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転移した僕と転生した私  作者: 幻想のネコヤナギ
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第7話「作業用BGMにアニソンを聞いていると逆に作業が進まない」

 あるところに少女と、その少女の兄がいた。


 兄妹は非常に仲が良く、暮らしも裕福であった。


 両親は共稼ぎの空輸業で、愛し合う父母のもと、愛を込められて育てられる兄妹。


 しかし、少女が学校へと通い始めたその日。両親は謎の魔導機爆発事故により、二度と兄妹のもとへと帰らなくなった。


 それから、少女の周辺は急速的に変わった。


 学校には行けなくなり、安い賃金で割りあわない労働を強制させられる毎日。身も心も、どんどん汚れていき、以前のような純白の笑顔は少なくなっていた。


 兄も、妹を楽させるために裏の仕事をなんでもやった。


 そんな生活が長々と続き、ある日兄は少女を連れて人気のない場所へと連れて行った。


 少女は兄にこう言われてついてきた。


 “これからお前を大切にしてくれる人が待っている”


 “怖がるな。兄ちゃんはお前のことが大切だと思ってやってんだからな”


 自分よりもいつも遅く帰って、耐えない生傷を追っている兄の言葉を、少女は疑うこともなく信じた。


 とある廃工場に連れて行かれた少女の目の前には、中年太りした男が笑顔で、黒づくめの護衛を従えて現れた。


 少女は兄と引き離されて、その男のものになった。


 少女は体験したことのない行為を何度も、気が狂うまでやらされた。


 少女は心も、体も、魂さえも、自分を買った男とその仲間たちにズタズタに引き裂かれた。踏み潰された。


 少女は泣き続けた。兄に助けを請うた。兄が来てくれることを願った。


 でも来なかった。


 平然とやられるこの地上において最低と部類される行為にも慣れ始め、少女は言葉を失うのも、そう時間はかからなかった。



 時は経ち、自分の他にもこんな風に全てを踏みにじられる人がいると思っていたその時、兄がとても裕福な格好でやってきた。


 少女は喜んだ。自分を助けに来てくれた。自分は助かったのだ。


 “誰だお前?”


 “薄汚い奴隷だな……俺様に近づくんじゃねぇ!!”


 兄は、少女を踏みつけて行ってしまった。




 少女は嘘だと思った。自分のことを大切にしてくれた人がそんなことを言うはずない。


 少女は夢だと思った。気が狂いすぎて、自分は幻覚を見てしまっている。


 少女は現実だと知った。その時自分の中の何かが、思いっきりへし折られた感覚し、何もかもを滅ぼしたいと思った。



 少女はまず男を殺した。油断している太った男から拳銃を奪い、同じく油断している護衛を撃ち殺した。次に男の家族を殺した。男には一様正妻というものがいたので、そいつの頭をグチャグチャになるまで壊した。一緒にいた5歳ぐらいの男の子は建物から突き落として、動けないところを首をへし折った。

 

 少女は自分の家があった場所に行った。中には見知らない家族が笑っていた。それに火をつけた。燃え盛る家の中から聞こえる悲鳴は、少女にとって虚無のような感じだった。


 少女は兄の友人を訪ねた。異常に汚れていた少女の姿に友人は、薄汚い奴隷の姿が誰なのかがわからなかった。少女は兄の友人の隙をついて飛びかかって、首元にナイフを突きつけた。そして問う。自分の兄が今どこで何をしているのかを。友人は恐怖で震えながら答えると、少女からナイフの滅多刺しを受けた。


 少女は兄を見つけた。いわゆる上流階級が住む通りに居を構えていた兄は、そこで家族を作っていた。今まで以上に沸点に到達した少女はすぐさま家に侵入し、兄の妻を撃ち殺した。次にその娘も撃ち殺した。


 兄は腰を抜かして、妹の姿を見て驚愕する。それもそうだ。まさかこんなところまで奴隷がやってこれるはずがない。

 “や、やめろ!やめてくれ!!”

 

 何かを口走る兄の言葉は少女にはもう届かない。振りかざしたナイフが振り下ろされようとした時。


 “お願い!兄さんを殺さないで!”


