18 極悪非道エルフと騎士団長の秘密 4
「せいっ!」
決闘が始まった直後、騎士団長はルナリアとの距離を一気に詰めて剣を縦に振るう。
普通の兵士なら薪割りの要領で二つに割けたのだろうが、相手は百戦錬磨のルナリアだ。
彼の振るった剣は軽々と避けられ、脇腹にルナリアの蹴りが入る。
「ぐっ……!」
苦しそうに呻くと騎士団長は数歩後ろに後退した。
「悪くないが力を抜きすぎだ。メイドは常に全力で戦っていたぞ?」
余裕そうに伸びをしながら、ルナリアはフフンと騎士団長に笑いかける。
侮辱されたと思ったのか、彼は盾と剣を構え直すと殺気を露にした。
「……どうやら貴様を見くびっていたようだな。良かろう!全力で行くぞ!」
盾を前面に構えると、騎士団長は凄まじい勢いでルナリアに突進する。
突進以外の攻撃手段は無いのか?と疑問を抱きつつ、ルナリアはジャンプして騎士団長の突進を避け、落下と同時に彼の頭目掛けて踵落としを炸裂させた。
「…………っ!?」
鎧の後頭部がへこみ、騎士団長は声にならない悲鳴を上げてその場に膝を付く。
「弱すぎだ。いくら帝国が平和ボケしているとはいえ、その程度か?」
「くっ、好き勝手言いおって……!」
「私だって好きで言ってる訳じゃないからな?本当なら手に汗握る攻防を繰り広げる予定だったんだよ」
期待はずれもいいとこだ、とルナリアが吐き捨てるように言うと、騎士団長はガックリと肩を落とした。
その様子を見て溜め息を吐き、ルナリアは壁に立て掛けてあった弓を取って肩に掛け直し、彼と向き合う。
「何か言うことは有るか?」
「も、申し訳ない……」
「謝るくらいなら降参しろ」
降参という言葉が気に触ったのか、騎士団長は盾を捨てて両手で剣を構えた。
「私は、私を支えてくれる者達の為に……絶対に負ける訳にはいかない!」
騎士団長の強い意思の籠った言葉は広間に虚しく木霊し、やがて吸い込まれるように消えていく。
後に残るのは言い知れない虚無感と悲しさだけだ。
ルナリアは悲しい物を見るような目で彼を見て一言。
「それ、強い奴が逆境の中で言うと格好いいけどよ。今、お前が言っても何にも感じないぞ?」
「嘘を言うな!十一年前の共和国との戦争で言ったら両軍の兵士が泣いたぞ!」
「まぁ、哀れみは感じるな。涙が出るほど」
ルナリアの一言で完全に心が折れたのか、騎士団長は剣を落とし、そのまま倒れた。
恐らくふて寝でもするのだろう。
「勝手に家宅捜査するからな?」
「…………好きにしろ」
そう答える騎士団長の声は震えていた。
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家宅捜査と称してルナリアが真っ先に向かったのは宝物庫だ。
三部屋分の広さを誇るその部屋一杯に黄金や宝石などありとあらゆる財宝が詰め込まれている。
そこで彼女が何をしているかというと……。
「中々良い物持ってるな!これも貰ってくか」
そう、ただの泥棒だ。
金とサファイアがふんだんに使われたネックレスを持ち上げ、ルナリアは満足気にそれをポケットに放り込む。
「にしても、想定より多いな。転移魔法を使えば良いとして、生け贄がいないんだよな……」
宝物庫は厳重に鍵が掛けられていた為、鼠が走り回っていることもなく、残念ながら魔力の糧になる生き物は存在しない。
仕方ない、と呟いてルナリアはナイフを取り出し、自分の指先を切ると、血を床に垂らす。
そのまま目を閉じると、ルナリアは詠唱を始めた。
「魔なる者よ、聞きたまえ。
此方にありし財宝を、我が血を手形に移したまえ。
贄無き愚者の願いなり」
『それが御身の願いとあらば……』
何処からともなく低い声が響くと、床に垂れた血を中心にして魔法陣が展開された。
やがて魔法陣から角が生えた初老の男が現れると、ルナリアはニヤリと笑って彼の手を握る。
「いつも悪いな、ラグザール!」
「そう思っておられるなら、転移魔法の修行をなさって下さい。この老いぼれがいつまで生きていられるか分かりませんぞ?」
ラグザール―――。
かつて悪魔の王の執事をしていた上級悪魔で、訳あって今はルナリアに仕えている。
ルナリアはケタケタ笑いながら手を離すと、ラグザールの肩を叩いた。
「転移魔法は駄目だ。三百年修行しても改善しなかった。それに安心しろ、お前が死んだら蘇らせてやる」
「また、そのような御冗談を……」
冗談の積もりは無いのだが。
残念だと言うように首を振ると、ルナリアは財宝の山を指差す。
「早速だがいつもの場所にこれを転移させて欲しい」
「いつものように術を掛けておくだけで宜しいのですか?」
「あぁ、発動はあっちで魔女にやらせる」
「分かりました」
ラグザールはルナリアに一礼すると財宝の前に一歩踏み出し、手をポンポンと二回叩いた。
すると全ての財宝に紫に光る小さな魔法陣が浮かび上がり、暗い宝物庫を照らし上げる。
「それでは御嬢様、御体に気を付けて御過ごしください」
「あぁ、ラグザールも息災でな」
ラグザールは穏やかな笑みを浮かべると指をパチンッと鳴らし、煙のように姿を消した。
ルナリアは一仕事終えたかのように伸びをして、ポケットから干し肉を取り出し、それを頬張る。
「さて、本当の仕事に取り掛かるとするか」