第6話 辛苦の果てに……なんだこれ
若干ゃ世界観の説明回になります。
敵の生き残りを1箇所に集め、縛り上げ、味方の……その、そういう敵の船と降伏した敵の人達を回収させる役割の船があるらしい。
その船が来るまで、何か問題がないか船内を見回って確認しなきゃいけないらしい。
外の、甲板と言うらしいが、そこへ出て見上げると、何か仰々しいデザインの旗が降ろされていくのが見えた。
代わりに白旗が掲げられるのだろうかと思って見ていたが、どうもそんな気配はない。
船が止まって、旗が揚がってなかったらもう戦う意思はない、ということらしい。
「場合によっては、救助を待ってるって意味もあるんだけどね。早い者勝ちってことだよ」
傍にいた二等さんが補足してくれる。
「早い者勝ち?」
「ああ、僕らにとっては捕虜は身代金だったり、敵の方で捕虜になってる人達と交換するための材料だったりするわけさ。当然、敵はそうされないために味方を保護しようとする。どちらが早いかの勝負になる」
「すごく価値があるものなんですね」
“もの”って言い方は悪いかもしれないが。
「うん、そう。航空艦で動ける人材ってのは、育てるのに割と時間と金がかかるものだからね」
「なるほど……」
その話を聞きながら、甲板に並べられている捕虜の人達を見回す。
ざっと数えて……30人くらいいるな。
何を考えるでもなく、彼らをぼんやりと見ていると、ふと気が付く。
「敵の……いや、俺達もそうですけど、服が妙に豪華ですね……」
極彩色というのだろうか、ずいぶんと派手な色で、ところどころに、それなりにデザインされたラインや模様が施されている。
元の世界での兵隊が着ている服はなるべく目立たないように地味で、俺達の着ている服のように無駄とも思える意匠はされていなかった。
「これじゃすぐに敵に見つかって、まずいんじゃないですか?」
「うーん……?」
どうもそういう考え方は無いらしい。
そうか、ここから元の世界の知識を活かして軍隊を改革して英雄になっていくんだな!
ようやく英雄譚のスタートラインが見え――
「まぁ、その、銃から煙がいっぱい上がって視界が悪くなるから、目立たないと敵味方の区別がつきにくい、って教練所で聞いたことがあるよ」
「…………」
――なかった!
な、なるほどねぇ……。
言われてみればその通りかもしれない。
元の世界の鉄砲とは違うのだから、戦い方も、それに付随してくる戦場の常識も、全然違うのか。
元の世界の鉄砲はもっと命中率が高かったはずだし、短い時間で何発も撃てていたが、あれらがどういう構造でそうなっているのか、まったく分からない。
見えてきたと思ったスタートラインが、見える前に消え去った。
悲しみと悔しさが心の中に渦巻き、先ほどで崩れやすくなった眼の堤防は、少しだけ決壊しそうになる。
複雑な心境のまま、引き続き捕虜の人達を黙って見つめる。
「酒はあるかい?」
「ああ、あるよ。ほら」
そんな会話ののち、味方の一人が敵の一人に小さな金属製の水筒らしきものを渡す。
渡された彼が水筒を少しだけ傾け、わずかに口に含み、しばらくは飲み込まずに味を楽しむような仕草のあと、喉を鳴らす。
「ありがとう」
短く感謝の言葉を述べ、水筒を味方に返す。
仕事中?に酒とは気楽なものだ。
ん……?
いや、それよりも。
「敵って外国人ですよね?」
言葉が通じていることに気付き、二等さんに尋ねる。
「んー……まぁ、そうなるね」
若干、言葉に濁りはあるものの、俺の言う事に間違いはないらしい。
「なんで言葉が通じるんです?」
まるで珍しいものを見るかのような目で見ないで。
「あー……昔、大きな戦争があったのは知ってる?」
「いえ……」
知ってるわけがない。
「そうか……まぁ、僕がそういうのに多少興味があって調べてたからかな。知らない人は知らないか」
なんか癪に障る言い方だな。
「ほら、あれが見えるかい?」
彼が指を差す方向を見る。
何か大きな物が空に浮かんでいる。
船が浮かんでるんだ。
これ以上驚くことはないだろうと思ったが……。
ギョッとして目を見開く。
大地が、いや、大きさから言えば、島が浮いてる。
「なんですか、あれ」という気持ちを精一杯込めた顔で、二等さんを見る。
「あれ?見たことないのか」
ないです。
ほらぁ!そうやってまたそんな顔するぅ!