 目の前に、見たことない、自分と同じくらいの少女が、兄をかばっている。


 へし折られた心が、今度は完膚なきまで破壊される。


「そうか……そうだったんだ……兄貴は、私を捨てて……好きな風に暮らして!幸せになって!!おまけに新しい妹を買ったんだ!!!」


 少女のナイフが、兄と、兄をかばう少女に振り下ろされる。





「死ね」


 何度も


「死ね!」


 何度も


「死ね!!」


 何度も


「死ね!!!」


 何度でも


「死んでしまえぇぇぇぇぇえっっっ!!!!!」




 真っ赤に染まった床には、血の泡を吐いて許しを請うかのように息絶えていた兄と、悲しそうに事切れていた少女が目の前にあり、少女は血まみれの手にあるナイフを、ただじっと眺めていた。









「起きて。起きてよクリア」

 僕は珍しく、いつまで経っても起きてこないクリアを起こしに、彼女の部屋に来た。別にずっと眠ってもらってもいいのだが、そういうわけにもいかない。せっかく作った朝食を食べてくれないのは、作り手としても悲しい。

「……ん……ゥるさい……」

 彼女の肩を揺さぶり続けて数分後にはようやく起きた。上半身を起き上がらせた彼女は大あくびをしたのちに目を擦って僕の方を見る。

「おはよう」

「……何勝手にオレの部屋に入ってんだてめぇ」

 うん。まあそういうよね。

「いやまあ。いつまでたっても起きないからさ。ちょっと心配になってさ」

「余計なお世話だ。うっとしい。ついでに気持ち悪い。オレの服とか下着とか触ってないだろうな?」

 君の服と下着というのは、その辺に放り投げられている布切れのことを言っているのだろうか。あれはもう雑巾にしか見えないぞ……

「触ってないよ。そんなことより早く着替えて朝食食べてくれ。君が食べないと僕は後片付けができない」

「いいよ。いらねぇし」

 お?珍しい。というのを僕が言うのがおかしいけど、ここ毎日朝食を残さず食べて、しかも朝早く来ていた彼女が食べたくないなんていうとは……これはもしや風邪なのだろうか?

 僕は彼女の額にを右手をやり、左手は自分の額へと当てる。

「っ!?な、なにやってんだよ!!」

「熱があるのかな〜って。ほら食欲ないなんておかしいし」

「いらねぇもんはいらねぇよ。ついでにオレに触んな。気持ち悪い」

 彼女の額につけていた僕の手が弾かれる。なぜこうも不機嫌なのだろう。昨晩のことをまだ引きずっているのだろうか。

「……じゃあ後で持ってくるよ。簡単なもので_____」

 そう言いかけたと同時に、突然鐘が大きく鳴り響く。

 二週間の間聞いたことのない鐘の音に僕は慌てて周囲を見渡す。音の発生源は天井にあった。

「……仕事の時間だ。空賊のな」

 クリアはまるでようやく獲物を見つけた肉食動物のような目で、僕を見ていた。


 船の速度が自然と上がる。甲板には多くの船員が武器を持って集まっていた。僕もそこに集まると、その集団を全て見渡せる場所にキャディ船長がメガホンらしきものを持って立った。

「お前ら!仕事の時間だ!!朝飯は十分なほど食ったよな?武器の調整は十分か?敵の攻撃に怯えない勇気はバッチリか?ならばよし!!私らはこれより帝国の輸送船団を攻撃する!!こいつらはあろうことか輸送船だけで行動しており、護衛は戦闘艇が5隻程度!こんな美味い獲物を逃すわけにはいかない!!全力で奴らから毟り取れ!!抵抗する奴は叩いて潰せ!邪魔する奴は蜂の巣に仕立て上げてやれ!!帝国の連中からのありがたーいプレゼントを私らのものだ!!」

 おおぉーっ!!!周辺の女性たちは武器を掲げて戦意を高揚させる。

 隣にいたクリアは先ほどから笑みを隠しきれないほど見せている。戦うのが好き、ぽかったけど、本当に人の命を奪い合うのが楽しいのかと思うと、少し距離を開けたいという気分にもならないわけではない。

 ちなみに僕は一様一緒に突撃するらしい。まさか弾除けにされたりするのであろうか……というわけではなく、短機関銃を一丁手渡される。

 この世界の銃は以前シバが使っていたのでわかるのだが、内部に魔導機というものが存在し、それが大気中のマナを吸収、弾丸状に圧縮して銃身から撃ち出すという機構。そのため薬莢なんてものがない。これを聞いたら現代戦闘の不満の解消が一つなされるな……

