15 極悪非道エルフと騎士団長の秘密 1
マシュリの騒動?から五日後―――。
夕飯を食べ終えたルナリアはエントランスのテーブルで紅茶を飲みながら、マシュリとオセロをしていた。
今は中盤戦の真っ最中だ。
盤面を見る限り、白が盤上の大多数を占め、黒は窮地に立たされている。
因みに白がマシュリ、黒がルナリアだ。
現在優勢のマシュリは嬉しそうに笑いながらルナリアの顔を覗き込む。
「今回は私の勝ちですかにゃ?」
「どうだろうな?」
ルナリアは不敵な笑みを浮かべると、パシッと駒を打った。
十枚程、駒が引っくり返るとマシュリは顔が少し曇らせる。
「ま、まだまだ私の方が優勢ですにゃ!」
「そーだな」
紅茶を一口飲むとルナリアは退屈そうに欠伸をした。
五分後―――。
盤面は見事に黒に染まり、マシュリに対して完敗の事実を突きつけている。
ルナリアは伸びをしながら目を細めると、マシュリに笑いかけた。
「さて、私の勝ちだ」
マシュリは負けて悔しいのか涙目でルナリアを見る。
「また負けたにゃ……」
その様子を遠くで眺めていたアイテルは苦笑いを浮かべ、手元の本に視線を落とした。
アイテルの傍らに控えていたホルトは溜め息を吐いて残念そうに首を振る。
「マシュリさん、昨日からあの調子で負け続きですね」
「当たり前よ。ボードゲーム界でルナリアを知らない人は居ないわ。私もドラゴン退治の旅をしている時に挑んで散々負かされたのよ?チェスにオセロにバックギャモン、他にも色々」
「ドラゴン退治は遠足だったのですか?」
「私は暇潰しで参加したのよ」
呆れ顔のホルトを他所にアイテルは肩をすくめて楽しげに笑う。
その時、ドンドンドンと手荒いノックの音が鳴り響いた。
ルナリアはサッと弓を構えると、アイテルに目配せする。
アイテルは頷いて本を閉じると、平静を装ってドアの外にいる人物に声を掛けた。
「どなたかしら?」
「情報屋リリ!火急の用につき御目通り願うよ!」
フーッと息を吐いてルナリアは弓を下ろした。
それを合図にアイテルは更に声を掛ける。
「入って頂戴」
ドアを開けて入ってきたリリはいつになく真剣な顔でルナリアに駆け寄った。
「何があった?」
「姉御!どうしよう!?手練れの手先が三人音信不通になった!」
リリの目は忙しなく動き続け、体は震えている。
どうやら相当混乱しているらしい。
頭を優しく撫でてリリを落ち着かせると、ルナリアは苦笑いを浮かべる。
「詳しく話を聞く前に言っておくが、私に仕事の依頼なら高く付くぞ?」
心配そうにルナリアがそう言うと、心外だと言わんばかりにリリは頬を膨らませる。
「これでも地下街一の情報屋だよ?お金はあるよ!」
腕をブンブン振って憤慨する妹分を見て、ルナリアは微笑みを浮かべる。
「よし、それなら話を聞こう」
そう言うとルナリアは隣の席を指差した。
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「で?一体何があった?」
ホルトに紅茶を持ってこさせたルナリアは足を組んで、リリと向かい合う。
「仕入れをしようと思って、一昨日ワナルバス公爵邸に三人送り込んだんだよ。本当なら昨日帰ってくる筈だったのに今日になっても一切連絡がなくて……」
「ワナルバスっていうと……マリバル帝国の騎士団長か」
マリバル帝国は地下街があるサリシアス共和国の隣国で、世界一の国力を誇る大国だ。
その上、国を治める皇帝は仁君であり、民の人望も厚い。
騎士団長もこれといった悪評も無く、彼を探る必要は無い筈だが……。
「何で騎士団長を調べてるんだ?」
「教えちゃったら情報屋の意味がないよ?」
そう言ってリリはニコッと笑う。
ルナリアは顔をしかめるとポケットから財布代わりの袋を取り出した。
「いくらだ?」
「銀貨5枚だよ」
「仕方ねぇな……」
そう言って溜め息を吐くと、ルナリアは銀貨を5枚取り出して机の上に置いた。
どうも、と言ってリリは銀貨をポケットにしまうと上機嫌に話し始める。
「ワナルバス公爵に後継ぎが産まれたらしいんだけど、公爵は頑なに否定し続けてるんだってさ。おまけに邸宅には魔術干渉を遮る結界が張られてるから魔法使い達も手が出せないみたいなんだよね」
「……確かに何かあるな」
「姉御もそう思うでしょ?」
いつになく楽し気なリリを見て、ルナリアは苦笑いを浮かべた。
この娘は根っからの情報屋気質らしい。
袋をポケットに戻すとルナリアは紅茶を一口飲んで、リリに向き直る。
「秘密を暴くのと、仲間の救出。合わせていくら出せる?」
「前金で金貨5枚、一人救出する毎に金貨3枚、全員救出でボーナスとして1枚。情報入手で金貨5枚ってとこかな?」
そう言うとリリはポケットから金貨5枚を取り出して机の上に置く。
「合計金貨20枚か…………いいだろう、引き受ける」
ルナリアは金貨を取ってポケットにしまうと、おもむろに立ち上がった。
「アイテル!異扉を開け!」
「そう言うと思ったわよ」
アイテルがパチンッと指を鳴らすと、ルナリアの側にある空間がグルグルと渦を巻き、やがて魔法の鏡のように遥か遠方にある豪邸を映し出す。
ルナリアは満足気に頷くと、弓を肩にかけ直して不敵に笑った。
「朝までには戻る」
そう言うとルナリアは異扉に飛び込んだ。
アイテルはフゥと息を吐き、机に突っ伏してふて寝しているマシュリの肩を叩く。
「にゃ?オーナーさん、どうしたのにゃ?」
「今日の朝御飯は好きなだけ食材を使っていいわよ。朝になったらルナリアは億万長者になってるわ」
エントランスにいた三人はアイテルの言葉に首を傾げる。
この時三人は知らなかった。
ルナリアが貴族の家に入ったらどうなるかを……。