やめてくださいません!?
俺の胸のうちの気持ちに構うことなく、二等さんは続ける。
……続けて“くれる”。
へへっ、どうもすいやせん。
「……ああいう島……浮遊島と言うんだけどね。そこに住む人達と、地上に住む人達との間で、その“大きな戦争”が起きたんだ。
当時は島の人達がものすごく強くて、地上の人達はそれに服従していた時代だったらしい。
でも、島の人達だって一枚岩じゃない。
彼らは彼ら同士で、色んな理由で争っていた。
特に、狭い島の中では取れる物が限られているから、主な争点は支配している地上の領土と人だった。
彼らの地上における領土の奪い合いには、その地上の人達が駆り出された。
見た目は同じ人間なのに、住む場所が違うってだけで良いように使われるのは腹が立つ、って思うようになるのは自然な流れだ。
やがて、地上の人達はいよいよ腹に据えかねるようになって、島の人達に反旗を翻した。
でも、やっぱりなかなか勝てなくて、それなら地上の人達同士で力を合わせようってなったわけ。
だけど、それぞれ言葉が違ってて、うまく連携が取れず、やっぱり負け続けた。
で、ある偉い人か誰かが言葉を統一しようって提案して、誰にでも通じるような言葉を作り出した。
広まるまでに結構な時間がかかったらしいが、その試みは上手くいって、遂に島の人達に勝つ勢力が出てきた。
そして、『島の人達に勝った地上の人達が使ってるらしいぞ。俺達も覚えて、彼らに助けてもらおう』ってことで、主に戦争に携わる軍人達の間で爆発的に広まっていった。
やがて、軍人から商人、商人から職人、職人からその家族……そういう流れで、さらに広がっていく。
今ではとても信じられないけど、ほとんどの地域で島に住む人達が地上の人達を支配していたらしい。
そういう事情から、まるで伝染病のように世界中に伝播していった。
幸運にもそうでなかった地域の人々も、商売が円滑に進むからってことで使うようになっていく。
で、世界のどこでも通じる言葉ってことで、それぞれの国や地域の学校でも必修になって、それから更に時を経た今では、誰にとっても第一言語になった」
「それって、自分達の言葉の文化を捨てたってことですか?」
当然の疑問を口にした時、二等さんは驚いた表情で俺の顔を見た。
「……君は教養があるんだかないんだか、よく分からないね」
……失礼すぎない?
ところどころやや難しい言い回しがあったのに、意味を正確に汲み取った上で疑義を差し挟んだからだろうか。
いや、まぁ、この世界に関しての教養はまったくないのは確かだ。
そう自分に言い聞かせて、煮えくり返りそうだったハラワタに目一杯差し水をする。
……実は、ちょっと意味が分からない言い回しがあったのは内緒だ。
二等さんは気を取り直し、俺の疑問に答えてくれる。
「まぁ、そういう見方もできるね。
でも、わずかにではあるけど、伝統を残そうという向きはあってね。
それぞれの国や地域でしか使われない言葉も古典文学として残っているし、そうでなくても訛りとして残っていたりする。
例えば、君には多少の訛りがあるけど、それは南方の国の訛りとよく似ている。
他にも、使い勝手がいいから、ってことで、第一言語に吸収された昔の言葉もあるらしい。
あと、諜報活動なんかでは、わざと伝統的な言葉で分からないようにして、情報をやり取りしてるって聞いたこともある。
第一言語を使って当然、という常識の中の世界では、賢明な選択だと思う。
……ちょっとわき道に逸れちゃったね。
とにかく、そういう経緯があったから、この世界ではあの言語ならどこででも、誰にでも通じるってわけさ」
「なるほど……」
元の世界では、「言語が統一されたらお互いの気持ちが正確に通じ合い、争いはなくなる」なんて考えがあるらしいが、そんなうまい話はないのかもな。
いや、世界自体が違うから、どうなるか分からない。
考えても仕方が無いことだ。
なぜなら、これからは、この世界が俺の生きる世界になるのだから。
そういえば、俺は異世界人なのに最初から言葉が通じていたな。
んー……まぁ、そういうものなのかな。
造詣の深い友人も、そういうところには触れていなかったし、当然のことなんだろう。
これもまた、考えても詮無いことだろう。
そんな話をしているうちに、俺達や、今乗っているこの船よりも小さめな船が横付けされ、武装した味方の兵隊が乗り込んでくる。
その味方の船を見ると、船体の側面にでっかいプロペラが付いているのが見える。
あ、あれを使って進むのか。
時代は多少遡るが、元の世界と同じなんだな。
しかし、そのプロペラは既に動きを止めかかっているのに、船が落ちていく気配はない。
……あれ?飛行機とか、空飛ぶやつって、そういうものだっけ……?
