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第2話 広く大きな青い……なんだこれ

「ゲホッ!」


 自分が咳き込む音と震動が体内に響き渡り、意識を引き戻される。

 目を開くと、先ほどの蒸気とは違う、また別の要因による煙が視界を遮っている。

 ああ、生きてる。

 いつの間にか、ずっと聞こえていた轟音が鳴りを潜め、静寂があたりを支配している。

 いや、また耳がやられたのか?


 誰かの咳き込む声が聞こえた。

 どうやら耳に異常は無いらしい。

 何か、大きい物、小さい物、硬い物、柔らかい物、様々な物が床に落ちる音も聞こえてきた。

 壁にたたきつけられたせいだろうか、妙に呼吸が浅く、速い。

 鼻の中を粘性の低い液体が流れていく感触がした。

 舞い上がってる埃を吸い込んだせいだろうか、鼻水かな。

 服の袖で鼻の下を拭う。

 赤い筋がついた。鼻血か。

 転がった際に鼻でもぶつけたか。


 少し呼吸が落ち着き、近くを見回すと、先ほど俺に劣情を催した棒の人がすぐ横に倒れ伏していた。

 あちこちに傷があり、わずかに血が流れ出ている。

 うめき声を漏らし、こちらを見上げ、ニッと笑う。

 よかった。生きてる。


「魔法使い!二等!無事か!」


 大きな声が聞こえた。

 コワモテさんの声だ。


「生きてます!」


 決して無事ではないので、こう返しておく。


「二等は!?」

「……無事でぇす……」


 蚊の鳴くような声で棒の人……二等さんが返事をする。

 が、こんな小さな声では届かないだろう。

 代わりに返事をしてあげよう。


「二等さんなら俺の横で寝てます!」

「無事なんだな!?よし!」


 ちょっと語弊があったかもしれないが、誤解もなく伝わったようなのでよしとしよう。

 ふぅ、と安堵のため息をつくと、薄くなってきた煙の中からぬっと大きな手が現れた。

 結構びっくりしたが、コワモテさんの手だった。

 俺の手を掴み、引き起こされる。

 かなり強い力で引っ張られたので思わずつんのめりそうになる。

 下手したらコワモテさんの胸に飛び込んでいたかもしれない。

 ヤダ……。


 二等さんが四つんばいになって起き上がろうとしていたので、同じように手を差し出して引き上げる。

 おっと?

 床がまだ傾いている。

 引き上げた反動でたたらを踏んでしまう。

 船が傾いているのか?転覆する?総員退艦?

 困惑して挙動不審になってると、薄煙の中からコワモテさんが再び現れて、長い木の棒を渡してくる。

 重っ。長っ。

 なんだこれ。

 俺の身長と同じ……いや、それよりは小さいか。


 二等さんも同じ物を受け取り、肩下げの鞄をどこからか持ってきて、両肩に下げる。

 鞄を吊り下げるヒモのところにナイフみたいな小さな剣がささっている。

 さらにバックパックを背負う。

 二等さんから同じ物を渡され、見よう見まねで身に付ける。

 意外とずっしり来るな……。

 何が入ってるんだ?


 煙がほとんど晴れてくると先ほど扉の向こうからやってきたおっさんがコワモテさんと話している。


「左腕の感覚がねぇ」

「班長、もうここで休んでろ」

「そうはいくか。どこもかしこも人手が足りねぇだろ」


 コワモテさんに班長と呼ばれたおっさんの左腕を見ると、曲がっちゃいけない方向に曲がっている。

 思わず目を逸らす。


「おい、オメェ……見ねぇ顔だな。どこの班だ?」


 どこの班って……どこの班でしょう?

 こちらが教えていただきたい。


「たぶん、ついこないだ入ってきた補充だ。俺もさっきまで見たこと無かった」

「そうか」


 勝手に向こうで話がついた。

 この場に来てから分からない事だらけだ。

 もう好きにしてくれ。

 俺は浮き草。流れに身を任せるほかない。


「よし、行くぞ」


 コワモテさんの声で皆が動き出す。

 俺は自分が置かれた状況を理解できないまま、ついて行くことしかできない。


 船の中、狭い階段を上っていく。

 ようやく外に出られるのか。

 海が見られれば、潮風に吹かれれば、もう少しこの状況を落ち着いて俯瞰できるかもしれない。


 多くの人が途中途中で合流しながら同じほうへと進む。

 やがて、一際眩しい光に見え、その中に飛び込む。

 ああ、外だ。

 ちょっとした興奮を覚えながら飛び出す。

 うおおおお!ウェミダー!

