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最終話 より良き未来へ……なんだこれ

ヒロイン登場回です。

 知ってた。


「知ってた」


 思わず口をついて出る。


「そうか。見かけによらず、察しがいいね」


 余計な一言が入ってるぞ。

 いや、まぁ、察したというより、これまでの経緯で明らかになった、俺の中での結論なだけなんだが。


「君のいた元の世界、日本では万物に魂が宿るっていうだろ?」

「……そうだな」

「ボクはその中の一個だ」

「……は?」

「何々の妖精とか、なんとかを司る精霊とか……君の国の言葉に合わせて言うのなら、付喪神っていうのかな。あ、付喪“神”だと一応神様になるのか」


 ここに来てファンタジー要素かよ。


「まぁ、それで、ボクはトラックの付喪神でね」


 ……なんだそりゃ。

 あらゆるものをカバーしすぎだろ。

 そりゃ800万から先は数えるのが面倒になるのも頷けるわ。


「ボクらをまとめる、もっと上の偉い神様に言われたんだ。『最近トラックに轢かれて、妙なことを望む輩が多すぎるから、そういうやつに出会ったら痛い目を見させろ』ってね。その神様はもうお冠も甚だしい。思い出すだけで身震いするよ。くわばらくわばら」


 ん……?

 んん~?


「で、そんなお達しがあったなか、いよいよボクの目の前に現れたのが君ってわけさ」


 ……えぇ……?


「単純に、不幸にして偶然にも轢かれてしまっただけなら、ボクも南無南無チーンで終わらせるつもりだった。だけど、君はわずかにでもそういう、おファンタジーな望みを抱いていた。だから、上からのお達しに従って、痛い目に遭わせたわけさ」

「それで……それで、あんな生き地獄みたいなところに送ったのか!?」

「あはは、まぁ、そうだね。でも、『痛い目』ってのがどういうものか、具体的には言われなかったんだ。だから、ボクの裁量で、言ってしまえば意地悪で、君にあの選択肢を与えたんだ」


 え?


「実を言うと、五体不満足なんて結果にまでするつもりなんか端から無かったんだ」

「ど、どういうこと……?」

「最初に聞いたじゃないか。『助けてあげようか?』って」

「あ、ああ、そう……確かに……そうだったな」


 記憶をほじくり返して、なんとか思い出す。


「その時、君は何かを欲しいと願った。それが何かはいまいちよく分からなかったが、今生の、現世の何か、物を欲しがった」


 ……あ、ああ、それね。

 それ、『お約束』って言うんだ。

 教えてあげようかと思ったが、話が終わるまでは黙っておこう。


「さっきの高説の中でも言ったけど……あ、聞いてなかったんだったね、そういえば」


 ごめんなさいね?


「人間の、物質的な、あるいは精神的な何かを貪欲に求めることは決して悪いことじゃない。価値は人それぞれだが、その人にとって、それは生きていくために必要な物を求めるという、生理的で、自然的な欲求だ。裏を返せば、何かを求めるということは生きることを望んでいるということだ」


 本当にごめんなさいね?

 そこまで考えて言ってないからね?


「おファンタジーな願いを持ってるけど、実際はまだ諦めてないんだなって思った」


 意外と真面目なんだな……。


「ボクは驚いたね。君は事故に遭ったショックや混乱のせいでその時はド忘れしてしまっていたようだけど、仮に五体不満足じゃなくても、罪を背負った世界に戻って、絶望しないわけがない状況なのは知っていた。でも、忘れてしまっていたとしても、その言葉を聞いて、あんな状況に追い込まれたのは悔しい、なんとか覆してやるという気持ちが心の奥底にあるんだろうって感心したんだ」


 なんか……申し訳なくなってきた……。


「ボクだって無感動で、無機質で、ひたすら合理的な……多くの人が想像する神様のような、万能で、完璧な存在じゃない。そんな状況に引きずり戻すのは気が引けた。だから、戻りたくなくなるような選択肢を提示したんだ。もう一方の選択肢には希望があるようなものを掲げてね。そういう形で、助けてあげようと思ったんだ」


 ……あれ?実は優しいんじゃないか?