 だけど、僕はこれでいいのか?仕事だからといって人を殺すなんて……そう考えながらも、指示に従い、突撃の準備をする。


 突入班は合計で三つ。僕とクリアの班。キャディ船長直々の班。他に一つの班。

 それぞれ甲板上に伏せて、船のが戦闘速度になるのを耐える。

 連絡菅と呼ばれる、金属の筒から声が聞こえる。

『敵艦射程内に入る!前方より戦闘艇3!』

 キャディ船長が連絡菅へ叫ぶ。

「砲撃開始!」

 艦首の方についている主砲が唸りを上げ始めると、艦首が戦闘艇に向けられる。回避行動に移ろうとしていた戦闘艇へ、砲撃が行われた。

 火薬を使用しているわけではない武器なのに、爆発するような音と、船体を震わせる。打ち出された砲弾は、戦闘艇の2隻へと命中。一隻は動力部に直撃し、もう一隻は甲板上に被弾。燃え盛る業火に甲板上の人間が踊っているかのように見える。動力部をやられたもう一隻は、力を失うように墜落していく。

「続けて撃て!!」

 船長の指示がまた飛んだ。再度砲撃が行われ、今度は無傷で反撃しようとしていた戦闘艇に命中。花火のように爆散した。

「ありゃ。これはひどい。動力炉に被弾して、マナの異常圧縮で爆発したんだな」

 クリアが冷静に、笑顔を崩さずにそう状況を判断する。中にいる人間は助からないのだろう。

「総員!対ショック姿勢!!」

 残った戦闘艇2隻は慌てふためくように進路を曲げてどこかに行ってしまう。それを無視するかのように、自分たちの船は輸送船に突っ込んだ。


 複数回の衝撃に揺られ、ちょっと酔いそうになったのをつかの間、銃声が鳴り響く。

 顔を上げると、周りの女性たちが向こう側にいる人間に向けて短機関銃を発砲していた。

 飛び交う弾丸をよけながら、あるいは受け流しながら、向こう側にいる人間の悲鳴がこだまする。こちらも何人か肩や額に血を流している人が出てくる。

 人殺しは加担できないけど、怪我人を治すことはできる。

「”ナースフェザー”」

 黄緑色に近い輝きを怪我人たちを包むと、瞬時に傷がなくなっている。

「ありがとよ!!これであいつらをぶっ殺せるぜ!!オラァア!!」

 怪我が治った人は、また前に出て機関銃を乱射する。妙に、矛盾を感じてきた。

 自分が戦闘していないわけではない。直接的な人殺しはしてないものの、間接的に、人殺しを協力している。こんなの、何かが間違ってるような気がする。

「何そこでうつむいてんだ童貞野郎!!」

 考え事をしていた僕の首根っこをひっつかんだクリアが、鬼のような形相で僕を睨む。

「突入するぞ!ようやく抵抗するバカを全滅させたからな」

「え?あ、うん」

「あぁん?何腑抜けてんだてめぇ!お前も敵を殺すんだよ!アーチェル!お前こいつの面倒みろ!」

「了解です隊長!!」

「行くぞ!突撃ぃ!!」

 そう乱雑に、されど適確な指示を飛ばして前に出るクリアを、僕はただ後ろから眺めていた。ぼーっとしていた僕に、アーチェルが僕の頭を軽く小突く。

「ほらいきますよ。隊長に遅れないようにしないと」

「う、うん」

 僕たち二人も、相手の船へと飛び乗り船内へと突入する。



 船内での戦闘は、突入する前よりもひどかった。

「アンブッシュ!!」

「キャアっ!!」

「くそ!!アンネが被弾した!」

「おい魔術士!!早くヒールしろ!!」

 時折やってくる伏兵と奇襲。その度に誰かが一人負傷して血を流す。

 今も、先頭で警戒していたアンネという女子が左胸に銃弾を受けてしまった。僕は全力でそれを治す。

「くそ……もう負けだっていうのによ。諦め悪いぜ!」

「隊長!奥の方にもまた追加!」

「アーチェルカバー!!」

「了解!!」

 僕は攻撃こそはしないが、彼女たちの戦闘をただ見ていた。アーチェルがカバーリングとして短機関銃を乱射して、敵が怯んでいるうちに、クリアが前に出て、接近戦で仕留めていく。ようやく治癒が終わった頃には目の前にいた敵を撃破していた。