 ……あれ?



 *



 外に出れば青く広がる大海原だった。

 はずなんだが……。

 目に入ってきたのは、青くはあるが、海ではなかった。

 空。

 青く広がる大空だった。

 少し向こうに山が見える。

 それも見上げるのではなく、見下ろす形で。


 前髪が強風に扇がれて目をつつくが、それが気にならないほど呆気に取られてしまう。

 思わず足を止めてしまったせいで、駆け上がってきたであろう後の人に突き飛ばされる。

 足がもつれ、倒れこむ。


「魔法使い!こっちへ来い!」


 声のするほうを見やると、コワモテさん、二等さん、班長さんがいた。

 慌しい雰囲気に呑まれたせいか、牧羊犬に急き立てられる羊のように、四足でコワモテさんたちの方へ駆け寄る。

 彼らは一様に胸の高さよりやや低い壁を背にしてもたれかかっている。

 二等さんと班長さんの間で同じように壁に背を預け、一息つく。

 何が起きているのか分からないまま、視線をあちこちへ移すと、皆が皆、俺が渡された長い木の棒を持っていた。

 よく見ると女性もいることに気付く。

 彼女がギュッと木の棒を握り締めているのがなんとも……。

 ん?

 木の棒じゃない。

 部分的に金属が仕込まれている。

 ……鉄砲か?

 しかも、ところどころ形状に差異があるが、戦国時代ぐらいに使われてたような、かなり古い物。

 テレビで何度か見たことがある。


「アンカーが刺さってねぇ。さっきのはぶつかっただけか」

「みたいだな。近すぎたんだろう」


 班長さんとコワモテさんがぼそぼそと話している。

 何の話だ?


「弾込め!」


 どこからか声が聞こえた。

 その声に合わせて、周囲の人たちが動き出す。

 膝立ちになり、いくつかの動作を行ったあと握りなおす。

 当然の如く、俺は見ているのが精一杯でついていけない。

 何をやってるんだ。


「構え!」


 間もなく、声が響く。

 その声と共に、どこからか軽快な調子で浅い音色の太鼓が鳴らされる。

 と同時に、周りの皆が立ち上がり、壁の向こう側へ鉄砲を向ける。


「撃て!」


 いくらかの間を置き、妙に気合のこもった声が耳に届く。

 続けざまに、今度は鈍く、大きな太鼓が鳴り響く。

 その直後に、遠くの方で爆竹が幾重にも渡って炸裂するような音が聞こえる。

 同時に、後ろの壁を何かが叩く。

 その音が鳴り終わる前に、両隣の二等さんと班長さんが先ほどと同じように膝立ちになる。


「なんだ、撃てねぇのか」


 呆然と座ったままの俺に班長さんが気付き、声をかけてくる。


「もう一度!弾込め!」


 再びどこからか声が発される。


「近頃は銃の操法教練はやらねぇのか」

「銃……」


 銃。

 やはり鉄砲なのか。

 そんなもの、撃ったことなんてない。

 触ったことすらない。

 しかもこの鉄砲、最近のものでもないだろう。

 どうやればいいかなんてさっぱり分からない。


「なら手を貸せ。片手じゃまともに狙いもつけらんねぇ」

「ど、どうすれば……」


 片手で器用に……多少もたついているのははっきり見て取れるが、どうにか弾を入れるのを終えた班長さんは俺に向き直る。


「ここを手で持て」


 長い鉄砲の真ん中あたりを指差す。


「いいか、俺が立ち上がったらそれに合わせて手を上げて支えろ」

「は、はい」


「構え!」


 班長さんが立ち上がる。

 鉄砲に引っ張られるように膝立ちになり、手が上がる。

 ちょっと熱いんですけど……?

 まぁ、耐えられないことはない。我慢我慢。

 軽快なドラムロールが鳴る。


「そのまま」


 班長さんが早口で俺に言う。


「撃て!」


 再び起きる大きな音に体が反応する。

 と同時に、鉄砲を支えていた左手に衝撃が走る。

 お、おおぉう……。

 ジンジンする……あっつ!

 思わず手を離す。

 新手の拷問か。


「各個に射撃!」


 銃撃戦だ。

 俺が映画やドラマで見たことのあるものとはまったく違うが、鉄砲を撃ち合っている。

 相手が誰……いや、何なのかすら分からないが。

 へい……とかなんとか言っていたな。


「助かった」


 班長さんにそう言われ、精一杯の笑顔で答える。

 あまり口の端が上がっている気がしない。

 かなり弱々しい笑顔になっているだろう。


 その時、班長さんの向こう側に倒れこんでいる人が目に入る。


 なんだ。


 倒れこんでいる彼の下に、赤い水溜りが広がっていく。


 鼓動のリズムが狂う。


 呼吸のリズムが狂う。


 あれは……なんだ?

