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第1話 覚醒。そして……なんだこれ

 そちら方面に造詣が深い友人に聞いたことがある。

 なんでも、死んだ人間が神様に会って色々な能力を授かり、異世界で再び生を受け、大いに活躍する話があるそうだ。

 その話を聞いた当初は大して興味を持たなかったと思うが、今思えば、ちょっとくすぐられるところもあったかもしれない。

 俺だって人間だ。

 富、名声、栄達……いずれにせよ、何かそういったものに根ざした虚栄心というものは持っていた。

 多くの人より優れ、羨望の的でありたいと願う、ちょっと黒い心を。

 その友人の話のような妙な……変な……何と言うのか、都合のいい話はあるわけないだろうと思っていた。

 だが、今となっては信じよう。

 彼が話した物語のような展開が、自分の身に起きたのだから。

 疑う余地すらない。

 生死の境に立ち、神に会い、まるでどこかのビデオゲームで見たような世界に生まれ変わり、特別な能力を授かり、優れた剣技、破格な魔法を駆使し、後世に名が残るほどの活躍をするのだ!

 さぁ、目覚めるがいい。

 伝説の勇者よ!

 そして、目覚ますがいい。

 陥落済みの美少女ヒロインよ!


 ッパァン!


 頬に激痛が走る。

 と同時に、目が開く。


「おう、生きてたか」


 これが……美少女……。

 無精ひげを生やした美少女。

 短髪の美少女。

 筋骨隆々な美少女。

 “異”世界とは言うが、これほど異なるものだろうか。


「美少女ですか……?」


 思わず尋ねる。


「あ?」


 怖ッ。


「俺が女に見えるほど気が狂っちまったのか?」


 いいえ、見えませんので狂ってません。


「ここは……」


 どこですか?と尋ねようとしたが遮られる。


「どこの班のやつだ?黒い髪に黒い目……変な訛りもあるな。南方の出身か。お前……うちの小隊にいたか?どこの班だ?」


 班?

 班……小学生の頃は1班、2班、3班……色々……。

 あ、何回か班長の経験もあるな。

 いや、そうじゃないだろう。

 あ、そう、そうか、ええと、会社では……。


「えーと……総務課の……給与係です。係では班がなかったので、何班かと問われても……」

「はあ?」


 こわい。


 山賊か海賊か、なんか、そういうカタギじゃない所に捕まってるのか?

 監獄スタート……まさかの監獄スタート……ッ!

 こういう時は俺の牢屋の中に隠し通路があって、皇帝が誰かから逃げようとして、付いて来いってなって……。


「あの、皇帝は……」

「皇帝ィ?」


 もうホント謝りますから怖がらせないでください。

 低気圧ボーイなんですから。

 気圧が消えたかどうか察知すらされないほど気が小さい人間なんですから。


「ヘイルイゼクの皇帝は敵だろうが」


 へ、へい……?

 敵なのか……。


「俺と、その……あなたはてっ、敵ですか……?」

「そんなわけねぇだろ」


 大変結構。

 さぁ、いよいよ俺の英雄譚の始まりだ。

 と思ったが、手元に武器がないことに気付く。


「えっと、敵が来てるなら、武器……剣とか……あ、たぶん魔法も使えるかもしれません」


 いぶかしげな顔で黙り込み、俺を見つめるコワモテおじさん。

「<コワ>いけど<モテ>モテおじさん」の略ではない。

 そういう人種もいるけど。

 この場合、言うまでもなく怖い顔って意味だ。


「……はぁ……もういい。手伝え。人手が足りねぇ」

「えっ、あっ、はい」


 手招きされて、狭っ苦しい木造の建物の中を進む。

 おかしいな。

 記憶の中にあるその手の世界だと石造りの建物がほとんど……いや、それは部分的にか。

 それにしても狭苦しいな。

 地下坑道か何かか?