「……生き残っている奴はいないか確認しろ!絶対油断すんなよ!」

 前に進むと、クリアがいた場所には何人か生きている兵士がいた。首近くを斬り裂かれ、とても苦しそうだ。

「……今治すから」

 僕は兵士の一人に治癒を行おうとすると、クリアが拳銃を取り出して、その兵士の頭を撃ち抜いた。血が僕の顔まで飛び散った。

「なっ!」

「おい。死に損ない。お前、こうなりたくなかったらとっとと伏兵の場所を教えろ」

 振り向くとそこには、今殺された兵士よりも軽度な負傷兵に拳銃を突きつけるクリアがいた。狂気に満ちた顔と、例えるべきか。返り血を浴びてなおも笑顔にいる。

「……伏兵は……」

「もったいぶらないで早く言え」

「……へ、へへへ……」

「……!上だ!!」

 クリアがそう叫ぶと同時に銃声が上から響く、とっさに僕は避けると、反撃の銃撃がさらに響いいた。上から血まみれになった兵士が落ちてくる。

「アミィ!!アミィ!!!」

 それと同じく、一人の女性が、同じく血まみれになってぐったりとしていた。彼女の肩を揺らすアーチェル。けれど、アミィが再び動くことはない。虚ろな瞳に、小さく開いた口からは、血が一筋流れている。

「そんな……嘘でしょ……アミィが……アミィ!!!アミィッッ!!!」

 僕もすぐに駆け寄り治癒を行うが、効力を発揮しない。すでに、彼女は死んでしまった。

「なんで……なんで治せないのよ!!私を治せたんでしょ!!アミィを助けてよ!!」

「っ!!僕は……その……」

 アーチェルが僕の肩を激しく揺らす。二週間、見たことないほど剣幕に、僕は治せないことを、無力を感じた。そうだ。また、僕は無力だった。

「いやぁあ……いやぁあああああっ!!!」

 その場に半狂乱で銃を取り、情報を聞き出そうとしていた兵士に乱射する。血が飛び散り、その原型すらもう判別しえない。

「……わかったかこれで」

 クリアはアーチェルから短機関銃を奪い取り、彼女の頭を撫でながら、僕を睨んだ。

「次敵を癒そうなんてことしてみせろ……そん時はお前を殺す」

「……」

「返事は?」

「……」

「返事はねぇのかよ!!」

「っ!!わか……た。次からは気をつける」



 数十分後、戦闘は終わった。時間にして測ってみると早く終わったと思いたいが、体感している方としては、とても長く感じた。

 戦闘員のほとんどを失った敵は、完全に降伏し、物資を全て渡すという条件のもと見逃すらしい。

 輸送船団の旗艦に突入したらしく、船団の物資を奪えるだけ奪い、その空域を後にする僕たち。

 だけど、嬉しいという感情は、なぜかわいてこない。

 助けられなかった人。助けたけどさらに傷ついて死んでしまった人。

 三人の遺体が、棺桶に入れられて、船倉に置かれる。

 僕はただそれを見ていた。

 頭の中でリピートするもの。それは戦闘中のあの伏兵。目の前で死んでしまったアミィという自分と同じくらいの女の子。

 彼女の棺桶には、アミィという名前だけが刻まれて、そこに佇んでいた。


 アーチェルが説明してくれた。


「私たちは、孤児だったんです。昔王国と帝国とが戦争をして、どっちが勝ったのかわかんないけどその時に生まれたのが私たち。親は皆殺しにされて、不幸にも生き残った残飯みたいな連中。そんな奴らをひとまとめにしたのが孤児院。でも孤児院は最悪だった。毎日毎日割に合わない仕事をやらされて、ズタズタにされるまで働いて、時々本当に死んじゃう子がいて……怖かった。でも、その時に私たちを拾ってくれたのが姉御で……私たちはつい最近、本部の訓練所から実践に出られるようになったんです。アミィはその時からの友達。苗字がないって思ったでしょ。私たちはもともと名前もなかった連中だから……」


