルナリアはナイフを逆手に構えると、先程音を響かせた床に突き刺す。
そのまま適当にくり貫くと、案の定地下へと向かう階段が現れた。
「あの野郎、一杯食わせるつもりだったな?」
邪悪な笑みを浮かべると、ルナリアは地下への階段を下りていく。
背後からの視線に警戒しながら……。
$$$
三分程階段を下り続けると、ルナリアの前に鉄で作られた頑丈な扉が現れた。
小さい鍵穴が付いているが、そんなものは彼女の前では意味をなさない。
意図も簡単に鍵と蝶番は抉り抜かれ、ルナリアによって蹴り倒された。
「ったく、こんなに厳重に何を隠してるんだ?」
光が無く真っ暗な部屋の中に入ったルナリアは、嗅ぎ慣れた臭いを感じ取って口角をニィッと吊り上げる。
「【光よ、暗き道の道標となり、我が行く先に輝きをもたらせ】」
詠唱を終えると共にルナリアの掌に光を発する球体が現れた。
それを掲げて辺りを見回すと、ルナリアは感嘆の声を上げる。
「へぇ、中々良い趣味を持ってるな」
辺りには動物用と思われる檻が大量に並んでおり、そこから独特の臭いが放たれている。
それもその筈、中には体から血を流している人間が収監されていた。
ルナリアが檻に顔を近付けると囚われた人間は何も言わず、彼女から離れるように檻の隅に逃げていく。
「おい、そんなに怖い顔か?」
ルナリアが首を傾げていると、反対側にある檻からケタケタと無邪気な笑い声が響いた。
「おにーさん、あきらめたほうがいいよ。そのひとはのどをさかれて、こえがでなくなったんだ」
後ろを振り返ると、檻の中には九歳くらいの少年がちょこんと座っている。
ルナリアは少年がいる檻の鉄格子を掴むと、彼を睨み付けて声を荒らげた。
「誰がお兄さんだ!泣かすぞクソガキ」
「え?むねがふくらんでないひとは、おとこのひとじゃないの?」
「世界中の貧乳を敵に回して嬉しいか?誰がそんな事を吹き込んだ?」
「おかあさん」
「よしっ!今すぐ殺してやる。母親は何処に居る?」
「あっち」
そう言って少年は部屋の奥を指差し、話を続ける。
「ずーっとまえからおかあさんは“ころしてくれ”ってさけんでるんだよね。うるさいし、かわいそうだから、おねーさんがころしてあげて?」
そう話す少年の感情に呼応するかのように彼の目は青く光り出した。
慌てて少年は手で目を覆うが、指の隙間から光は漏れだしている。
ルナリアはその光景を前に息を飲んでいたが、光が落ち着くと同時に少年に問いかけた。
「…………お前、名前は何だ?」
「かいん・わなるばす。でもおとうさんには、わなるばすとなのるなっていわれてるんだ」
カインはそう言って不服そうに頬を膨らませる。
ルナリアは彼の頭を撫でると上機嫌に笑った。
「カイン、お前のお陰で全て分かった。ありがとな」
「えへへ~」
へにゃーっと笑うカインをルナリアが幸せそうに眺めていると、背後から靴音が聞こえてきた。
咄嗟にルナリアがナイフを投げ付けるとキンッという音と共にナイフは床に落ちる。
「此処がバレてしまった以上、生きては帰せない」
聞き覚えのある低い声を響かせ、男はルナリアに歩み寄る。
男の姿を視認すると、ルナリアはやっぱりな、と呟いて溜め息を吐いた。
「真面目で悪い評判は無い筈なんだけどな……そんなに神が大事か?ワナルバス騎士団長」
「ふん、貴様には分かるまいよ。滅国の悪魔」
「そうかよ。……所で一ついいか?」
「何だ?」
「何でカインを閉じ込めてるんだ?」
一瞬呆気に取られたように騎士団長は動きを止めたが、すぐに高笑いを響かせる。
まるで何故知らないのかと言うように。
「決まっているだろう?黒髪青目は忌子だからだ」
そう言って騎士団長はカインを指差す。
それを見てルナリアは悲しげに目を伏せた。
「そうか…………ソル、お前はまだ忌子なんだな」
「ソル?誰だそれは」
「お前に教えるつもりはない」
そう言うとルナリアは目をゆっくりと開ける。
彼女の目を見て騎士団長は息を飲んだ。
「喜べ、ワナルバス騎士団長。最高に狂った死に方をさせてやる」
怒りに震えるルナリアの目は爛々と赤く光っていた。