 にしては、風を感じる。

 この風……。

 あとなんかうるさい。


「おいっ!あー、二等!」

「はい!」


 俺じゃない誰かが答える。


「お前じゃねぇ!通りが悪いな……魔法使い!ぼさっとしてねぇで、装填を手伝え!」


 ん?

 さっきのコワモテが俺を見ながら大声を張り上げている。

 自分で自分に指をさす。


「そうだ魔法使い!テメェだ!こっち来い!」


 どどどどど童……まだ魔法使いちゃうわ!

 と、声を大にして主張したかったが、怖いので慌てて駆け寄る。


「ヤク持ってこい!」


 その言葉を聞いて固まってしまった。

 ヤク!?

 ヤクってその……そのヤクですか?

 やはりそっちの業界の……。


「砲兵の経験はねぇのか……。そこの、紙にくるまってるヤクをこっちまで持ってこい!」

「ほうけ……?そこ……?」


 指し示された方を見ると、円筒状になった白い包み紙が見える。

 結構な大きさで、それがいくつも見える。

 え?あの中にヤクが?

 結構な量入ってると思うんですけど……。

 えっ、末端いくら?


「持ってこいっつってんだろ!」

「あっ、は、はい!」


 怖い顔で、怖い声でどやされて、唯々諾々と素早くヤクを持ち上げ……あっ、結構重い。

 よっこいせ。

 腰を気遣い、姿勢を変えて膝で持ち上げる。

 そしてコワモテさんのところへ運ぶ。


「よし、ケツから入れるぞ!置け!」


 へぇっ!?

 こ、このまま!?

 ケツに!?


「ケツに!?」


 声に出てしまった。


「そうだよ!ここに置け!まとめて穴に入れる!」


 コワモテさんがバンバンと叩く物に目が行く。

 あ、あれって……大砲?

 すごく古めかしい形をしている。

 少なくとも、どこかでチラッと見た記憶にある最近の大砲ではない。

 かなりの年代物では……レプリカ?

 完成度たけーなオイ。


「それを!ここに!置く!わかるか!?」


 コワモテさんがジェスチャーと怒鳴り声で俺に指示する。

 慌てて言われたとおりに、大砲のケツから突き出ている部分にヤクを置く。


「よし、いいぞ」


 コワモテさんからお褒めの言葉をいただく。

 重さから解き放たれ、姿勢を正すと、汗が背を伝うのが分かる。


 すぐさま誰かが長い棒を持ってやってきて、それで大砲の中へ押し込む。

 ゴロゴロと何かが転がる音がすると思ったら、さきほどの包み紙の前に砲丸投げで使うような鉄球が同じように押し込まれていくのに気付いた。

 長い棒を持ってた人が大砲の“ケツ”についていたフタを閉め、さらにそのフタについていたハンドルを回し、締める。

 ヤクって……火薬かよ!


 一連の流れを俺がぼんやりと見ていると、棒の人が俺に振り返り、大砲から伸びているヒモを俺に渡してくる。


「やってみ。面白いぞ。当たれば余計に」


 戸惑っているのが丸分かりであろう俺に、ニッと笑いかけてくる。

 コワモテさんと違い、若く、爽やかな好青年といった印象の彼に話しかけられ、少しだけ緊張が解ける。

 なかなかの男前だが、顔のあちこちがすすけていて台無しである。

 彼を見ながら、わずかに頷いてみせる。

 笑顔で返したつもりだが、自分が今どんな表情か、いまいち分からない。


「右翼砲班、装填完了!」


 コワモテさんの大きな声にビクリとして、その方に向き返る。

 コワモテさんが何かラッパの口のような部品に向かい、声を荒げたのが分かった。


『右、砲、了解。引き続き任意で射撃』


 すぐさま声が返ってくる。

 あれか、伝声管ってやつか。

 その声に再びコワモテさんが「任意射撃、了解」と復唱し、応答する。

 管のフタを閉じながら、大砲の横にあった椅子に座り、壁に埋め込むように設置された望遠鏡のようなものを覗きながら、同じく大砲に接続されているレバーに手をかけ、くるくると回す。