「本当は……本当は私が死ぬところだった。アミィは私をかばって……痛かったはずなのに、苦しかったはずなのに……私の……私のせいで……アミィが、死んじゃった……」


「なんで治せなかったの?なんで治してくれないの?なんであの時敵を助けようとしてたの?そんなことしないで一緒に警戒してくれればアミィは無事だったのかもしれないのに!!」


「アミィを返してよ!!返してよ!!返してよっ!!!!」


 無力。

 僕は無力だった。


 無価値だった。無意味だった。


 何が治せる力だ。何が魔術士だ。


 僕は……僕は役立たずじゃないか……殺し合いなんかに関与したくないなんて……そんなことを言える義理はないじゃないか!!


 夜。船倉で、一人床を叩く僕。悔やみきれない。何度何度も後悔する。

 


「何一人で床ドンしてんだ?気持ち悪りぃ」

 後ろから声をかけられる。振り向くとそこにはクリアがウジ虫を見るかのような目でこちらを見ていた。

「……その……」

 謝ろう。そんな感情がまず湧いた。でも彼女はそれを良しとはせずに僕の首根っこをひっつかんで、無理やり立ち上がらせた。

「謝ろう。なんて考えんな」

「!そんな、でも僕は___」

「お前のせいじゃねぇよ。アミィが死んじまったことは悔しいし、誰かに八つ当たりしないと気がすまねぇ。けど、お前に当たって、こいつが喜ぶか?」

 クリアが棺桶を指差し、立ち上がった僕の胸ぐらを掴む。

「お前ができることはせいぜい笑ってやることだ。生き続けることだ」

「……生き、続ける……」

「そうだ。アーチェルも、アンナも、ジェリも、エリも……そしてお前もオレも。みんなアミィのおかげで生き残れた。だから、アミィの命を無駄にするわけにはいかねぇ。だから生き続ける。お前が、本当にあいつのことを思ってやるなら……」

「……そう、か……そうなのか……」

 確かに、彼女の命が無駄にされるのは、命をかけてまで救ってくれた僕たちの命を失うことだ。それは、簡単には許されない。

「……うん。わかったよクリア。僕は、生きてみることにする。そして、多くの命を助ける」

「……へ、言わなきゃダメなやつなんだからな。あ、だからと言って敵を助けようとすんなよ。戦場じゃ情けは無用だ」

「ああ。わかった……けれど僕からも一つだけいいかな?」

「?なんだよ?」

「これから相手を助けるときは必要最低限しか治さないし、周りの安全が確保されてから治す。僕はこれで通す。僕は君らと同じ立場じゃないし、相手とも同じ立場じゃない。だから両方とも助ける。しかし君たちの命が危険ならば、僕は君たちの立場につく。これでいく。僕は、人殺しをしない。しちゃいけないんだ」

 僕なりの指針表明だったのかもしれない。思えばこの世界に来て、何をすればいいのかすらも決めていなかったんだ。ならば、僕はもらった命を、奪われそうな命を、この手でできる限り救うことにする。とりあえずはそんな感じの目標を作る。その上でいつか白と幸せになる。われながら完璧……だと思う。

 と、それを聞いた彼女が、ポカンとしたような顔をして、徐々に笑い出した。

「ククク……あははははは!お前!本当に甘ちゃんだな!奴隷根性と童貞魂が混ざりあったような回答でさ……そっか……男でも、お前みたいな処女っちぃ男もいるんだな!」

「わ、笑わないでくれよ……これでも悩んで出したものなんだから!」

「へへへ……まあいいさ。好きにしろよ。オレもこれ以上言うことはないからさ。それよりさ。これから祝勝会するんだが、来ないか?」


 祝勝会の会場である食堂までの廊下で、並んで歩く僕とクリア。

 黙っていれば、それなりに可愛い……のだろうか。もちろん白と比べてら月とすっぽんのぐらい、白のほうが可愛いけど。

 ふと、思うことがあり、質問する。

「ねえクリア。質問いいかな?」

「ん?なんだよ?」

「どうして、僕の名前を呼んでくれないかな……」

 一様、彼女たちは僕の名前を知っているはずだ。自己紹介はしたんだから。

「は?お前なんて奴隷野郎か童貞野郎でいいんだよ」

「そ、それは……それに僕が童貞だなんて、わかるわけないだろ!」

「お前みたいに妙にヘニャヘニャしている奴なんて、童貞に決まってる。どうせ、合ってんだろ?」

 うぐ!……合っているから反論できない……あのとき白とえっちぃことをしてればよかった!!なんで眠っちゃったんだ僕は!!アホアホ!!