 やっぱり女神なんじゃないだろうか。


「でもやっぱり、実際にそういう安易な終わり方への願望や、わずかとは言え、都合の良い生まれ変わりに妙な期待を抱いて自分の前に立たれると、想像以上に業腹でね」


 ん?


「だから、しっかりと痛い目に遭わせてやろうと思って、あの世界に送ったんだ。死というものがそこら中に漂っていて、しつこくまとわりついてくる世界に」


 ……個人的な思いで仕掛けたと。


 こ、こいつ……女神じゃないどころか、悪魔だよ!

 最悪なのに当たっちまったな!

 抽象的な意味でも、物理的な意味でも!

 前言撤回!遺憾の意を表明する!


「さっきも言ったけど、ボクだって完璧じゃない。勝手にダシに使われて命を奪わせられれば嫌な気持ちにもなる。腹も立つさ。そこは理解して欲しいな」


 顔であからさまに遺憾の意を表明してしまったのだろう。

 そこから俺の内心を察して、彼女には彼女の言い分があるのだと諭される。

 それにしたってさぁ……。


「でも、短い時間の中で、周囲に流されながらとはいえ、あの世界で君は死というものに精一杯抵抗した。生に執着してみせた」


 …………。


「『あ、やっちゃったな』と思ったね、ははは」


 そんな軽い感じで言われても……。


「悔しさを抱きながら終わることだけが死ぬということじゃない。もちろん、そう思いながら去る人間もいる。君はそんな死に方を見てきたし、まさかあんな早くにリタイアしてしまうとは予想だにしていなかったけど、実際に経験したはずだ。でも、そんな終わり方は嫌なんだろう?」

「……ああ、そうだな」

「そして、どんなに地獄のような世界でも、勇敢に立ち向かっていく人々を見た」

「ああ、そうだ。……そうなんだけど……」

「いや、まぁ、自分でも、結構ひどい意地悪をしたって自覚はある。だから、君にお詫びをしようと思って、上に掛け合ってみたんだ。そうしたら、君の未来を少しだけ変えても良いって許可が出た。やりすぎだって怒られたけど、逆にそれで君をもっと良い形で助けてあげられるようになったってワケだ」

「…………」

「あれ?嬉しくないの?」

「ああ、いや、嬉しいっちゃ嬉しい……かな?」


 五体満足で戻れたとしても、犯罪者の汚名が待っている。

 それをすすぐまでには多大な時間と労力がかかるだろう。

 しかも一人で……。


 全面的に喜ぶことができないのは確かだ。

 だが、それでも、悔しさを抱えたまま終わりたくない。

 あんな気持ちのまま逝くのは嫌だ。

 それを晴らせるものなら晴らしたい。


「そう、それなら良いんだ。では、君が助かる……いや、助けられる未来の封を切り開いてあげよう」


 助けられる?