「あの、二等さん、あの飛行機……じゃなくて、船って、どうやって浮いてるんですか?」
再び、珍獣を見るような目で見られる。
痛い痛い痛い。
視線が痛い。
彼にとって、確かに俺は痛い子かもしれないが。
これが、目は口ほどに物を言う、ってやつか……。
その時、俺達の船から声が聞こえる。
「推進の修理が終わったぞ!」
二等さんはその声がした方にチラリと視線を向けたあと、再び俺を見る。
「……まぁ、それはあとで説明するよ」
その苦笑いはやめてくれ。
刺さるから。
「二等、魔法使い、戻るぞ」
コワモテさんが声をかけてきた。
「えっ、戻るって……あ、帰るんですね」
どこに帰るのかさっぱり分からないが。
それよりも、この地獄から抜け出し、安全な場所へ行けるのは嬉しい。
「は?」
ああ、怖い、やめてください……。
「次に行くんだよ」
次?
「まだ戦いは終わってないぞ」
コワモテさんが指を差す。
その方向を見ると……。
遠くから聞こえる雷鳴のような音とともに煙が噴き出している船が見える。
形も、大きさも、様々な船が空を飛び交っている。
……やめてくれよ……。
まだ、まだ続くのか。
また行くのか、地獄に。
絶望の中で立ちすくむ。
「ほら、行くぞ」
声をかけられるが、足が動かない。
乗り込むときに架けられた橋をコワモテさんと二等さんが渡っていくのを呆然と見送る。
後からやってきた誰かにぶつかられ、意識を取り戻す。
……大丈夫だ。
また生き残ればいい。
生き残って、帰るべき場所に帰って、大地に降り、あたりを見回そう。
もっと、この世界を知ろう。
胸の中で静かに萌え立つ探究心の芽が、俺の心を徐々に持ち上げてくれる。
それと共に、ゆっくりと足を前に進めていく。
橋の上に乗り、俺達の船を見ると、左手に添え木が添えられ、布で吊り下げて応急処置をされた班長が見える。
「よう、生き残ったか。どんな魔法を使ったんだ?」
その顔はニヤニヤといやらしく……そして少し嬉しそうに見える。
使ってねぇよ。
使えねぇよ。
苦笑してみせることで返答とする。
橋を半ばほどまで渡ったその時。
「敵襲!」
そんな言葉が聞こえた瞬間、唐突に衝撃が襲い掛かる。
バランスを崩し、空中へと投げ出される。
「魔法使い!」
その班長さんの声を最後に、強い風が鼓膜を打ち鳴らし、それ以外は何も聞こえなくなる。
浮き草のように風に乗ることはなく、真っ逆さまに下に落ちて行くのが分かる。
綺麗な緑の絨毯が物凄い勢いで近付いてくる。
なんだこれ。
何なんだ、これは。
そ、そうだ。
パラシュート!
右のポケットを探る……が、無い。
無い……無い!無い無い無い!
どこだ!
右手で背後を探るも、何も手に触れない。
緑の絨毯が青々と葉を茂らせた樹であることがはっきりと見て取れるようになる。
ああ、ちくしょう……。
大地と共に、死が迫る。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。
この世界で、この地獄で、それでも生きていくと決意したのに。
こんなことなら、五体不満足でも元の世界に戻るんだった。
大地に降りることを望んだが、こんな馬鹿げた降り方ってないだろう。
ちくしょう。
いい加減、もうちょっと優してくれても罰は当たらないと思うんだけどなぁ……。
ちくしょう。
悔しい。
悔しい。
ここで終わることが。
死ぬことが。
死ぬことは……悔しいことなのか?
そうなのか。
そうだったんだ。
へぇ。
何なんだ。
何なんだよ!これは!
クソッタレ!
そして。
視界は暗闇に閉ざされた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ご意見等お待ちしております。