「だ、だったら僕だってクリアのことを処女女って呼ぶからね!それでおあいこだ!」

「……オレは処女じゃねぇよ」

「へ〜。本当に〜?」

「っ!うるせぇ!本当だ!!なんなら証拠見せてやろうか?」

 証拠?へぇ証拠ねぇ……出せるわけもないのにいきがっちゃって。

「じゃあ見せてよ。証拠を見せるもんなら見せてみなよ。まあどうせ無理だろうと思うけどね〜」

 いつもいつもいじられているお返しだ。と言わんばかり言い続ける。すると彼女は顔を真っ赤にして履いていたズボンに手をかける。

「い、一度しか見せないからよーく見とけよ」

「え?ちょっ_____」

「オアラァあああああああッッッ!!!!!」

 彼女は気合を入れるがごとしに、下着ごと、ズボンを脱ぐ。すなわち、僕にその証拠を見せる……見せる!見せる?見せるぅ!!

 まあ、裸の女の子とシャワーに入った僕としては、鼻血を出すなどという昭和チックな反応はしなかったものの、逆に彼女の行動にビックリしたあまりに無口になる。

 どうしよう?感想言うべきか?それともここは襲った方がいいのか?思えばここから来てからは異性として見れる女性がほとんどいない、もしくは若干見えなくもない人たちが異性として見れない行動をとるので、性欲的なものはないのだが……

 彼女のその姿と、表情に少しだけドキドキしてしまう。ダメだ!!僕には白がいる!!白以外にこの童貞を捧げるわけには!!


 とか、くだらない葛藤をしていたのが悪いのだが、誰かがやってきたことに気付けなかった自分が悪いのだ。

 

 廊下の甲板出口近かったので、誰かが入ってくることぐらいは予想できたはずだ。なのにそれを忘れていた自分を悔やまなくてはいけない。


「何してんだお前ら」

 扉が開かれて、入ってきたキャディ船長が、ものすごい珍しいものを見たような目でこちらを見ていた。

 すると、僕とクリアは氷のように固まる。現状と起きた状況に、情報処理機能が追いついていない。

 船長はクリアの証拠という部分をじっくり、それはもう舐めるかのように見つめて一言。

「若いもんはこれからさらに開発されるから面白いよなぁ……そろそろ祝勝会のメインイベントが始まるから、早めに済ませろよ」

 と、言い残してきた場所から戻っていった。


 止まっていた氷が溶け出すように、クリアが下着とズボンを元に戻し、小さく俯く。

「あ、あの……クリア、さん?」

「………」

「だ、大丈夫だよ。船長だってわかって____」

「ああ。そうだな。これで____」

 彼女の蹴りが船の壁を凹ませる。

「これで、おまえをぶっ殺せる正当な理由ができたんだもんなぁ……覚悟しろよてめぇ……」

 反論の余地、というより暇もない!僕はそこから逃げ出す!彼女は追いかけてくる!!捕まったら……捕まったらおそらく!!男性として生きていけなくなる!!

「オラァアアアアアアア!!!待てよこの童貞野郎!!!いますぐ去勢して、永遠に童貞野郎としてやるぜぇ!!!!」

「うわあああああああああああああ!!!!」


 結局、祝勝会までに逃げ覆うせて、他の人が仲介に入ってもらう形でその場はおさまった。

 今度、僕は女性に対して、童貞やら処女やらと……いう機会は少なくなるだろう。

 もう、追っかけ回されるのは、ごめんだ……










_______ある空域に飛行中の、ある飛行戦艦。


「おいおい。まじかよ。トラップにかかってくれた空賊がいたぞ」

「へぇ……て、まじかよ。こんなマナ反応見た事ねえぞ」

「面白くなってきたなぁ……で、まじかよ。俺たち運よすぎね?」

「まじかよ。こんなに近くにいるなんてな」


「では、これより作戦を開始するぞ。我らの使命を忘れるなよ……ってまじかよ……」


 暗闇の中、蠢めく大きな船。それは、虹助の乗る船を完全に捉えていた。

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