「悔しくない終わり方を目指せ。

 少なくとも、今、君の目の前にある理不尽、或いは不条理と呼ばれる奴に勇敢に立ち向かい、悔しさにまみれて押し潰される前に、そいつを叩き潰せ。

 君は地獄を見た。

 奴は見ていない。

 君は望ましくない死を知った。

 奴は知らない。

 君は勇敢さを見た。

 奴は見ていない。

 君は勇敢さとは何かを知った。

 奴は知らない。

 君はいよいよ……勇者になる時が来たんだ」


 いつの間にか、彼女は真面目な顔をして、俺を見ていた。

 彼女の瞳は真っ直ぐ俺を見据える。

 俺の瞳は真っ直ぐ彼女を見据える。


「さて……どうする?戻る?戻らない?」

「戻る」


 逡巡の間もなく、即答する。


「そう」


 彼女はニッと破顔する。


「……なぁ」


 ちょっと疑問に思ったことがあったので、彼女に聞いてみる。


「ん?なんだい?」

「こうなることを見越して、俺をあの世界に送り込んだのか?」


 もしそうだとしたら、やっぱり、ちょっとだけ女神様だと思えなくはな――


「いや、偶然」


 ――くはないな。


「…………」

「そんな目で見ないでおくれよ」


 いたずらっぽく彼女は笑う。


「ま、終わりよければすべてよしってことで。えっへっへ。あー、いや、君の場合はまだ、これからか」

「……ああ、そうだな」

「では、頑張りたまえ」


 わざとらしく偉ぶって言う彼女が、とても可愛らしく思えた。


「ああ、それと……」


 もう一つ、疑問に思ったことを尋ねてみる。


「ん?なんだい?」

「あの世界は結局、君が見せた夢か、幻なのか?」


 もしそうであれば、あの地獄の中を生きている人々はいないということになる。

 それはとても……寂しいけれど、嬉しくもある。


「いや、実在するよ。ま、いわゆる、パラレルワールドってやつかな」

「……そうか……」


 嬉しいけれど、寂しい。


「彼らは彼らで、彼らの物語を紡いでいくよ」

「……そうか」


 口の端が上がっているのをはっきりと感じる。

 彼らの未来はもう窺い知ることはできない。

 だけど、あれだけ逞しい人たちだ。

 なんとかやっていけるだろうし、そうであって欲しいと強く願う。


「しかし、人を色んな世界に送れるって凄いな。やっぱり神様なんじゃないのか?」

「あー、うん、さっき言った上の神様ってのが運送を司る神様でね。君の国で言うと、チマタノカミ様っていうんだけど、その神様の御業さ。知ってる?」

「いや、知らないな」

「そっか」


 マジで色んなところをカバーしてんのな。


「後から来る奴には意地悪なんかせずに、ちゃんと対応してやってくれよ……」

「あはは、努力するよ」


 こいつ……。


「さて、質問はもうないかな?」

「あー……うん、ない」

「では、健闘を祈ってるよ」

「ああ」


 徐々に、目の前が暗く……ではなく、逆に、とても目を開けていられなくなるほど明るくなっていく。

 もう既に、彼女の姿を見ることはできない。

 あ、その前に……。


「あの、俺が君に最初に頼んだことだけど……『何々ください』ってやつ……」

「ん?ああ……それが?」


 見えないが、声は聞こえる。


「あれ、俺の世界での……その、『お約束』ってやつで……別に心の底から強く願ったことじゃなくて……冗談みたいなものなんだ」


 ……彼女からの返答はない――


「な、なんだとぉー!」


 ――と思ったらあった。


「真面目に受け取って、ほだされやがって!あっはははは!」


 これまでの仕打ちに対する、せめてものお返しだ。

 戻ったら、思い出すたびに目一杯大笑いしてやろう。

 ざまぁみろ!


 そして……ありがとう。



 *



 眩しい光。

 トラックのヘッドライトだ。

 ブレーキをかけた音もない。

 クラクションも鳴らない。

 居眠り運転なのだろう。


 かなりのスピードで迫ってきているはずだが、やけにゆっくり近付いてくるように見える。

 助かるんじゃなかったのか?

 いや、助けられるのか……。

 誰に?何に?

 コワモテさんも、二等さんも、班長さんも、この世界にはいない。

 今の俺に味方なんて……。


 そんな考えが頭の中をよぎった瞬間。


 トラックではなく、もっと軽い何かが、目の前に迫る凶器とは別の方向からぶつかってきた。

 思い切り突き飛ばされる。


 肩を打つ。

 頭を打つ。

 背中を打つ。

 痛い。


 そして、重い。


 誰かが俺の上に覆いかぶさっている。


 荒い呼吸が自分から、そして、覆いかぶさっている誰かから聞こえてくる。


 次の瞬間、ブレーキ音と共に、トラックが何かの障害物にこすり付けられる耳障りな音が聞こえる。

 そちらの方へ目を向けると、左側を中央分離帯に押し付けて止まったトラックから男が降りてくる。

 少しふらつきながら、自分のトラックを見て、次にこちらを見て、慌てた様子を見せる。


「だ、大丈夫か!」


 少し離れたところから声を上げ、駆け寄ってくる。

 この野郎……バカな運転しやがって……。

 そう思いながらも、ゆっくりと手を上げ、力なく振る。


「だ、だ、大丈夫……でぇす……っはぁ~……」


 すぐ傍で、女性の声が聞こえた。

 ん?女性?

