第6話「楽しい仕事のお時間です」
朝6:00。この世界にも一様は時刻が認知されており、時計型の魔導機が今の時を針にて指し示す。
それが普通に目覚めてから時計を見たなら、ああ。まだ6時か。寝よ。とか思うのだと、現代の学生同胞諸君には伝えておきたい。特に高校生たるもの、疲れた翌日は絶対に8時まで寝ているのが鉄則だろう。
が、それは無慈悲な踵落としで破られる。
僕のお腹にクリアの踵が突き刺さり、痛みによる目覚めと、何もなかったはずの胃から胃液が逆流し、吐き気を催す。とにかく口を塞いで吐くのだけは耐え抜いた。
「起きろよど・れ・い!寝て食うしか脳がないボンクラが!!ぶち殺されたいのか!!」
「痛っ……へ、変な起こし方しないでよ……普通に起こしてくれ……」
「ああ?てめぇ、なめてんのか?口答えしてんのか?おめぇはオレ様の命令を聞いていればいいんだよ!!わかったかこの童貞野郎が!!」
口汚なく罵る彼女の言葉を、僕は反論の余地もなく、ただ黙って受け流した。まあこれは僕も了承した決まりだものな……
遡ること昨日の夜。
二人だけでも救った僕に待ち構えていたのは、キャディさんから出された契約書だった。
場所は移され、彼女の個室、つまりは船長室へと案内されて、後ろには短機関銃を手に持つ女性が二人。机を間において船長と僕は向き合い契約書にサインを強要される。
内容は、抜けた人員の埋め合わせを会得するか、1ヶ月間王都に行くまでの間、使い勝手のいい労働者として働けというもの。
実際元の世界へと帰れない状況には変わりはないのだから、情報に少ない路銀ももらえることだし、特に深く考えず承諾するものの……
その扱いは最低という言葉に見合ったものだ。試しにある1日の行動を今回はピックアップしよう。
まず、朝6:00に(やる人によっては程度が変わるが)叩き起こされ、朝食の準備をする。
家族が家を空け気味になるという特徴の元、僕は結構これでも料理には自信がある方だ。料理担当を任されたのは、あまりにも味が悪いこの料理に文句をつけたところから始まるのだけど……それを話すと、旧料理長との熾烈な戦いを思い出すのでやめておきたい。
因みに、なぜこんな朝早くから料理をやるには理由が一つ。食う人員が多いのだ。
この船の船員は150名ぐらい。船の規模は駆逐艦クラスというのであまり巨大な船ではない。けれど、150人の朝食の料理をやるのは結構地獄だ。簡単に説明すると、眠いのと疲れるのと料理に粗が出ないように集中しなくてはいけないのと……詳しくはお母さんに聞いてみるといい。きっと僕が想像している辛さがあるはずだ。
朝食が終わるのが10:00。そのあとやるのは、掃除だ。
結構基本なことなので、これには僕だけではなく、1ヶ月入ったばかりの、アーチェルという黒のセミロングの女子と一緒にやる。因みにこの子は僕が回復魔術で助けた人でもある。何というか……お礼の態度とかないのかなぁ……いや別にお返しを要求するわけじゃないけど。
作業量が少ない分、精神的に攻められる。
「おやぁ。奴隷さん奴隷さん。ここに拭き残しがありますよ〜」
「そ、それぐらいやってくれよ!それに僕は奴隷じゃない!」
「あらぁ?奴隷さんのくせにそんなこと言うんですか?ど・れ・い・さん」
どうもここでは男性の扱いは酷いらしく、誰でもかれでも僕のことを蔑むのが基本スタイルらしい。
そうそう。言わなくてもいいと思ったが、ここは女性だけしかいない空賊らしい。男性は僕一人。
「最高じゃねぇか!!ハーレム空間を楽しめよ!!」と、どこかの優良副生徒会長がいいそうだ。
事実、周りが女性のみの空間というのはとても苦しい。どこかの女性しか使えない兵器なのに使えちゃった男子高校生のことをとても同情できる。彼もきっと、この苦しい事態に耐え抜いていたのだろうか。読んでた当初、ものすごく羨ましいと思っていた自分がとても未熟だと思える。
その事実が一番くるもの。それが洗濯だ。これは13:00頃に行う。
昼食は12:00に他の船員たちに教えた際、「男のくせに料理ができるなんて悔しい!!」という理由で僕は作っていない。
その代わりに渡された仕事がこの膨大な量の洗濯。
日頃の素行が悪いというよりも、だらしないという言葉が似合う彼女たち。そんな彼女たちから渡される衣服と下着。最初の頃は大人な下着や、えっちな下着などがあってものすごいドキドキしたのに、今では汚物まみれの布切れにしか見えなくなってしまった。