 そうすると、先ほどまで床に対して水平だった大砲が少しずつ角度を変えていく。

 コワモテさんが少しだけこちらを振り返り、再び望遠鏡を覗く。


「魔法使い!」

「はっ、はい!」


 すっかり魔法使いになってしまった。

 まだその資格はないので辞退申し上げたい。


「俺が撃てっつったら、そのヒモ思いっきり引っ張れ!」

「りょ、了解!」


 薄々感付いてはいたが、軍隊だなこれ。

 兵隊らしくいこうってことで、それっぽく返答する。


「撃て!」


 唐突に声が響く。

 瞬間的に身体が反応し、持っていたヒモを引っ張る。

 が、重い。手からヒモっがすっぽ抜ける。

 慌てて両手で掴み、もう一度強く引っ張る。


 刹那。


 とんでもない轟音が鼓膜に叩き付けられる。

 頭が、視界が、くらくらする。

「撃て」と言われてから、数瞬遅れてしまった。

 またどやされそうだな。

 と思っていたが、コワモテさんはなかなか良い笑顔で俺の肩を強く叩いてくる。

 何を言ってるかは耳がバカになってしまって全く聞こえない。

 当たったのか。

 何にかはさっぱり分からないが。

 良かった。

 そう思ってふっと力が抜ける。

 その瞬間、急に床が傾く。

 脱力した上に強く叩かれていたためか、床に広がっていた何かに足を取られ尻餅をつき、後背の壁に打ち付けられる。

 結構な勢いで打ち付けられたので、痛みが半端なものではない。

 痛みをこらえるためギュッと閉じていた目を再び開くと、ちょうど身体の下のあたりに広がっていた、足を滑らせた原因らしきものが目に映る。

 真っ黒な液体。

 触れてみるとやや粘り気がある。

 油か?

 その汚れを拭き取ろうと服に指先を擦り付けると、赤い筋が描かれる。

 ……ん……?


 何かが引っかかったが考える間もなく、バカになったはずの右耳に、再び大きな衝撃が伝わってきた。

 音のしたほうに振り向くと、扉があった。

 その扉の隙間から白い煙が噴き出す。


 もう何がなんだか分からない。


 呆然と見ていた扉が急に開き、中から男が出てくる。

 中年……青年……いや、その間くらいか?

 あー、そんなことはどうでもいい。

 男が見えたと同時に白い煙が俺のいる部屋に充満する。

 蒸し暑い。

 じっとりとした空気が身体中のあちこちにまとわりつく。

 蒸気?


 男がコワモテさんに何やら話しかけ、伝声管に向かい、何かを喋り出した。

 ようやく鼓膜が落ち着きを取り戻し、彼の声が聞こえるようになる。


「……――いされた!右舷推進、喪失!」


 そう聞こえたのも束の間、身体が左へと押しやられる。

 なんだなんだ?

 それに彼も何を言ってるのだろう。

 やはりよく分からない。

 伝声管から声が聞こえてきた。


『敵駆逐艦に接舷する!総員、衝撃に備え!』


 くちくかん?

 って、あれか?船か?

 なんかそういうゲームを見たことがある。

 見た目は女の子だったが。

 くちくかん、駆逐艦。

 大砲、船……そうか、これは海の上で戦っているのか。

 得心する。

 今、自分がどこにいるのか。

 部分的ではあっても状況を知れたことに、なぜか大きな安堵を得る。


 急に棒の人が俺を抱きこむ。

 おいおいおいおい!そんな趣味はねぇぞ!勘弁してくれ!

 ギョッとして目を見開きつつ、そんな言葉が脳裏をよぎった瞬間に、身体を、部屋を、目に入るもの全てを震わせる大きな衝撃が訪れる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

ご意見等お待ちしております。

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