 覆いかぶさっていた、その誰かに目をやると、同じ会社の女性用の制服に身を包んだ女の子が見えた。


「はぁ……先輩……大丈夫ですか……?」

「あ、ああ……大丈夫……」


 せ、先輩?

 ゆっくりと、俺に視線を合わせようと顔を上げるその女の子。

 随分と……その……端正な……いや、カッコ付けずに言ってしまえば、可愛い女の子と目が合う。


「……よかった……」


 彼女は安心したのか、胸の上に勢い良く頭を落とす。

「ごふっ」というような声を漏らす。


「あ、ご、ごめんなさい……」


 もう一度、慌てて顔を、そして上体を上げる。

 この態勢は……角度によっては完全体に見えるかもしれない。

 う、噂されると恥ずかしいから、やめてよね!


 しかし、誰だ、この子……。

 記憶の中を探る……。

 そういえば……隣の部署の……。

 とは言え、人はそれなりに多い会社だ。

 それなのに、結構目にした記憶がある。

 まぁ、可愛いからかな……。

 目で追うこともあるだろう。


「なんで……助けて……」

「当然じゃ……はぁ……ないですか。知っている人を……たぁ……った、助けるなんて……」

「あ、ありがとう……で、でも、ほら、俺……君も会社うちの人なら……聞いてるだろ……?」


 もう社内中の噂になっているのは、勤務中に周囲の様子を伺ってはっきりと分かっている。

 俺がどうなろうと構わない人の方が、控えめに言ってもほとんどのはずだ。

 上層部にとっては、醜聞が広がる前に当事者が消えてくれるのなら申し分ないくらいだろう。


「だっ……だって……」


 だって……?


「わっ……わたっ……ふぅ……私は……先輩の、味方ですから……はぁ……」


 驚く。

 ただただ驚く。

 まさか、こんな状況の中で、その状況を知っていて、それでも俺に味方しようと思う人がいるなんて。


「私……知ってます……はぁ……先輩が、そんな、大胆なこと、を、する人間じゃない、ってこと……」


 そういえば。


「昔から……」


 学生の頃にも、何度か見かけた記憶が。


「先輩が、気が小さい……の……知って、ますから……はぁ……」


 いや……何度“も”。


「先輩……その、発散する時……何回も……隣室の物音で、ビックリ、して……止めたり……」


 そう、“何度も”見た記憶が……。


「何回……って言うか、結構……頻繁に……ふふっ……」


 彼女の目つきがおかしくなってくる。


「ふっ、ふふふっ……ゴミ袋の中の匂い……いつも、すごいですよ……?……はぁ……はぁ……」


 やべーやつじゃん。


 恐怖で視線が動かせなくなり、彼女の瞳から目を逸らせない。


「それに……」


 ふと彼女の瞳が黄色く変色するのが見えた。

 そして、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「ボクを引っ掛けて勝ち逃げなんて許さないぞ……勇者くん」


 もっとやべーやつじゃん。


 -end-

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

その場の思いつきであれこれ付け足していたら、当初予定していた5話前後というのを大幅に超えてしまいました。

申し訳ありません。

それでも、なんとか最後まで書ききれたことにほっと安堵しております。

しかし、自分で読み返してみても至らない点が多々見受けられます。

執筆なんて初めての経験でしたが、非常に楽しかったので、今後も何か思いついたら書き続け、精進していこうと考えております。

ご意見等ございましたら、遠慮なくお願い致します。

それでは、また次回作でお会いできれば嬉しいです。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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