その上扱いを間違えると、理不尽な蹴りが同じ洗濯担当者のシャーリーから加えられる。シャーリは前回、僕が目覚めた時に出会ったあの幼女で、可愛らしいオレンジの三つ編みを揺らしながら、僕の腰のあたりを全力でキックする。
「へんたいだー!!おねえちゃんたちのぱんつもってクンクンしてるー!!」
そのような誤解を解くことは許されずに、僕はさらなる理不尽な攻撃を多数の女性から受けなくてはならない。
15:00。おやつタイム。
この時間だけ僕の休息時間と言える。あまーいお菓子を優雅ではなく、まさしくサバイバルの要素で、時には決闘だと言い始めるのだから、女性というのは恐ろしい。
ちなみに僕は、戦うこともなく、お菓子を強奪される。なので口に入れられるのは、船長の趣味で食べる醤油煎餅、みたいなものだ。相変わらず名称不明な料理を口にするけど呼び方が違っているだけで、見た目の中身はあまり違わないらしい。
16:00。洗濯物取り込み、および風呂掃除。
だいたい13:00と同じ。
18:00。夕食準備。
夕食は僕が料理する。夕食はそんなに食べなくてもいいと言っているのに、量が少ないと何度も文句言われているが……こと料理に関しては妥協をしたくないので、ここだけわがままを通している。
20:00。子供たちの寝かしつけ。
シャーリーと同じような子がまだ10人ほどいて、その子達を全員寝かしつけなくてはいけない。これは精神的な部類では一番辛い仕事だ。寝かしつけるにはお話をたくさん聴かせなくてはいけないのだが、この子たちはなかなか寝ない。中にはすーっ……と、寝てしまう子もいるのだが、シャーリーがその子をあえて起こして、僕にお話の続きを要求する。
ここ数日寝ることがろくにできていないので、そんな目の前でそんなことやられると、立場を変えてやりたいと、軽く思ってしまう。
無論、そんなことはできないので、寝たいと思いながら、寝たくないと欲求する子供たちを、寝かせようと、寝ないようにお話をたくさんする……なんか矛盾を感じるようなことを経験しつつ、瞼を擦って眠気を飛ばす。
21:00。見張り。
身体的に苦痛を感じる仕事の一つ。
ただ寒い。ひたすら寒い。ものすごく寒い。
一様防寒具として布団を巻いていたりするのだけど……あまり意味がない。同じ時間に見張り台に立つクリアにほとんど奪われているのだ。
「男だろ?根性見せろよ」
僕よりも男らしい女子が言うには、ものすごい矛盾をはらんでいるようなきがする。
そして1:00。ようやく寝れる。
以上が、僕の日課である。基本的には労働者として雇われたのだから、労働基準法に則ってやってもらいたいものだ。もう辛くて辛くて……
「ははははは!!!そいつは傑作だなぁ!!!」
と、ここまで不平不満をあらざらいキャディ船長に叩きつけたのだが、予想どおり彼女はお腹を抱えて大笑いをした。人の不幸がそんなに楽しいか。
「笑い事じゃないですよ……これだと一ヶ月持つかどうか……」
「まあ、現に半月は耐えたんだ。もう少し頑張れよ。予定どおりのコースを通ってるし、風も問題無し。もしかしたら……頑張れば誰かに認められてイイことされるかもだ。それを目指してやっていけばいいんじゃないか?」
「い、イイことって……」
下ネタしか言わないな……ここの人たちは……
「ただ____」
僕が少し残念そうな顔をしていると、船長は声のトーンを変えた。
「ただな。ここの連中はみんな、過去に色々とあって、本当は男なんかと一緒に暮らしてぇ奴とかもいるんだ。売春、身売り、臓器提供、果てには変態に弄ばれて殺されるところだった奴もいる」
「船長……」
「だから……いや、お願いだから。あいつらと、もっと接してくれないか。少なくともお前はあいつらからとても好かれているしな」
「あ、あれが好かれていると……」
「もちろんだ。女はな、本当に嫌いな男に、話しかけたり、ツッコンだりしねーのよ」
その言葉に、嘘はなかった。雰囲気に流されていたのかもしれない。だけど、妙に説得力がある言葉だった。
「この船がずっと続くとは限らん。私もそろそろ歳だしな。引退も考えているし、その時なったらここの連中を全て見きれん。だからそろそろ、夢から覚ましてやんねぇとなぁ……」
真面目に向かい合う僕と船長。ふと、船長が時計を見ると、息を吐いて、笑みを戻す。
「話しすぎたな!おら見張りの仕事行ってこい!!」