 どうなっている?

 彼が?何が?


 ……当たったのか?


 目が、視線が、震えるのがはっきりと分かる。

 その震えが顎に、手に、足に、身体全体に広がっていく。


 これは……。


 これが……。


「おい!」


 唐突な声に、視線が定まる。

 班長さんの目が、しっかりと俺を見定めている。


「俺はまともに撃てねぇ。教えてやる。言う通りにしろ」


 射抜くような強い眼光に、思わず繰り返し小さく首肯する。


「まずはだな……」


 班長さんがところどころ注釈を加え、実際に動かしてみせてくれる。

 足で鉄砲を支え、鞄の中から、先程見たヤクがかなり小さくなったものを取り出す。

 まずはそれの片側を噛み千切り、手前にある小さな皿の上に僅かに火薬を注ぎ、フタをする。

 小さなヤクの包みの中には球も入っており、火薬を下にして紙ごと一緒に放り込む。

 鉄砲についていた細長い棒を取り出し、それで筒の中に押し込む。

 棒を元の場所に戻し、最後に手前にあった金具を引き上げて……これで準備完了らしい。


「これで撃てるようになる。やってみろ」


 よ、よし。まずは鉄砲を足で支えて……。


「左手が使えるんなら足は必要ない」


 あっ、そうか。

 改めて左手で鉄砲を支え、班長さんの動きを思い出しながら同じように操作する。


「違う、そうじゃなくて……」


 いちいちフォローが入り、なんとか事を終える。

 昨今、元の世界では失われて久しい先輩の手厚いフォローに感謝。

 それでも、自分が慣れない動作に手を焼いている間に、隣の二等さんは何度も屈伸運動を繰り返していた。


「よし。じゃあ、立ち上がって、引き金を引いて、敵を撃て。わかるな?」


 まぁ、おおよそは見当がつく。

 引き金に指を添える。


 立ち上がり、壁の向こう側に構える。

 良い按配に壁が長い鉄砲の支えになってくれる。

 銃口を相手に向けて……。


 目に入ってきたのは視界に収めきれない木造の大きな建物……ではなく、船。

 空飛ぶ船。

 そしてやや下方にこちらと同様の木の壁。

 そこから覗く、敵の姿。

 敵……人間。

 心臓が跳ね上がる。

 殺すのか。

 人を。


 呼吸が荒くなるのがはっきりと分かる。

 引き金にかけた指が凍りついたかのように動かない。

 初めに目に入った人の隣で、頭から真っ赤な花を咲かせ、視界から消える光景が目についた。

 ああするのか。

 あるいは、ああなるのか。

 死が間近にある。

 あれほど縁遠い存在と感じていた死が。

 これほど恐ろしいものだったのか。

 それが今、目の前に、現実に、確実に迫ってきている。

 身体中が恐怖に満たされていくのを感じていたその時、俺が見ていた人が、こちらに目を向けた。

 息を呑み込み、思わず身体を屈め、壁の裏に隠れる。


「なんだ、撃てなかったのか」


 班長さんが苦笑しながら俺に話しかけてきた。


「しょうがねぇ。俺も最初はそうだった。だがな……」


 続きを遮るように声が聞こえる。


「手榴弾!」


 その声が耳に入って間もなく、大きな爆発音が聞こえた。


 若干遠かったのだろうか、耳が利かなくなるほどの音ではなかった。

 てりゅうだん?

 てりゅうだん……手榴弾か。

 自分の全身を見回し、目立った怪我がないことが分かり、ほっとする。

 班長さんも二等さんも、その向こうにいるコワモテさんも無事なのを確認する。

 だが、二等さん、コワモテさんのさらに向こう側、黒く焼け焦げた床に、何人かが倒れている。

 その光景に頭も身体も固まりそうになった時、左腕を強く掴まれ、はっとして振り返る。


「やらなきゃ、やられるだけだ」


 班長さんの鋭い眼光が俺を刺し貫く。

 彼の向こう側に倒れている人が再び目に入った。

 そうだ。

 その通りだ。


 ゆっくりと立ち上がり、再び構える。

 “敵”に狙いを定め、引き金に指をかける。


「……うっ……」


 引き金を。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 引いた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

ご意見等お待ちしております。

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