バン!と背中を叩かれて船長室から出る。なんとなくだが、少しだけ頑張ってみようと思う。
「オッス。遅かったな奴隷野郎」
甲板に出ると、クリアが布団を巻いて、入り口の近くで僕を待っていた。
「ごめん。遅くしちゃって」
「ん?お前、なんか変わった?」
「へ?何が?」
「態度というか……なんというか……まあいいや。行こうぜ」
風が今日は一段と冷える。勢いも結構強くなっているかもしれない。僕は布団が飛ばされないように強く包まる。なんだか猫のような気分だ。
配置についた僕とクリア。クリアの方も似たような格好で見張りをするので、互いに互いを見せ、少しだけ口を歪ませる。
「あはははは!なんだかオレらミノムシみたいだな!」
「そ、そうか?」
僕はどちらかというと、猫だと思う。いやどっちとか聞かれてないけど。
「特にお前なんか……すぐに鳥とかに食われそうだな。スゲェ間抜けな顔してるし!」
そこまで変な顔してたか!?いつも通りの表情のつもりなんだが……とか色々と考えていると、不思議に、船長の言葉を思い出した。
確かに、最初の頃と比べて、何かすごく壁を感じなくなったというか……フレンドリーなのだろうか。
もしかしてモテ期!?あはははは〜。そんなわけないか。僕は白しか興味ないもん。
「お前何一人でニヤニヤしてんだ気持ち悪りぃ……」
「……」
前言撤回。ゴミ屑を見るかのような目で見られた。
「……ぷぷ。そんな残念そうな顔に何なよ。悪かったよ」
クリアが僕を慰めるように頭を撫でた。なんか、くすぐったい。
「……お前さ。どうしてあんなところに倒れてたんだ?」
いつ間にか隣に来ていたクリアがさらに続ける。
「……追放されたんだよ。原理はわかんないけど、すごい魔術適性が高すぎて、それで魔獣を呼び寄せちゃったから」
「へぇ……そうか……災難だったな。残念だったか?」
「……そうだな……残念、だったよ」
本当に残念だ。せっかく会えた白と、こんな形で別れてしまうと、思いもよらなかったし。今でも、多少後悔している。
「……すまなかったな」
「え?何が?」
「その、最初の時。蹴っちまってよ。あの時びっくりしたからよ……その……ごめん」
なんだ。そんなことか。
「心配しないでいいよ。そんなこと言ったら今だって十分に蹴られてるし」
「そ、そうか……はは。そうだな」
どうしたのだろうか。今夜の彼女はどこか歯切りが悪いというか……
「……お前さ。女を、どう見てるんだ?」
「僕?僕にそんな質問されても____」
「真面目に答えろ」
クリアの瞳が今までふざけていたようなものが、急に真剣になる。獲物を捉えようとする鷹のような……そんな感じに、僕の両目を合わせてた。
「……正直、わかんない。僕はなんだろう……その……大切にしなきゃいけない。と思う」
なんともあやふやな答えだ。先ほどの船長の言葉が思い浮かぶ。彼女たちにはそれぞれ口にするのも辛いような過去がたくさんある。どう言う経緯でここにきたのかはわからないが、ともかくそれが理由で、男性を毛嫌っているのだろう。では、僕はどうなる?
現にここでは、最初こそはひどかったが、どんどん侮蔑的なものは感じなくなった。仲間として認識されたのか。そもそも男としてみる価値がないと思われたのか。
だからと言って、僕が女性を見下すことはない。むしろ尊敬しているかもしれない。だって可愛いし。
「大切……か……大切……大切だと?」
色々と考えていると、クリアの表情が険しくなって、僕を睨みつけていた。
「大切っていうやつほど、大切にしてねぇんだよ。嘘つき……クソ野郎」
「な、なんだ急に____あ」
彼女の涙腺に、一雫の光が見えた。月の輝きに反射して、あまりにも場違いな感想かもしれないが、美しく感じた。
「うるせぇよ。どうせお前も、女なんか使い捨ての道具くらいの認識しかねぇんだろ?」
「そ、そんなわけ____」「嘘をつくな……嘘をつくな!!」
突然大声をあげて、彼女がナイフを取り出す。
「どうせ、どうせ口だけだろ!!ふざけんな!大切とか口にすんな!!」
「わ、わかった!頼むから武器をしまってくれ!」
「はあ……はあ……やる気失せた。先に上がる」
そう言って、彼女は僕から踵を返し、そのまま船内へと戻っていった。
いったいどうしたのだろうか彼女は……
僕は自分の言った言葉の意味を考えたが、結局答えが出るわけもなく、見張りを交代して、眠りについた。